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吸血姫アルヴィナンテ  作者: 執筆野菜ブロッコリン
第0章 永遠の別れと、鈍色をした希望との邂逅
5/14

狩人と獲物-2

 

 

 ◆

 

 

 名も知らぬ青年が去ってから一分と経たずに、その男はやって来た。上物だと一目で分かる黒いスーツに、同じく黒い靴。オールバックで整えられ露になる顔からは表情が読めず、何を考えているのか分からない。

 

「こちらは重傷だと言うに、この様な島国に逃げ込む等。……やれやれ、骨を折らせないで欲しいものだ」

 

 臨戦態勢に移りつつ、少女は男を鼻で笑う。

 

「しつこい男は嫌われるわよ?」

 

「くはは。いい女なのだから仕方あるまい」

 

 殺してやりたい程にな――犬歯を剥き出して、殺気と共に吐き出された言葉は呪詛その物で。

 それと同時、男は懐からラミネート加工されたカードを取り出した。大きさはトランプ程で、記号の様な物が描かれている。それが十数枚、宙に放られた。

 

「Răspuns la vocea mea,Răspuns viata mea(我が声に応えよ、我が命に応じよ)」

 

 放られたカードは地面に落ちず、それ処か、簡略化された人の骨格を形作った。

 

「Dă-ne-un spirit de corp neglijenţă primeşte(されば仮初の魂に身体を与えん)」

 

 カードで作られた骨格を中心にして、周りの土が盛り上がる。そうして成人男性程の大きさもある人型が、土に埋もれた。外見は歪な形をした泥人形。決して見栄えがいいとは言えない。

 しかし、男はそれを見て満足気に小さく笑う。

 

「さて今回は――ヴァルキリー、とでも名付けるか」

 

 その瞬間、泥を適当に組んだ様なバランスの崩れた人型が、見えない刃物に削られ始めた。顔と胴の区別が出来なかった場所に首が出来、手足が細くしなやかになり、そして胴体は女性らしい膨らみと括れが生まれる。

 ――名の通り、ヴァルキリーがそこに現れた。巨槍を構え、体のラインが浮き彫りになる薄い軽鎧で身を固めた『彼女』は、背に携えた一対の白き翼を羽ばたかせる。

 

「……『今回は』ってアンタ、いつもそればっかりじゃない」

 

 出来上がるまでの過程を眺めていた少女は、やれやれと大仰なジェスチャーと共に言う。

 それに――と繋げて、酷薄な笑みを浮かべた。

 

「たった一体のゴーレムで私をどうこう出来ると思ってんの?」

 

 ゴーレム。

 術者の魔力を込めた術具を芯にして生まれる、自意識を持たない人形。土を主な材料として作られるそれは、術者と自身とを魔力の糸で繋ぎ、常に何かしらの指示を受けている。科学的な物で代替するのなら、無線通信で行動の指示を受けるロボットか。

 しかし『何かしらの指示』とは言っても、右足を出してバランスを崩さぬ様に下ろし、次は左足を出せ――等と細やかな指示を出す必要はない。目的と手段を伝えてやれば、後は周りから情報を収集して勝手にやってくれるのだ。

 そして――

 

「思わんな。しかしだ、この国の諺に『下手な鉄砲数撃てば当たる』というものがある。……それはこんな状況の事を表しているのだろう」

 

 簡単な指示で動く泥人形は、芯である術具さえあれば何体でも作り上げる事が出来る。無線通信の母機であるルーターさえあれば、幾つものパソコンでインターネットに接続出来る様、簡単に。

 男が再び懐からカードを放り、簡略化された人体の骨格が宙に浮く。そうして先の手順を繰り返し、背に一対の羽を携え槍を構えた戦乙女が量産される。

 

「……同じ面した人形がズラーっと。随分と不気味な光景ね」

 

 少女を囲む様にして展開した無表情の人形は、その数実に二十。

 ゴーレムを作り出すのは簡単だが、しかし、芯となる術具にはそれ相応の魔力を込めなければならない。二十体も作り出して尚、疲弊した様子を見せない男の魔力量は驚異的とも言えた。

 

「人払いの術式は既に済ませてある。どんなに泣こうが喚こうが、新たに人が来る事はない」

 

 男は暗に『無駄な抵抗は止めて大人しく投降しろ』と伝えるが、少女はそれを一笑に付す。

 いつの間にか手の内にあった紅に煌くレイピアを構え、そうしてもう一度、酷薄な笑みを浮かべた。

 

 

  ◆

 

 

 甲高い金属音が辺りに響く。それは公園内だけに止まらず、閑静な街中へと届く――筈、なのに。

 

(人払いの術式、ね……)

 

 突き出された槍が僅かに逸らした身体スレスレを通り抜けるのを睨み付けながら、少女は黙考する。

 本来ならばゴーレム如き、ものの数ではない。しかし、絶妙なコンビネーションに加え、その間隙を補う男の魔術による追撃。それ等に翻弄され、現在進行形で傷が増え続けている。擦過傷が切傷に、切傷が打撲に、打撲が――

 

「く、ぅう……っ!」

 

 更に強烈な打撲に。

 薙がれた槍をまともに受けた左腕の感覚がない。骨折はしていない様だが、しかし、暫くは痺れて使い物にならないだろう。

 紅い軌跡を横に奔らせ、目前のゴーレムを輪切りにする。一瞬の間を置いて下半身が上半身を落とすのも見届けずに、横に飛び込む。

 轟ッ! と音を立て着地をしたのは、槍を下に構えた状態で羽を閉じるゴーレム。爆心地を中心にして、地面がすり鉢上に陥没した。

 足下まで伸びるヒビに内心焦りつつ、少女はバックステップで大きく距離を取る。

 

「逃走生活は、存外に身体へ負担を掛けていた様だな」

 

 言われずとも、そんな事は分かっている。

 いつ襲われるか分からない状況で、極限まで張り詰め続けていた精神。路銀もなく、まともな場所で眠れず、休息を取らせる事が出来なかった身体。その二つが、今になって悲鳴を上げ始め――いや、兆候はこの瞬間以前にも多々あった。唐突な眩暈、ちょっとした物音で目覚めてしまう様な浅い眠り、決して休まる事なかった逃走期間。

 ――無理のツケを支払う時が訪れたのだ。

 

「ふんっ、自慢の泥人形も残り一体。こんな状態でも楽勝よ」

 

 しかし少女は虚勢を前面に、僅かに震える足でゴーレムの残骸を踏み付け、不遜に仁王立つ。

 痺れる左腕は邪魔にしかならない。ライト・サイド・ターン――右側面を前方に構え直す。

 対する男は、ゴーレムとで少女を一直線上に挟み、心底落胆した風に苦笑した。

 

「最後まで諦めないのが美しく見えるのは、結果が伴うからであって。……無駄な足掻きは、最早醜悪ですらある」

 

「どうかしら? やってみないと分からない事もあるわよ?」

 

 後ろを警戒しつつ、少女は男に紅の切っ先を向ける。

 そんな彼女を暫く見詰め、「なら」と前置き、男は構えを解いた。

 

「致し方あるまい」

 

 言って、瞑目。その直後、正面で槍を地面と平行に構えていたゴーレムが動く。男が新たな指示を送ったのだ。

 身体を半身にし、槍を肩口にまで持ち上げそのまま後方へと引く。耐久力が許す限りの威力を出す為に腰を捻り、後方の膝を少し曲げる。そして、投射。

 しかし、その対象は身構える少女ではなく、数十分前に青年が姿を晦ませた薮。木々や背の高い草々が密集し、明滅を繰り返す街灯だけでは一メートル先さえも見えない暗闇。巨槍はそこへと突き進んで行った。

 

「を、ぉおおおおおッ!?」

 

 しかして聞こえて来たのは破砕音と、酷く切羽詰った様な叫び声。 

 

(――まさか、)

 

 男は声を気にした様子もなく、再び瞑目。それに合わせて、槍を投げたゴーレムが動く。

 ゴーレムは暗闇の中へと姿を消した。そうして暫く経ち、照らし出される地面を踏み締めながら、その手には見覚えのある人物が捕まっていた。

 ジャージの襟首を捕まれ、死んだ魚の目をする青年は少女へと視線を向け、

 

「よう、奇遇だな?」

 

「……『奇遇だな?』じゃないわよ! どうしてあんな場所に居たの!?」

 

 あのままどこぞにでも逃げていれば、捕まる事もなかったのに。少女は心底つまらなそうに目を細める青年に、掴み掛からんばかりの勢いで問い詰める。

 

「んな事言われてもよー。逃げる隙がなかったんだってー」

 

 どーしたもんかね。タバコの煙を吐き出すジェスチャーをしながら、『ちょっと困った事に行き当たった』程度の軽さで呟く。首筋に槍を突き付けられても、瞳は微動だにしない。

 

「さて、どうする。こちらとしては、一般の人間を傷付けるのは本望ではないのだが……しかし、それも返答次第だな」

 

 無機質な笑みを浮かべ、男は手を差し伸べた。



 

 

『彼に手を出さないのが条件よ』

 

 そう言って、金髪の少女はオールバックの男が呼び出した車に乗せられ、公園から姿を消した。後に残されたのは青年と、いつでも彼の命を奪えるという事を示すゴーレム。少女はそれに対してギリギリまでごねて居たが、結局は『手ぇだしたら承知しないからっ!』と牙を剥くだけに終わった。

 そうして今、首から一センチも離れていない空間にある槍をまるで気にした様子もない青年は、口元に自嘲的な笑みを浮かべた。 

 

(しっかし、まあ、『一般の人間』と来ましたか……)

 

 あのオールバックの男はそう言ったが、それは違う。正確には、アタリ半分、ハズレ半分なのだ。

 それは、青年がなりたくて、なれなかったモノ。決して届かない。絵に描かれた天国へ足を踏み入れられない様に、『一般の人間』もまた、不可侵の領域。

 しかし、

 

(けっ、『それでよかった』何て思っちまうんだから、世の中ままならねぇよな)

 

 瞑目する。

 イメージは回路の切り替え。

 意識を研ぎ澄ませる。

 

「――借りっ放し、ってのは気に喰わねーんでね」

 

 青年の口元に浮かぶ自嘲的な笑みが、酷く攻撃的なそれに変貌した。



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