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#003

 帝国暦21年。

 帝国史上最悪の事件、“Friday the 13 Sta.”と呼ばれることになる大規模なテロ事件は、最初の車輌爆発の発生から1日が経過した後でも、事件の全貌が明らかにならなかった。政府及び帝国鉄道所有軍は、民衆から情報を公開せよとの強烈な批判を浴びながら、それでも沈黙は保ち続けた。その間にも、死者、行方不明者は時間を重ねるごとに増えていった。それすらも推定数で、実際の人数なんて誰もが考えたくもなかった。

 事態を把握できていなかったのは民衆だけではない。実際は政府どころか、現場の最前線にいる帝国所有軍、そして武装鉄道隊ですら何が起きているのか理解できていなかった。情報が錯綜する中での作業は困難を極め、思うように進まなかったのが敗因だと言われている。常日頃から充分すぎる訓練を受けていたはずの精鋭が機能しなかったのだ。この点からも事件の大きさが垣間見える。

 最初の爆発は、反社会集団“RED LINER”の構成員が車内に持ち込んだC4爆弾の“誤作動”が原因だったと後に発覚する。言われてみれば、大規模な爆発にも関わらず発生箇所が中途半端だった。あと5分我慢していれば、終点の大都市だったというのに。しかし、この誤作動のおかげで被害者数は最低限度で済んでいたのだから、現実というものは皮肉である。

乗り換え駅であるSTATION 13を出発した直後に爆発したから、死者もその鉄道を利用していた人と、救助に来た隊員という、悲惨ながらも最小限で済んだのだ。

 ここで爆発しなければ、俺は事件に巻き込まれなかったし、武鉄隊にも出会わなかった。

 武鉄隊への入隊を志すことも、なかった。




武装鉄道希望隊 #003




「…いって……」


 どれくらい時間が経ったのだろう。ひどく蒸し暑く、そして暗い。目が慣れず、何も見えてこない。

 何があったんだっけ。

 朝から両親と進路の話で一悶着した。原因が俺の認識の甘さであることくらいは、痛いほど分かっていた。でも、たかだか16歳で将来就きたい仕事なんて選べるわけがない。特段好きなことがあるでもなければ、そもそも選択肢が少なすぎるご時世だ。仮に公務に就きたいとしても、世襲制。公務員になれる人種は、その人物が生まれた時から決まっている。軍隊及び帝国鉄道は命がいくつあっても足りない。他は、自分の父親のようにひたすら税を納めるだけの仕事。仕事の愚痴ばかり聞かされ続けた今、一体何を選べと言うのだろう。

 その後、母親お手製の朝飯に手をつけることもなく、行ってらっしゃいの声すら無視をして、コンビニでパンを買った。学校では考査があって、ヤマ感は全て外れていた。帰り道、どうしても直接帰りたくなくて家とは反対方向の電車に乗って、それで、電車の中で居眠りして、て……


「気がついたか?……声も、出ているな」

「はい……」

「よかった。痛むところは?」

「特に、大丈夫です」


 目の前が急に照らされる。眩しい。光が刺さるように感じられたが、すぐに慣れた。周りの様子は、悪夢のままだが。周囲を見渡すことは、極力避けた。

 俺を助けに来てくれた端正な顔立ちのイケメンお兄さんは、ほっとしたように頬を弛ませた。さっきも見た気がするが、優しい顔だ。さっきと違うのは、周囲がさらに暗くなったことくらいだろうか。少しだけ違和感がある。


「……あ、失礼致しました。お客様、このたびは」

「うわ、やめてください大丈夫です!俺の方こそ助けてもらって」

「助かってない」

「え」


 え、に濁点がついた。助かってない、死んだ?いやいやいや、待て、落ち着こう。端正な顔立ちのイケメンお兄さん略してイケメンさんの言葉を反芻する。助かってない。オーケー。理解したくない。そして少しだけ泣きたい。


「二度目の爆発で塞がれた。退かすことはできるが、お前に危害が及びかねない」

「……危害ですか?」

「足を、挟まれてる。ここからは、どう挟まっているのか確認できないが」


 言われてみれば。左足首が何かの板にがっちりホールドされている。爆発で飛んだ瓦礫だろう。血が滲んでいるわけでもなく、激痛が走るわけでもないので、本当に挟まっているだけのように思う。痛覚がマヒしているならば話は別だが。


「……これのために、残ってくれてたんですか?」

「は?」

「だって、こんなでかい事件ですよ?俺を死んだことにすれば、もっと早く脱出できたんですよね?」


 なのに、いつ意識を取り戻すかも分からない人間のために、放置しておけば確実に死ぬ他人のために、バッテリーを確保する名目で唯一の灯りまで消して、暗闇で一人耐えていたのだろうか。どうしてそんなことができるのだろう。何かあれば武力行使、不満があればテロを起こす。そんな腐りきった世の中で、どうして、他人に優しくできるのだろう。


「……、名前は?」

「え、と……」

「お前って呼ぶのは忍びない。だがお客様、も、嫌がっていた」

「……綾羽 尊です」


 タケルか、とイケメンさんは呟いた。ゴーグルを額まで押し上げると、彼の本当の瞳の色が初めて分かった。空色だ。本当にこんな綺麗な色が存在するなんて、と息をのむ。

 元々、旧国家に一番多かった髪の色は黒、瞳も暗い茶色から黒だった。かつて、国家が解体されるのを前に、多くの外国人は故郷へと帰っていったらしい。そのため、青や緑の瞳、ブロンドや生まれながらの金髪には希少価値がついてしまった。今でこそ少なくなったものの、彼らの多くは誘拐され、その美しさを求める金持ちに売り飛ばされることも珍しくなかったのだ。今でも、国の監視が届かないどこかでは、見世物小屋が存在しているという。

 教科書や古い映画でしか見たことのない、空色の綺麗な瞳がこちらを向く。


「タケル、大切なものはあるか?」

「大切なものですか?」

「代わりがない、大切なものだ。俺にはある」

「えっと……」

『――、…テ……ハヤテ!応答して!!』


 答える前に、唐突にノイズが鳴る。ライトの横に置かれたインカムからだ。何度も割れた音を出しているそれを見ていたイケメンさんは、まるで勝利を確信したかのように、不敵に笑った。


「遅かったな、ノゾミ」

『はぁ?ここに来るまでがどれだけ大変だったと思ってんの!?ツラ貸しなさい!泣くまで殴るわよ!!』


 キーンと、甲高いハウリングが起きた。口は物凄く悪いし、声量も半端でないが、気も芯も強そうな女性の声だ。あのボリューム、もし仮にインカムを耳につけていたらどうなっていたのだろう。音楽プレイヤーの音量がカバンの中で勝手にマックスになっていた時のことを思い出して、ぞっとする。

 ハヤテさんと言うらしいイケメンさんは苦笑いしている。それでもどこか嬉しそうなのは慣れているのだろうか。それとも彼女が、さっき言っていた大切なもの、なのだろうか。だとしたらどこまでもイケメンお兄さんだ。


「現状は?」

『やあ、ハヤテ。俺達が到着できる程度の回復だよ』

「早くしろ。生存者がいる」


 穏やかそうな男性の声に変わった。様子はよく分からないが、外の状況もこちら同様に芳しくないらしい。マイクの向こう側に怒鳴り声や泣き声がかすかに聞こえた。そうだ、今は泣いても怒ってもおかしくない状況なんだ。取り乱していても誰も責めないはずだ。なのに俺は、普段以上に落ち着き払っている。理由は分かっている。ひとりぼっちじゃないから。その上、一緒にいてくれた人がこれ以上ないくらい頼りになるからだ。


「幸運だった。彼がいなければ、吹っ飛んでいた」

『お礼を言うためにも早急に救出しないとね。上を塞いでるもの、叩いてくれるかい?特定するから』

「……脆さが分からん。生存者を危険に晒すわけには」

『さっき以上の危険はないと思うけど?それともハヤテ、覚悟が』

「黙れ。善処する。さっさと見つけろ」


 イケメンさんもといハヤテさんはインカムを耳に着け、手袋と呼ぶにはあまりにごつすぎるグローブをはめる。狭い空間で体を捻り、なんとか作業のしやすい姿勢を整えているようだ。使用用途の見当もつかない数種類の道具を組み合わせたり、置いたり、いよいよ何が始まるのか分からなくなった。映画でも観ているようだと、他人事のようにすら思える。

 準備が整ったのか、ハヤテさんは俺にゴーグルとヘルメットを渡してきた。


「自分で着けられるか?崩れるかもしれない」

「え、ならハヤテさんが着けてください!危ないですって!!」

「どこで俺の名前を?……ああ、通信か」


 せめてゴーグルだけでも、と突き返す。実際に作業をするのは彼だ。よくよく状況を把握してみると、俺の頭は既に彼の上着らしき布で守られている。覚えた違和感は暗さだけではなく、彼の服装だった。視界に飛び込んできたのが黄色のブルゾンではなく、茶褐色のごついベストになっていたのだ。

 怒られるかと思ったら、ハヤテさんはとても優しい顔をしていた。俺の手からヘルメットを取り、しっかりとかぶせてくれる。ゴーグルは、受け取ってくれた。


「タケル」

「はい」

「お前、武鉄隊向きだ」


 驚いて声も出せないでいると、ヘルメットをコツンと小突かれた。俺が女の子なら、マジで恋する3秒前、じゃない、とっくに落ちている。俺はそっちの人じゃないけど、惚れそうだった。なんていうのは、無理やり思い込んだだけのただの現実逃避で、実際は言われた言葉が気になって仕方がなかった。俺が武装鉄道隊に向いている?

 不思議な、そして場違いな高揚感で心が満たされていく。もし、もし仮に武装鉄道隊に入ることができたとして、俺は、この人みたいになれるのだろうか。


「……崩れたら、潰れるかもしれないが」


 それでもいいか、とオレンジ色の防弾ガラス越しに、空色の瞳がまっすぐに俺を見つめている。この選択一つで、彼と俺の生死が確定するかもしれない。でもそれは、ハヤテさんの仲間による助けを待っていても同じだ。何もしなければ、最悪見つけてすらもらえないのだ。

 だったら答えは、一つしかないじゃないか。


「俺、信じてます。ハヤテさんは俺を助けてくれるって、信じてます」


 声は震えて、途中噛みそうだった。何年も共に戦ってきた仲間に対して向けられるような、戦争映画でいつか聞いたかっこいいセリフは、足を挟まれて動けずに情けない顔をして助けてもらうのを待ってる一介の高校生には似合わなかった。それでも、本物のかっこいいヒーローは不敵な笑みを浮かべると、迷うことなくその手を、上に伸ばした。




***




「綾羽 尊くん、か。ほんまにええんか?」

「はい、よろしくお願いします!」


 帝国暦23年。

 高校を卒業し、入隊資格を得た俺は、自宅からほど近い駅で入隊の手続きをしていた。

 再三確認されたのは命の保証がないこと、安全に優先されるものはないということ、そして、武装鉄道隊はアルバイトであることだった。


「アルバイト!?」

「なんや、知らんかってんな。武鉄て名乗っとる子らは、みーんな学生バイトやで」


 衝撃すぎて次の言葉が出てこない、バイトって、いや、バイトって……。やっと進路を決定し、想像していた通り両親と大げんかになった。高校を無事に卒業したことに関しての、おめでとうの一言なんて一度も聞けなかった。今朝だって、物凄い啖呵を切って家を飛び出した割には、フリーターと同等の扱いではないのか、これは。お父さんお母さんごめんなさい。顔を見たら絶対にまた啖呵を切るハメになるのでここで謝っておきます。

 そして俺は、目の前にいる駅長さんの言葉を振り返る。みーんな、学生バイトやで。学生バイトやで。……学生?


「すみません、学生って……」

「バイトの子はみんな、そこの士官学校入ってもろてんねん。学生バイトは学生しかでけんけど、外に出すんは困るからな」


 冷静になった頭で駅長さんの話を要約すると、こうなる。

 帝国鉄道が旧国家の私鉄だった頃、苦学生を援助する名目でアルバイトを募集していたそうだ。当時は、通勤および帰宅ラッシュ時の押し屋要員としてのアルバイト駅員だったらしい。賃金の他に、自宅から学校までの交通費を出すという形で長年成立してきたそうだ。未来ある地域の学生を大切にせよという、創設者の言葉を形にしたものだった。

 現在は少しだけ、そう少しだけ、事情が変わった。アルバイトとしてでも武装鉄道隊に入隊してくれるのであれば、血縁者に政府関係者や軍隊関係者がいなくても、面接と心ばかりの適性検査をパスするだけで士官学校への入学が叶う。これは武装鉄道隊であると同時に、軍事のエキスパートを育成することが表向きの目的となっているらしい。しかし実際の本音は、外部の大学や専門学校に通われると、緊急事態発生時に召集が難しくなることが一番の理由らしい。ちなみに士官学校への入学は、俺が行卒業した公立高校の場合、成績が1位の生徒でも一般枠での入学はまず叶わない。それくらいエリートしか行けない学校なので、もしかしたら入隊希望者を一人でも多く確保する目的もあるのではないだろうかと思う。士官学校に入学しました、なんて、一般中流家庭に生まれ育った俺からしてみれば、末代まで自慢ができるほどの名誉になるだろう。そんなつもりは全くなかったけれど。

 創設者もびっくりのとんでもない履き違えをしているのではないかと思うが、こういうものなのだと無理やり飲み込むことにした。大人の事情には口を挟まないほうがいい。


「で、どうすんの?綾羽くん」

「はい?」

「判、押す?それとも帰るか?」


 今さら後戻りなんてできない。思っていたのとは、随分違ったような気がしてはいるけれど。それでも、もし仮に帰宅してしまったら……。数日、いや、数ヶ月以上、家族とまともに口が聞けない気がする。実際、現状を報告することすら少々ためらっているくらいだ。複雑怪奇すぎて面倒なだけだが。

 ハヤテさんに再会できるかは分からない。でも、ハヤテさんに直接恩返しができなくても、彼に助けてもらった命で俺が誰かを助けられたなら、それで恩返しになるのではないかと思う。迷いはない。


「よろしくお願いします!」


 俺はこの日、綾羽 尊からミコトになった。

 外部の人間に本名を知られると、後々厄介になるので、武鉄隊の人間には必ずコードネームがつけられるそうだ。基本的にコードネームは、30年ほど前の旧日本列島各地で走っていた鉄道の列車愛称からつけられているらしい。

 ちなみにミコトというのは帝国鉄道の路線の中で、政府の役人や王族のみが乗車することを許されている特別路線を走る車輌の列車愛称だ。本当に走っているところを誰も見たことがないので、一種の都市伝説と化しているが。特別路線の線路がどこを通じているのかすら、明らかにされていないのだ。

 入学手続きだとか、入寮手続きだとか、生命保険の受取人指定だとか、気の滅入る作業をひたすら淡々とこなした。しかし最後に待っていた事実は、衝撃続きだったこの日一日に確実なトドメを差していった。


「え、学費取るんですか……?」

「バイトしてくれる子は特待生やから安いで。月一万、給料から天引きや」


 生活費は別な、と駅長さんはにっこり笑っていた……。

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