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#012

 帝国暦23年、5月某日。天候、雨。

 教官・米原(ヨネハラじゃありませんマイバラです、はもう飽きた)の嫌がらせとクラスメイトの冷笑にもそろそろ慣れてきた。人は環境に適応する生き物だと言うが、まさしくその通りだと思う。


「あー。ダメだ、頭に入らない」


 20分与えられている休憩時間に、俺は教室の隅っこで一人、教科書を片手に遅めの朝食を摂っていた。午後の授業を残り1コマ分だけこなせば、すっかり恒例になった銃の訓練をすることになっている。それまでに空っぽの腹を満たしておきたかった。

 訓練は毎回、ノゾミ班長が調整方法を教えてくれている。2週間前にはズブの素人だった俺も、少しずつ指示された所に狙いを定めることができるようになってきた。おかげで授業も憂鬱にならない。


「素質は十分ね」

「本当ですか?」

「あとは訓練次第よ。実戦は、もうできたんだし」


 班長の言葉を思いだしながら、俺は2個目のパンの袋を開けた。銃を握ったことも、引き金を引いたことも覚えているのに、その瞬間何が起きたのかを覚えていない。自覚の無いまま、俺は人を殺した。止められるまで何人も。自覚した時俺は、何を思うのだろう。

 開封したパンをかじろうとした瞬間、教室の扉が勢いよく開き、数名の黄色い集団が入ってきた。ノゾミ班長が先頭だ。俺も相当面食らったが、さっきまで談笑していたクラスの連中は揃ってポカンとしている。


「人は、いないわね。ここで済ませるわ」


 あなた方の背後、それなりにまとまった数の新入生が縮こまっているのですが。彼女にとっては自分を凝視している名も知らない新入生など、景色の一部か、もしくはジャガイモくらいの存在でしかないのだろう。興味深そうにこちらを気にしているイモ達を余所に、ノゾミ班長は話を始める。


「ミコト、彼はヤクモ。何回か会ってるわね?」


 ノゾミ班長が掌で指し示した先には、アサヒ副班長に負けないくらいの明るい金髪、ハヤテ部長に負けないくらいの仏頂面をした男性がいる。身長は170cmを少し超えているだろうか。体つきも身長に見合う、平均的な体格に見える。隊員専用の黄色いカッターシャツに、重そうな防弾ベストが目立つ。でも上着はない。着替え中に班長に強制連行されたのだろう。


「何度かお見かけしたくらいですが……、4月期入隊のミコトです」

「よお。前線班チーム・アルファ、リーダーのヤクモだ。こっちのデカい女は、痛っ!」

「チーム・アルファ、サブリーダーのフタバだよ。よろしくね、ミコト」


 デカい女、と失礼な紹介をされた女性は、ヤクモ先輩のひざ下に蹴りを入れたあとでにこやかに挨拶をくれた。

 顎のラインで短く切り揃えられた髪は、日に焼けた茶色だ。邪魔だと言わんばかりに、その前髪はピンで留められている。身長は確かに高く、彼女の隣に立っているヤクモ先輩と大して変わらない。ノゾミ班長とはまた別の、爽やかでかっこいい女性だ。


「前線班は初動が命。全員で動いてちゃ余計な時間食って仕方ないでしょ?だからチームを4つに分けてるの」


 ノゾミ班長は教卓側へ歩いて行くと、米原教官がホワイトボードに書き殴った汚い文字を何の躊躇いもなく消し(小さな悲鳴が上がった。ノートに写しきっていなかったのだろう)、4つの円を縦並びに描く。


「デルタ、チャーリー、ブラボー、そしてアルファね」


 円には上から順にAからDの文字が書き込まれた。Aを赤色で強調しながら、班長は続ける。


「アルファが前線班の中でも、最も前線に立つ必要があるわ。だから、管区の中でも優秀な技術を持ってる子しかいないの」


 Aの円のてっぺんに、班長は王冠らしきものを描き足す。ついでに“強”の文字も書き入れられた。とても分かりやすい。


「ま、優秀ってのは人間への褒め言葉だから、実際は化け物の溜まり場ね」

「ひっどいなー、ノゾミ」

「その化け物束ねてるお前はなんだっつーの」


 笑っていいのか悪いのか、ノゾミ班長はヤクモ先輩とフタバ先輩を見つめながら言った。互いにとても信頼し合っているのだろう。悪態をつきながらも彼らは仲睦まじく見える。


「で、ミコト。あなたはアルファに所属してもらうわ」

「はい、……はい?」


 アルファって何だっけ、と数秒前の会話を振り返る。ホワイトボードには相変わらず、Aの円に王冠がかぶせられていた。管区の中でも優秀な技術を持つ、化け物の溜まり場。に、俺が。何だって?


「……ついてこれるのか?」

「それはあなたの指導次第よ、リーダー」

「調子いいこと言ってんなぁ、お前」


 またもや俺の意図せぬところで、とんでもない話が進んでいるらしい。当然ながら午後の授業は上の空だった。5週目にして早くも単位不認定の危機だ。名目上、必修科目となっているのに。

 分からなければ先輩達に聞けばいいか、と、思考を巡らせられるようになった自分を見て、余裕ぶって最終的に留年していた隣のお兄さんを思いだし、少しばかり憂鬱になった。




武装鉄道希望隊 #012




「へー、ミコトがアルファ入りか」

「妥当ですね。流石ミコト君です」


 たった数時間で完全にアウェイな状態から、クラス中の好奇の眼差しを集められるまでに成長した俺は、夕方の訓練を終わらせ、班長やリーダー達と共に食事をしていた。

 本部出張から戻ったばかりのカムイ隊長らが合流し、かなりの大人数で食卓を囲む。それぞれが食べるものはバラバラだが、共通しているのはまるでアスリート飯のようにバランスが取れていることだろう。俺自身も、以前よりは随分食べるようになったと思う。


「もうすぐ実戦演習か。選抜は決めたのか?」

「まだだけど。カムイ、あなたも出たいでしょ?」

「……時間取れりゃ、な」

「確保して、絶対」

「カムイがいれば危なげなく勝てるからなー」


 見た目、負け無し隊長殿は本当に負けないらしい。カムイ隊長は豪快に笑うと、ノゾミ班長の要求を快諾した。

 当然、何の話かは分からない。遠慮せずに疑問を切り出してみた。


「実戦演習ってなんですか?」

「年に2回、文字通り実戦形式の訓練をやってんだ。新人の勧誘、全然上手くいってねぇらしいし、今年はこれが鍵だな」

「成果は出ているんですよ。4月期の入隊人数より、志願者が多くなる年度もあります」


 どうやら日ごろの訓練の成果をお披露目する日らしい。確かにビラを撒いて言葉を掛け続けるよりは効率が良さそうだ。百聞は一見に如かず、というやつだろう。実戦と名が付き、管区の中でも特に実力を持つ隊員が選抜されるとなれば、その様子は想像するだけでも格好いい。


「実戦ってことはチーム制みたいな感じですか?」

「まあ、そうだなー」

「卒業年次生の選抜チームと実戦形式で殺り合う」


 口に入れた米を噴き出すところだった。思わず噎せ返る。殺り合うって、殺し合う?

 いつか読んだ中学生が殺し合いをする小説を思い浮かべ身震いした。いくら銃の扱いに慣れてきたからとは言っても、人を、それも同じ士官学校に通う学生を撃ちたくない。


「あくまで模擬戦闘よ?死人は出ないわ」

「出たらヤバいですって!」

「怪我人は相当出るけどな」

「なんですと」


 やはりぞっとする。せっかく少し慣れてきたところなのに、怪我なんてしたら大変だ。毎日のように仕事はあるのに、先輩方はどうするつもりなのだろうか。もしも怪我をするのが班長だったら?地上に舞い降りた天使のごとき可憐な顔に傷でもついたら、きっと血で血を洗う戦いに発展してしまう。シブタニさん率いるOB部隊まで出張ってきそうだ。こうなると死人が出る。演習なんて生ぬるいものではなく、全面戦争だ。


「舐めて掛かってくるからだろ。俺らの所為じゃねぇよ、こちとら真剣に狩りに行ってるだけだからな」


 数秒前の心配はご無用。狩るのは当然、武鉄側だった。真剣に殺しにかかる演習は、やはり演習ではないと思う。思いはするものの、言えない。口にすればこの場で俺が狩られそうだ。

 しかし、士官学校のエリート、つまり名門のご子息やご令嬢に怪我をさせるなんて、身分的な意味でお先真っ暗だ。社会から抹殺されるのではないだろうか。


「ミコト、あなたにも出てもらうから」

「なんですと」

「むしろこのタイミングで、あなたが出ない可能性があるとでも?」


 当然だと言わんばかりのすまし顔だった。紅茶を飲む横顔は美しく整い、それでいてどこか幼さが残っている。熱かったのか、彼女は小さく肩を揺らし、カップを置いた。見ていたのがバレたのだろうか、一瞬だけ睨まれた気がする。これが職場ではなく学校ならば、と何度目かの妄想を頭で繰り広げた。


「使うのは訓練用のエアガンだけど、重さはリアルだから慣れてね」

「……それはちなみに」

「基本はショットガンだな。重量3kgだ。実弾入らねぇから大した重さじゃねぇよ」


 3kgの銃を抱えて、それなりの装備をきっちりと。これで大した重さではないとは何事か。ここのところ無茶ぶりにはだいぶ慣れたつもりだったが、無理だ。物理的に無理だ。あまりにも筋力が足りない。妄想の中であっても自分にそんな力は湧かない。


「相手のチーム監督、米原よ」

「やります参加しますお願いします」

「お、おう……?」


 前言撤回。腹の底から何かが蠢くように、とてつもなく力が湧いた。闘志が燃え上がるような、そんな感覚だ。

 この場にいる先輩達のように立ち回れる気は一切しないが、例え刺し違えてでも、3人は仕留めてやろう。なんて、ただの私怨としか言えないような、どす黒く禍々しい感情が込み上がっていた。


「……ノゾミ、ミコトは米原教官に何の恨みが?」

「みんなと同じじゃないかしら?」




***




 翌日から、公開実戦演習のお知らせ、と題したビラが校内の至る箇所に貼られ始めた。行事自体がかなり注目を集めているようで、掲示板の周囲ではその話題で持ちきりだ。実戦演習に対する関心の高さがうかがえる。

 ビラは学校側が制作したものと、武鉄側が制作したものの2種類がある。学校側のものは今年の選抜生なのであろう、凛々しい表情の青年達が腕組みをして整列している写真が使われている。大きく書かれたキャッチコピーは、『100人で制圧』の一文だけだった。あまりに不穏だ。


「団体戦か」

「いや、武鉄側は少人数だな」

「こりゃ何分で嬲られるやら」


 一方で武鉄側のビラは、一体誰が作ったのだろうか。ノゾミ班長が銃を手に微笑んでいる、まるで機関紙のグラビアだ。キャッチコピーは『勝利の女神は僕らに微笑む』だ。違いない。彼女は微笑むどころか、満面の笑みを湛えながら自身の銃で鉛玉を雨のように降らせ、敵を散らすことだろう。勝利の女神と言うよりは、戦争の女神だ。かのジャンヌ・ダルクも真っ青になりそうだ。実情を知っているのに、正直に言うとこのポスター、ちょっと欲しい。

 武鉄側に、卒業年次生はいない。武鉄隊に所属している限り、在籍年数が何年であろうと、習得単位数が卒業認定レベルに達していようと、先輩達が士官学校を卒業していくことがないからだ。とはいえ先輩達は仕事の時間外に、わざわざ講義を受講することはないらしい。その自由な時間の分だけ、隊員としての訓練や自主的なトレーニングに励んでいるのだとか。だから、ベテラン隊員はどんどん強くなっていくのだろう。各隊員に才能の差は当然あるだろうが、彼らはそれを努力で埋めている。

 そんな姿が、特権を振りかざし好き放題やっていると曲解され、反感を買いやすい。学内の大半がアンチ武鉄派なのは、どうやら妬みだけではないらしい。それでもやはりいい気はしなかった。


「武鉄は4月に入った新人使うって本当か?」

「舐められてんだよ。何せ毎回負けてる」

「それでも今回は卒業年次生選抜が団体で挑むんだろ?負けるわけねーよ」


 ビラの下の方には、少し控えめに『ルーキー参戦!』の文字列と共に、俺の顔写真が小さく印刷されていた。入隊直後、IDカードの証明写真として撮影されたものだ。緊張で顔が引き攣っていてあまりに格好悪いから、早く撮り直したい。

 こうまでされると、もう後戻りはできない。今さら断る勇気もない。そして、本人の目の前でこんな会話を繰り広げられて闘志が湧かないなら、俺は武鉄所属を名乗れないだろう。わずかばかりのプライドが、心の奥底から主張していた。


「ミコト?」


 振り向くとジュースの紙パックを持ったフタバ先輩が立っていた。トレーニングパンツに薄手のシャツ、その上にはいつものホルスターという、少々奇妙な恰好だった。銃は入っていないようだ。


「アルファの訓練始まるよ。一緒に行こうか」

「はい!よろしくお願いします」


 既に自主練習か、あるいは何かしらの訓練を積んできたのか、彼女は肩に掛けたタオルで顔を拭いた。


「あんま緊張しないで。最初はきついけど、皆ちゃんとできるようになるからさ」


 優しい微笑みの奥に、温かさを感じた。歩き始めたフタバ先輩の後ろ姿は、背筋が綺麗に伸び、歩調がとても美しく感じられた。思い返してみても、先輩達の背筋はいつも整っていたように思う。姿勢が悪い人に覚えがない。俺はと言うと、少々前屈み気味だ。視線がまだまだ低い。自身がない。

 アルファについて行くことができれば、少しは変わるのだろうか。




***




「俺はアサヒやノゾミみたいに優しくねぇ。お前がどれだけ優秀か知らねぇが」


 結論を急ぐのは好きじゃない。諦めるのだって、嫌いだ。それでも分かる。


「1時間で逃げ出すなよ?」

「は、はい……」


 無理だ。


「そこ遅れてんぞ!死にてぇならてめぇだけで死にやがれ!!」

「すいません!!」

「てめぇは早すぎだ!周り見ろ撃つぞ!!」

「はい!」


 トレーニング場内に響き渡る声。アルファのチームリーダー、ヤクモ先輩は、指示を飛ばすだけでなく、自身も動き回っていた。いやむしろ、彼が一番走っている。

 訓練開始から20分が経った頃、俺は訓練場の隅でバケツを抱えていた。ついて行くとか行かないとか、そんな次元の問題ではなかった。まず装備する物の合計数が普段と違いすぎた。何とか重みには耐えたが、動くことがままならない。ウォーミングアップのジョギング5分でまず吐き気を催し、それでも置いていかれまいと走り込みを、確か3本まではついていった。しかし、その後何をしていたのかはあまり覚えていない。


『実際は化け物の溜まり場ね』


 てっきり冗談をかましたのだと思っていたノゾミ班長の声が、頭の中で何度も再生される。今なら自信を持って言える。チーム・アルファには化け物しかいない。

 少しは馴染んだと思っていた。とんだ思い上がりだ。それでも自分からやりたいと思った以上、やるしかない。音を上げるのはあまりに早すぎる。


「あ?……無理すんな、座ってろ」

「走り込み、あと何本ですか?」

「……、2本だ。フタバ!そっち見ててくれ!!」

「はいよー」


 リーダーはそう言うとストップウォッチを手にし、俺から20mほど離れた。最初の脅かしとは対照的に、彼もまた、面倒見がとてもいいようだ。ついて行けなくても、努力は重ねなければならない。諦めたくない。

 2本の全力疾走を終えた後で、やはりバケツに向かってえづく羽目にはなった。この程度で達成感なんて味わっていてはいけないのだろうが、俺は初めて、小さな自信を手にした気がした。視線を少しだけ上げると、ヤクモ先輩が少しだけ笑いかけてくれていた。


「こんなところにいたのね」

「おおー、アルファが全員揃ってるとやっぱすげーな」

「そこにミコトだろ?やっぱお前すげーわ」

「……なんでバケツ抱えてるの?」


 小規模の体育館の入り口から、黄色い制服が何人も入ってきた。先頭からノゾミ班長、カムイ隊長と続いている。見知った顔も、何度か見かけただけで話したことすらない人もいる。

 ノゾミ班長は、いつもより少しばかり弾んだような笑顔で、全員に聞こえるようはっきりと言った。


「選抜メンバーを発表するわ」


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