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#002

 武装鉄道隊、略して“武鉄隊”の歴史は意外と浅い。

 今から30年程前、日本列島と呼ばれるこの島は、大国と比べると総面積こそ小さいものの、高度な経済と技術を持つ一つの国家として成立していた。当時、電子技術やIT分野における発展は各国がこぞって頭打ちとなり、後に技術戦争とも呼ばれる誘拐や拉致に近いヘッドハンティングが横行した。問題はそれに留まらず、水や食糧といった資源が豊富に存在したこの国は、他国からの侵略を受けることとなる。そういった当時の国政に対しての不満から反政府組織によるテロが勃発、革命戦争に発展した。膨れ上がる問題を抑制することができず、国家は崩壊の一途を辿った。

 そんな中で政府が出した結論は、国家解体という苦肉の策だった。各地方で有力な軍隊、または影響力を持った企業、特殊な場合は有力者に治められる範囲の地域を、新たな国として分与し、例えわずかであっても民衆、財産、土地、そして文化を守ろうとしたのだ。結果、国家は消滅したものの日本列島をなんとかそのままの形で残すことには成功したそうだ。

 その時に建国された“HKR帝国”に俺達は生まれ育った。

 ここに敷かれている帝国所有鉄道、略して帝鉄は、旧国家で運営されていた鉄道を色濃く残している。栗だか小豆だか、はたまたチョコレートだか、よく分からない色(一応、マルーン色と呼ぶらしい)で塗装された車体や、車内の木目調の化粧板、そして深いオリーブ色をしたどこか高級そうな座席(実際にかなりの高級品で、旧国家の代表が集った国会議事堂の椅子に使われていた素材の、次のランクの素材が使用されている。早い話が、当時は国で2番目の椅子だったわけだ)は、駅で電車を待っているご老人の話だと、旧国家時代に私鉄として走っていた車輌と同じだそうだ。

 そんな格式高い帝鉄も、一度は廃線の危機に陥った。建国当初はまだまだ革命戦争が盛んで、事あるごとにHKR帝国の象徴である鉄道は狙われていたらしい。それもそのはず、今となっては考えられないが、旧国家自体が攻めの軍事力を持ち合わせておらず、その形式を学ぶことすらままならなかった。突然、鉄道だけではなく国を管理することを余儀無くされた一企業が、血気盛んな無法者達を相手にすることなどできるはずがなかった。

 一企業が持っていたのは大都市を起点とした大きな三本の路線と、その中で働く多くの鉄道従事者達。そして百年以上にわたって培ってきた信頼であった。安全で快適な鉄道という信頼を裏切るわけにいかないと捻り出された自衛の案が、鉄道マン自ら武装するという形だった。それまでの鉄道マン達は軍事力はおろか、武器すら携帯していなかったらしい。逮捕権も当然なかったそうだ。


「武器も手錠も、装備すらもいらない仕事風景なんて、都市伝説の領域よね」


 防弾ベストの留め具を一つ一つ確認しながら、ノゾミ班長は溜息まじりに呟く。最初はこれの重さにも戸惑っていたっけ。ライフルで撃たれても貫通しない特殊な金属の板が何枚も入っていて、ひたすら重い。これでも随分軽くなったほうだ、なんて先輩の誰かが笑っていたっけ。


「怪我人が出るような事態って、酔っ払いが暴れるくらいだったらしいよ」

「テロすらなかったってことですよね。すげーな」

「うん、少なくとも見境なく暴れる奴なんていなかったんだってさ」


 ホタルは未だに慣れない手つきで苦戦していた。入隊から既に数ヶ月が経ち、季節は春から夏の終りへと変わりつつあるというのに、別の意味で器用な奴だ。

 ちなみに、男女が一緒に着替えているというわけではない。装備を確実にするには、他人の目を通すことが重要になる。装備の不備は、“死”に直結しかねない。そのためか、武鉄隊の中でもとりわけ前線班は女子が圧倒的に少ない。必ず最初は誰もが通る道なのだが、前線班はその仕事の過酷さから、研修を終えると大多数が異動してしまうらしい。前線班に在籍している全班員の25名中、女子はなんと5名しかいないのだ。この5名が同時に出勤するなんてことは、配置やシフトの都合上まずないので、装備の確認はどうしても男子と共に行わなければならないのである。

 というわけで、ありがたいはずの女子の生着替えは装備からであり、男として見たいところなど一つも見えない。


「そう言えば、今日は人数少ないんですね」

「夜勤組が全滅したから」

「全滅!?」


 不穏な響きに部屋の空気が凍りつく。そんなやばい事故や遅延はなかったと思うが。終電後の線路工事なんかも担当する班がまず違う。


「終電後に構内全域のお掃除だよ。ヤオヤの特売日やってたんだ。いやー、俺も休みたーい」

「おかげでアサヒ以外全員寝込んだらしいわ。気分が悪いんだって。だらしないわね」


 想像しただけで気分が悪くなった。朝食を摂る前でよかったと思う。

 ここまで言えば分かると思うが、ヤオヤというのは嘔吐物のことだ。客の前で嘔吐だのゲロだの言えないため、隠語が使われている。本家の八百屋に申し訳ないため、ハライモドシと呼ばれることもあるらしいが、武鉄ではあまり使わない。嘔吐物に限らず、鉄道には隠語がたくさん存在しているが、それはまた別の機会に。


「吐くならトイレに行ってくれるかしら。ここで吐いたら殴るわよ」


 ノゾミ班長の言葉を最後まで聞かずに、何人もが一斉に部屋から出て行く。行き先も全員が同じだ。払い戻しの連鎖なんてよくある話だが、問題はイナバがホタルを押しのけるように真っ先に出て行ったことだ。女性は守られているべきだ、なんて普段は言っているくせに。


「……特売ってことは、それだけじゃなかったのね?」

「うん、ちょっとね、はは……」

「……緘口令ね。分かった。あとで隊長に聞くわ」


 またか、と思った。アサヒ副班長はごめんねーと、片手でノゾミ班長を拝みながら苦笑している。軽く流そうとするのは、彼なりの優しさだろう。

 月に一度とは言わないが、外部には勿論のこと、内部にも知らされない事件が起きる。暗黙の了解で内々に処理されることが多いが、大抵は意図的な人身事故だ。俺達は自殺テロと呼んでいる。自殺テロは、反政府組織の末端が、上層部から命令されて飛び込みにやってくる。飛び込み準備を発見しづらい終電後の回送車を狙って。その際、二重にも三重にもダメージを与えるために、毒物や爆発物を所持していたりもするから、当然ながら片付けがつらい。関わった者には手当が支給された上で緘口令が発令される。何があっても客にだけは知られてはならない、ということだ。このレールは国の希望であるが故の、優しい嘘といったところか。乗客は、今日のことだって何も知らずに生活の手段として帝鉄を利用している。


「アサヒ、休んでいいわよ。支援部から数人、サポートに来てくれてるし」

「どうせ非番なんだ。数時間くらい平気だよー」


 そう言うとアサヒ副班長はいたずらっぽくウィンクする。ハヤテ部長のイケメンさといい、なんでこんなに様になるのだろう。俺も何かしらのキャラを確立したい。


「ノゾミ、時間だ」

「そうね。今日は私と、ハヤテで」


 円陣を組む。毎朝、始発前には必ず行われる、ワンポイントミーティング。一見ただの声出しが、俺達にとっては己を奮い立たせるための闘魂注入だ。最初は少し引いたけど。

 ノゾミ班長が、すっと息を吸う音が聞こえた。


「……安全!快適!迅速!正確に!」

「人命優先!定時確保!!」

「身の安全に命を賭けろ!行くぞ!!」


『武装鉄道隊!前線班!!』




武装鉄道希望隊 #002




 と、気合いを入れて臨むものの、前線班の任務は通常、テロリストと戦うことではなく、列車発着時の監視と案内だ。誤解されやすいが実際の仕事は地味なもので、線路軌道内の確認、車輌の確認、旅客の乗降監視、列車種別の案内、発車案内、そして駅ホーム上の清掃程度のことしかしていない。普段はとっても安全な仕事である。


「MIYAKO LINE に乗りたいんですが……」

「はい、MIYAKO LINEでございますね。次の電車に乗っていただいて、Station 13 でお乗り換えです」


 テロリストと戦うことの方が稀で、普段は線路を歩くことの方が珍しいくらいだ。代わりにいつも戦っている相手は、遅刻寸前のサラリーマンや高校生といった客層の駆け込み乗車軍で、これに負けると指は挟むわ、客は挟まるわ、発車できないわで、遅延が発生する。お客様に怪我を負わせるなどもってのほかである。勝手に駆け込んできて勝手に転んだ場合は知らないが。

 目下最大の敵は、遅延だ。いつ現れるか分からないテロリストに対しては常に100通り以上の対策が整っているが、時に自然発生現象でもあり、時に人為的ミスである遅延には、いつだって気が抜けない。そしてこの遅延こそが、旅客の評価に直接関わってくる。列車が遅れている時に見られる客の苛立ちは、歴戦の勇者であるノゾミ班長ですら苦手らしい。


「お兄さん、ちょっと教えてくださいな」

「はい、いかがなさいましたか?」


 不謹慎かもしれないが、俺はこんな日常が好きだ。最近までどうしても非日常の域を抜け出せていなかったけれど、手にしてしまえば、慣れてしまえばあとは自分でモノにしていくしかない。適度な緊張感、真面目に働こうと思える環境、そして、


「ありがとうね、助かりました」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ!」


 お客様に言ってもらえる“ありがとう”が大好きだ。たった一瞬のふれあいを、平和だな、なんて酔いしれることが悪いことだとは思わない。平和を持続していくことができればいいのにと、少なくとも自分の周りの隊員達は考えている。

 自分でも変わったと思う。入隊したばかりの頃、俺は大きな勘違いをしていた。武鉄隊を名乗ることで何もかも自分で解決できるような力を持った気がした。強大な力を手にしたような、まるで自分が強くなったような、いい気分だった。でも実際は何もできなかった。今だって何ができるわけでもない。しかし、まだまだ浅い経験も確実に自分を変えていっている。怖い以上に、やりがいを感じていた。


『ミコト、応答してくれ』


 インカムから突然、アサヒ副班長の声がした。落ち着け、冷静にならなければ。動揺を顔に出してはならない。このたくさんの利用者に、余計な不安を与えることは絶対に許されない。


「3号線、ミコトです。詳細をお願いします」

『いいかい、ミコト。駅長事務室に戻るフリをしてハヤテ、いや、処理班なら誰でもいいから呼んでくれ。ポイントは』


 爆発物処理班を呼ばなければならない事態が発生している。この通信だけでは規模は分からないが、爆発物が発見されたようだ。不用意に騒ぎ立てたり、発見したことを悟られたりすると、いつ遠隔操作で発破されるか分からない。嫌な汗で、背中は湿っていた。しっかりしなければ。何も焦ることはない、周囲には味方しかいないのだから。俺が落ち着いて、果たすべき役割をこなすことができれば、危険なんて何一つない。

 思いを巡らせると、ようやく落ち着いてきた。出張していた冷静さが帰ってくる。同時に俺は思いだす。武鉄隊に出会った日のこと、そして、武鉄隊に入隊した日のことを。




***




「こっちだ!急げ!!」


 2年前のある冬の日。それは突然のことだった。

 強い衝撃と天地がひっくり返るような感覚。耳に残る、今鳴っているわけではない大きな音。目が覚めたとき、俺は立っているのか、それとも倒れているのかが分からなかった。働かない頭で理解できたのは、只事ではないということだけだった。


「聞こえますか!?返事をしてください!!」


 泣き声、怒声、悲鳴。その中に聞こえる、救助隊らしき人の声。たった一つの希望の糸だ。掴まなければ、つまり応答しなければ、気づいてもらえない。その先に待ち受けているのは、死。


「た……すけ…」


 必死に口を動かした。耳に自分の声は聞こえてこない。掠れた息の音だけが届き、不安だけがどんどん大きくなっていく。

 このまま、死ぬ?嫌だ。まだ何もしていない。高校すら卒業しないまま、こんなところで死にたくない。


「……駄目だ、この車輌も全滅だ。伝えろ」


 全滅じゃない。ここにいる。俺はまだ生きてる。声が出ないんだ。死にたくない。死にたくない。助けてくれ。行かないでくれ。

 助けて、


「待て」


 遠ざかりつつあった足音が止まる。足音がひとつだけが近づいてきた。お願いです。助けてください。声は出ないが、それでも口を動かし続けた。


「ハヤテさん……、残念ですがその車輌は、もう」

「……呼吸音だ!ここに一人いる!」

「え!?」

「まだ間に合う!急げ!!」


 顔の近くを覆っていた影が持ち上がり、じわりじわりと光が差し込んだ。光の正体は太陽ではなく、サーチライトだ。眼前にあった瓦礫の一部がなくなると、目の前は一気に眩しくなる。息の音に気づき、助けにきてくれた青年は、派手な黄色いブルゾンに似合わない端正な顔立ちをしている。電車に乗る前に買った、雑誌の表紙を飾っていたイケメンにそっくりだ。我ながらなんて場違いな感想だろうか。頭の回転は残念な方向にいつも通りだ。彼は俺の顔を確認すると、ほっとしたように少しだけ表情を緩めた。


「男子生徒1名、意識レベルクリア。頭部からわずかな出血あり。担架を!……すぐに助ける。もう少し頑張ってくれ」


 聞こえていますと、合図のつもりでかろうじて右手を挙げた。イケメンお兄さんはごついグローブを外して、俺の手を握り返してくれる。俺が女の子ならマジで恋する5秒前だ。5秒経っても恋は始まらなかったので、俺はそういう趣味を持ち合わせてはいないらしい。偏見こそないが、あったら困る。

 目に映る空は夕焼けとはまた違う、少し嫌な赤色だ。燃えかすか何か、灰のようなものが途切れず漂っている。全てを不安にさせ、怯えさせる空の下。派手な黄色の隊員達は砂まみれになりながら走り回っている。その姿はいつかの夢に見た、正義のヒーローと重なった。悪者と闘う正義の味方。憧れていたのはいつの頃だろう。周りの同級生達より、気持ちが冷めるのは早かったような気がする。それが何故だったのかも、今となっては思いだせない。


「担架到着しました!」

「よし、救出に移……、っ!?」


 HKR帝国史上、最悪の事件と後に呼ばれるこのテロ事件。一度の爆発で悪夢が終わらなかったのが原因だ。二度目の爆発、それは人々がわずかに持っていた生存の希望を奪い去るには充分すぎた。どうしてこんなことに。誰もがそう思った瞬間だった。

 凄まじい熱風が吹き荒れる。喉が、灼けそうだ。暗闇の感覚は、いつか、どこかで迷子になった時の寂しさに似ている。大丈夫、なんて強がりを呟きながら、覚悟は決まらない。しかし、再び訪れる目の前の覆いは暗闇ではなく、彼の派手な黄色。いつの間にか庇われていた。

 本日2回目の、意識が途切れる寸前に俺が見たのは、イケメンお兄さんが端正な顔立ちを苦痛に歪めながらも、大丈夫だと、微笑んだ顔だった。この言い知れない安心感は、迷子の自分がようやく親を見つけた時の、どうしようもなく泣きたくなったあの瞬間と、何故か重なった。


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