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吸血姫アルヴィナンテ  作者: 執筆野菜ブロッコリン
第0章 永遠の別れと、鈍色をした希望との邂逅
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狩人と獲物-4

 目を開けると、視界に広がるのは薄汚れた天井だった。金色の少女は、はて、とそのままの姿勢で考える。そういえば背中の感触も、これまで使用していた安宿のベッドのそれと全く違う。柔らかくないし、寧ろ固い。さらに、何となく湿っている感じがする上に、タバコ臭い。

 結論。寝起きは最悪。

 不機嫌を前面に押し出して、少女は身を起こす。そのまま辺りを窺ってみるが、パソコンとその周辺機器で埋まったパソコンラックに業務用冷蔵庫で部屋の殆どが埋まっていた。彼女が座って居る布団のスペースを含めても、生活スペースは殆どない。

 少女は、ふう、と溜息を吐く。どうして業務用の冷蔵庫など必要なのだろうか。普通に暮らしている上では、必要ないだろうに。

 

(――って、それよりも)

 

 ここはどこだろうか。一般家庭においての業務用冷蔵庫の有用性について考えるのを止め、少女は思考のベクトルを変える。

 コンビニで夕飯を選んで居たら、そこで『血縁者』を見つけた処までは覚えている。しかし、そこから先の事を思い出そうしても、靄に包まれた様にハッキリとしない。漠然と、再び襲われた事は頭に浮かぶのだが、どうして自分がここに居るのかが分からない。敗北して拉致されたのか、誰かに助けられたのか……そのどちらかは分からないが、兎も角今はこの部屋の主を探すのが先決。

 ようやくになって鮮明になった視界で部屋の中を捜してみると――居た。後ろ、壁に寄り掛かって眠るジャージ姿の青年の姿が。

 

(あれ、この人って……)

 

 確かに、コンビニで見つけた『血縁者』だ。襲撃者とは何の関係性はない様だったし、と言う事は、この名も知らぬ青年が自分の事を助け出してくれたのか。

 退魔師――更に区分すれば『陰陽師』だろう。詳しい事は知らないが、しかし、これで日本に来た目的の大半は果たせたも同義だ。後は彼に助けを求め、解決を願うだけだ。何もせずに他力本願の四字を背負うのは気に食わないが、素人が組織に勝てる訳がない。ここはプロに任せた方がいい、少女は唇を噛み締めた。

 唐突に、静かな暗闇に包まれた部屋の中、ぐう、と間の抜けた音が響いた。そう言えばと、少女はここ二日ばかりまともな食事を摂っていなかった事を思い出す。追手が近くに居る事に気付いてからは、逃げるのに必死だったのだ。そして――血も、全く口にして居ない。

 曰く、吸血鬼。

 曰く、ドラキュラ。

 曰く、ヴァンパイア。 

 どの様な呼ばれ方をしようとも、変わらぬ習性が一つだけある。吸血行為――つまり、人間の血液の経口摂取。それは吸血鬼にとって、単なる栄養補給ではない。栄養だけならば、人間がそうする様に、食物から得ればいい。

 吸血鬼にとっての血とは、人間にとっての水に同義である。水を飲まなければ喉が渇き、放置すれば脱水症状に似た状態に陥ってしまう。そして、果ては死に至る。これまでの体調不良も、まともな休息を取っていなかった事に加え、血を摂取せずに活動をしていた事も原因なのだろう。獣の血でも事足りるのだが、とてもではないが飲めたものではないのだ。

 しかし、それも直ぐに解決する。

 例えば、オオカミの目の前で無防備に眠る羊が居ると仮定する。その羊は丸々と太っていて、涎が出そうな程に美味しそうだ。一方、オオカミは餓死すら覚悟する程の空腹。どうなるかは火を見るよりも明らか。

 即ち――食べられる。

 少女は獲物を前にした肉食獣の如く静かに、青年の傍へと擦り寄る。目標は、袖を巻くって素肌を露わにする右腕。本当ならば心臓に近い首筋等が好ましいのだが、今は隠密性を重視するべきだ。そんな処に噛み付きでもすれば直ぐに気付かれてしまう。

 キスをする様に、少女は唇を青年の腕へと落とす。這わす舌が感じ取るのは先ず、汗の味。少しだけしょっぱくて、それでいて甘い、何とも不可思議な味だった。

 続いて、普段は隠れている犬歯を軽く突き立てる。中途半端な刃物よりも鋭く――鋭利なそれが腕の表皮を浅く切り裂く。数拍置いて滲み出てきた血を舌先で舐め上げると、見立て通り、上物のワインの様な味が口の中一杯に広がった。舌の上で転がしながらその味を楽しみ、そして嚥下。

 

(――熱い)

 

 血が通り過ぎた場所から、熱を帯び始めるのが分かる。重く、反応が鈍かった体が、急に軽くなった様なそんな感覚。身体が本調子に戻りつつあるのだ。

 腕に巻かれてあった、何やら術式が編み込まれてあるらしい包帯を引き千切り、少女は夢中になって青年の血を啜り始めた。

 

 

  ◆

 

 

 ――吸血鬼、なのだろう。助けた少女は、恐らく。

 青年が腕の違和感で目を覚ますと、既にこの状態となっていた。薄眼を開けて再確認をしてもそれが変わる訳でもなく。至極簡単に言い表わせば、名も知らぬ少女が腕に噛み付いていた。不思議な事に痛みは殆どなく、今まで気付かずに眠っていたのも頷ける。しかし、困った状況であるのは確かで。

 ――血を、吸われているのだ。

 ちゅるちゅる、と間の抜けた音が聞こえてくるのは紛れもなく自分の腕から。正鵠を射るなら、少女が牙を突き立てている場所から、か。意識を集中してみれば、血がそこから抜けていく気持ちの悪い感覚がある。人間はある程度の血液――具体的な数値は忘れた――を失うと、大量失血によるショック死をしてしまうと聞く。ならば、今、自分が辿り着くであろう死因のナンバーワンは間違いなくそれだ。

 しかし青年は身じろぎ一つせずに、己の腕に牙を立てる金色の少女をただ眺めていた。なぜかは分からない。少なくとも、善意ではあって欲しくない。自分はそんな、博愛精神に満ち溢れた聖人君子などではないのだ。

 

「……ねえ」

 

「あ?」

 

 少女の呼び掛けは無視出来た。しかし、彼女の視線は青年の薄く開けた瞼の隙間から覗くそれと重なってしまっていて。つまり、無言を貫くと不自然が過ぎるのだ。それに、貫いた場合に貼られてしまう『薄眼を開けて眠る薄気味悪い男』というレッテルは愉快な代物ではない。

 

「気付いてたんだったら、どうして声かけないのよ」

 

「知るか。そっちこそ俺が起きてんの分かってて飲んでたじゃねーか」

 

「あら、何にも言わなかったじゃない。暗黙の了解かと思ったわ」

 

「遠慮を知れ、遠慮を」


「知らないわよ、そんなの」


 はんっ、と鼻で笑われた。

 溜息を一つ、青年は自分に縋り付く格好になっている少女を観察する。顔色は良くなっているし、体調も保護した直後より良さそうだ。

 そうして青年は自分の腕にくっきりと残る二つの噛み痕を見やり、そして笑顔で言った。

 

「元気んなったみてーだし、出てってくれ」

 

 対する少女の答えは単純明快。ガブリ、と青年の腕に噛み付いた。


「いっ―――――てぇえええええっ!?」 

 

 噛まれた場所から激痛が広がる。しかし少女はそれだけで済ますつもりはないのか、こちらの叫び声などなんのその。先程とは桁違いの血量が体外へと流出して行く。

 

「ごめんなさい、よく聞えなかったわ。悪いのだけれど、もう一度言ってくれるかしら?」

 

 何が『もう一度言ってくれるかしら?』だ――青年は内心で冷や汗を流す。このまま吸吸血行為を続けられたらどうなるか……そんな事、火を見るよりも明らかだ。牙を抜く少女から慎重に距離を取る。

 青年は襲撃してきたあの男を退かせるだけの力量を持っている。だからと言って、再び戦闘を繰り広げるつもりなど、全くない。事情は知らないが、折角の引き籠りライフを邪魔しないで欲しいものだ。

 

「……、…。………何もねーよ」

 

 しかし、だ。相手は吸血鬼で更には夜ときたら、これはもう反骨精神を持ち上げる気力すら湧かない訳で。青年は脱力し、

 

「何が目的だ? 吸血鬼さんよぉ」

 

 嗚呼、天井の隅で蜘蛛が巣を張っているなあ。

 青年は現実逃避気味に、少女の話に耳を傾けたのだった。


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