幼なじみと俺と
俺の名は加々美結城。普通の高校生だ。
俺の住む町は、ただ何とも無い普通な町だ。あるのは、樹齢三百年を超した木や、畑を耕す近所のおじいさんおばあさん達、そして未来を育む為に成長していく若者達だ。
ある土曜日。俺は不愉快な起床をするハメになる。
今日は休日だし、遅く起きようといまだ熟睡中の俺。休みの日は、こうやってゆっくりと過ごすのは、この上ない幸福だ。それが…。
ドタドタドタドタ……
ガラッ
「ゆぅ君オハヨー!」
「……」
当然俺はまだ眠っているから、俺を呼んだ奴の声は聞こえて来ない。
俺を呼んだのは、幼なじみの照井澪。家はお隣りで、俺の部屋の窓を開ければ、彼女の部屋の窓が目の前にある。同じ高校の同じクラス。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と三拍子揃っている。しかし、成績とスポーツは俺の方が上なのだ。ここだけの話、彼女は学校一の体型だ。
「ゆぅ君!起きなよ!」
何故俺が彼女に起こされなければならないのだ?平日なら構わない。俺は朝は滅法弱い方だ。その俺を、毎朝起こしてくれるのは、有り難い事だ。
「もぅ!起きないなら、やっちゃうもん!」
「!!」
俺は突然なことで目を覚ました。彼女の唇が、俺の唇を覆う。この行為は、俺が彼女が四歳の頃から続いている。俺としては有難迷惑な事だ。
「何すんだ!」
俺は彼女から放れて、怒鳴る。
「だってぇ、ゆぅ君起きないんだもん」
「だからって、限度があるだろう?」
「気を付けまーす!」
俺が言った言葉に、あどけた口調で答える澪。その仕草が、ここ最近眩しく思える。
俺は彼女がこんな朝っぱらから、何しに来たか尋ねた。一つは俺を起こしに来た事だ。
「忘れたの?家のパパとママが結婚記念の旅行行ってるんだよ。しかも今はインドだって」
「で、朝飯を頂戴しようと?」
「うん♪」
俺は内心呆れた。仕方の無い事だ。彼女の作る料理は、お世辞でも美味いとは言えない。
「コーヒー付きならいるか?」
「うんいいよ♪」
「取り合えず、部屋から出ろよ。着替えるから」
「えーっ?いいじゃんいたって」
「朝飯がほしけりゃ、俺が着替えるまで入るんじゃねぇ!!」
俺は澪を部屋から追い出した後、さっさと着替えた。ついでに言うが、俺の両親は海外で仕事をしている。親父はコロンビアでお袋はネパールにいる。
部屋を出て、澪と合流した俺は台所へ向かった。夕べの内に仕掛けた米は、ふっくらと炊いてある。味噌汁は、夕べの残りの青野菜の味噌汁にする。献立は、この前近所のおばさんから頂いた煮豆ときんぴらだ。
朝食が終わると、澪が俺に声をかけた。
「ねぇ、ゆぅ君」
「何だ?」
俺はそっけなく答えた。
「今日さ、何処か行こうよ!」
「何処に?」
「ちょっと買い物。だってゆぅ君の私服少ないもん」
「は?ちょっと待て、お前が何か買いたいからいくんじゃねぇのか?」
「だってゆぅ君、自分の服に関してさぁ、疎いじゃん。同じクラスの男だって、カジュアルな服装じゃない」
「生憎だが、俺は服装を乱すのは嫌いだ。尚且つ、俺の欲しい服は俺が買うから結構だ」
俺が言った後、澪はシュンとした顔で俯いた。こういう世話焼かせな所が、またいいと思う俺だが、時によってちょっとウザく感じる。
「ゆぅ君と行きたかったなぁ〜……」
途端に、澪は俺をうるうるとした目で見ていた。この目に俺が勝った事は無い。
「分かった!分かったから!俺行くよ」
「ヤッター!ゆぅ君とデートだぁー!」
言い忘れたが、俺と澪は恋人同士だ。が、それは澪が強制的にそうさせたのだ。俺の嫌いな教師の火山史和よりも厄介この上ない。しかし、何故か、拒否感が無いから否定もしない。
「行くんだったら、そろそろ行くぞ」
「あ、待ってゆぅ君。私着替えて来るから」
それから、何分間俺は待った事か。しばらくすると、家で見たのとは違う服装だった。それに俺はつい見とれてしまった。膝より長いスカートに、白いブラウスの上に赤いコートを着ていた。
「お待たせ!」
「おっ、おう。あんまし待ってねぇから」
といっても小一時間位だった。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!!」
「しんこー」
自宅から目的のデパートまでバスで行くこととなった。この地域のバスは40分に一回でオールで運行している。こんな田舎にしては贅沢過ぎるのだ。
「ゆぅ君、さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」
「あ……いや…何でもねぇよ。心配すんな…」
「ならいいや。あ、でもさっきからさぁ」
「何だよ…」
突然澪は俺の耳元に口を運び、開いた。
「さっきから私の体見てるでしょ?」
な、何故分かった?まぁいい。取り合えず俺は答えることにする。
「べ、別にいいじゃねーか。悪いか?」
「悪く無いもーん」
彼女の茶色の髪が、先程から俺の鼻に、甘い香りを出していた。
「お、そろそろ着くぞ」
バスは目的地に到着し、俺と澪はバスを降りた。
俺は澪に強制連行され、とあるショッピングモールに到着した。しかし、俺はこの場所を知らない。
「そういえば、ゆぅ君ここ初めてだよね?」
「あぁ、初めてだ。しかし客多いな、何かあるのか?」
「ここはね、本屋さんとか、CDショップとか、映画館とか、食べ物屋さんとか色々あるよ」
「外で見るより、結構広いんだな。こりゃ、迷いそうだな」
「昔みたいに迷子になんないでね?」
「だから、あん時はお前が迷ってただろ。『わーいウサギさーん』『わーいかめさーん』って着ぐるみ追っ掛けて、俺が捜すはめにもなったんだ」
以前…というか、ほんの一昔前だ。小学校の入学祝いに、俺のお袋と彼女のお袋さんとの四人で、デパートへ出掛けた時だった。
当時澪は無類の着ぐるみマニアだった。たまに遊園地で風船を持った着ぐるみさえも『やぁだぁ!お家にもちかえるんだもん!!』と連呼していた。その癖があってか、デパートで澪だけ逸れてしまったのだ。
そして見つかったのは、社員用の控室で石化していたのを、係りの人が見付けてくれた。
「ま、あん時の澪も可愛いかったと思うな」
「もぅ、ゆぅ君ったらぁ!!」
「馬鹿!でっけー声出すなよ。……他の男がお前に注目しちまうだろ?」
「そんな事無いもん。ゆぅ君が1番だもん」
まぁそんなこんなで、目的を果たした俺達は帰り道を歩いていた。
「ゆぅ君は、進学するんだよね?」
「ああ。専門大学から推薦来てるからな。澪は?」
進学する俺に対し、澪は言った。
「就職だよ。夢だった保育士になるために今まで頑張ったんだもん」
彼女は就職。下手すれば、俺達は離れ離れになってしまう。そんなのは御免だが、これは運命だ。今しか言うっきゃねぇ!
「なぁ、澪」
「なぁに?」
真剣に言った俺に対し、澪はあどけなく返事した。
「俺達は、一生一緒だ。俺は、お前を……澪を一生愛している!」
「ゆぅ君。私もだよ。一生一緒だよ?私は……加々美結城が大好きですっ!」
「俺もだ!俺も照井澪が好きだ!」
やがて俺達の距離は縮まり、重なった。俺に対する澪のキス癖は、二人の物になった。
卒業まで、一年と数ヶ月。俺達は、残りの青春を歩んで行った。それが、【幼なじみ】から、完全な【恋人】になった証だ。
完