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神の頬に触れるような気持ち  年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第一章 ライフェン再訪 8

「実は建設王の依頼である物を持ってきたのですが…」

 私は切り出した。

「建設王ってあなたと仲が良かったドゥラムリアよね」

 老婆は問うた。思い切って言ったのだが、老婆は耳が遠いのか自分の話に夢中でこちらの話を聞いていないのか(おそらくその両方だろう)私の話の建設王の部分だけを認識し切り取ったようだ。

「ドゥラムリアよりあなたの方が優秀なのに…」

 私はまた始まる話に割り込んだ。

「建設王の…」

「そうね、今は建設王って呼ばなくてはならないのね。でもあなたはドゥラムリアより優れた能力があるわ、私はずっと信じていた。母親の私が信じなくて誰が信じるというの! 他の人はあなたをバカにしたりほら吹きだって言っていたわよね。でも私はそんなことは何も心配していなかったわ。あなたがまっすぐに前を見ていることを知っていたから」


 いつのまにか外は夜が訪れようとしている。老婆は窓の外が暗くなっているのに気付いたのか立ち上がった。日が伸びたとはいえ山間部は暮れるのが早い。

「あらやだもうこんな時間、お腹が空いたでしょう? あなたいつまでこの町にいられるの?」

 私は返答に困る。さっさと名乗り用件を済ませるべきなのはわかっているのだが言い出せずにいた。

「あと二、三日はいるつもり」

 老婆の顔がパッとほころんだ。

「とっておきのご馳走を用意しましょう!」

 老婆は勇んでキッチンへ向かう。

「なにか手伝…」

 私が言い終わる前に老婆が制した。

「今日はお客さんなのよ。そこで座ってて。ゆっくりしてなさいな」


「とっておきのワインよ、あなたが産まれた年のもの。あなたもとっくに成人したものね」

 そう言ってワインをグラスに注いだ。

 ワインはチキンとよく合った。雉肉だろうか、雉は卵をあまり産まないので家畜として飼われることがないのでその肉は希少だ。雉の腹をナイフで開けるとワッと湯気が上がった。体内に香草が詰め込まれており程よく蒸されている。皮はパリパリで、肉は肉汁が溢れ出すほどジューシーだった。付け合わせの野菜も新鮮で畑から先程とってきたものらしい。

 私はとっておきの失敗談や、ジョークを披露した。老婆は終始笑っていた。

 二人ともすっかり酔ってしまったらしい。老婆は私の手を取って立ち上がらせると私に机を傍に寄せるように頼むと、静かに「踊りましょう」と言った。私は踊りは得意な方ではないが老婆の動きに合わせて左手をつなぎ、右手を腰に置きリードすると踊り始めた。老婆は小さな声でライフェンに伝わる歌を歌う。本当に囁くような小さな声で。老婆は右足が悪いので動きは最小限だったがそんなことは関係なかった。それはとても満ち足りていて美しく素敵なシーンだった。

 なぜ建設王が沢山いる歩荷人の中から私を選んだのかなんとなくわかった。私がタパ氏と年齢も背格好も似ているからではないだろうか。

 老婆の身体は小さく華奢で今にも消えてしまいそうだった。けれど芯は熱くしっかりと燃え生命力を持っている。右足を庇いながら二人で踊り続けた。静謐(せいひつ)な月の光が窓から落ちてくる。どのくらい踊り続けただろうか。私たちはひどく疲れて、再び椅子に腰掛けた。息を整えるのにしばらくかかるほどだった。二人してなにか悪事を共有したかのように微笑みあった。

「あとは片付けておくからあなたは先におやすみなさい」

 老婆は言った。私は「そうさせてもらうよ」と答え席を立った。

 タパ氏の部屋は家を出てからもそのままの状態で、時折掃除しているのだろう綺麗なまま維持されていた。ベッドに座り部屋を見回す。簡素な部屋だ。小さな文机と本棚がある。タパ氏はあまり読書家ではないのか学生時代の教科書が数冊本棚に並んでいるだけで本は置かれていない。どこの家もこのような感じなのだろうか? 見ず知らずの他人の家に泊まるという奇妙なシチュエーションにも関わらずその人の本棚を物色してしまう職業病には苦笑するしかなかった。各家をまわって買い出しをするつもりだったが期待薄だろう。それならばあの蔵書庫をもう少し探せば良い本がまだ何冊か残っているのではないかと思う。そんなことを考えながらベッドで仰向けに寝転ぶと動くのが億劫になった。タパ氏も同じようにこの天井をみていたのだな、と考えていたらいつの間にかウトウトと眠ってしまったらしい。

 喉の渇きで目が覚めた。時計がなく何時かわからないが眠ってからそれほどは経っていないと思う。水を飲むために再びキッチンへ向かう。キッチンでは老婆が机に突っ伏している。焦りながら急いで近づくと老婆は寝息を立てて幸せそうに眠っている。

「風邪をひきますよ」

 初夏とはいえ夜はまだ冷える。老婆はくぐもった声にならない声を発する。私は近くにあったカーディガンを取ると老婆の背にかけた。

「おやすみなさい」

 私は老婆の背に向かって言った。


 部屋に戻ると荷物から緩衝材に巻かれた小さな瓶を取り出すと机の上に置いた。かつてこの机の上に同じように置かれていたかもしれない。これはおそらくタパ氏の持ち物だったのだろう。この瓶をタパ氏の母親に渡すのが建設王からの依頼なのだが、つまりそれは遺品なのではないだろうか? 中に何が入っていたのかはわからないが、大事なものだったのだろうなと思う。明日の朝手渡してこの家を辞すことにしよう。今日は数年ぶりに楽しい一日だった。

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