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神の頬に触れるような気持ち  年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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ライフェン再訪 4

 図書館の蔵書庫が気になるが先に中庭に行ってみることにした。場長が言っていた倉庫とやらを覗いてみよう。階段脇のアーチをくぐり中庭に入る。大きな建物には必ずといっていいほど中庭があり、静かで非現実感があるこの空間が非常に好きなのだ。

 中庭には人っ子一人いない。場所的にはあまり良い立地とはいえないだろう。四方を建物に囲まれており日当たりも悪く地面がひどくぬかるんでいる。ぼろ布や新聞紙が敷かれているが、水を吸い切っていてひどい状態だった。一番奥に掘立て小屋がありおそらくそれが倉庫なのだろう。かなり簡素な小屋で、強風でも吹けば今にも崩れ落ちてしまいそうだった。実際傾いているのか、扉が閉まりきらず半分開いている。私はやけに軋む扉を開ける。中は薄暗く目が慣れるまで時間がかかった。あたりは無秩序になんでも放り込んだらしく、カビと埃と古い脂のような生活臭が行き場なく滞り充満していた。堆く積もった埃からここ何年も人がまったく入っていないことがわかる。どこから手をつけていいかわからないほど雑然としているが、逆にそれがいい。こういうところから良いものが出るのだ。きちんと整頓され値札がついた店なんてクソ喰らえだろう? 

 入り口近くには使わない農機具が置かれ、足踏み脱穀機が場所を取っている。回転する胴があり小麦の穂から実を取り出すのだろうが、かなり錆びついている。こういう鋳物(いもの)は高く売れるのだがかなりかさばるし重そうなので持っていくのは一苦労だろう。左右には棚があり、元は麦を乾燥させる倉庫だったのかもしれないなと推測する。棚には様々なガラクタが隙間なく詰め込まれている。私は手袋をはめ、試しに棚を物色してみる。左右の揃っていない靴やもはや化石と化しているかちかちに固まった古着(ボロ雑巾の方が綺麗かもしれない)種類はわからないが動物の頭骨や、何が入っているかわからない瓶、空き瓶や空き箱、錆びた工具類、掘り出し物がある臭いがしたのだが勘が外れたようだ。少し手に取るだけで寝る子を起こしてしまったらしく埃がもうもうと舞い、くしゃみが止まらなくなる。私は体を横にしながら狭い通路を進んで行く。

 それは小屋の一番奥でひっそりと私が訪れるのをずっと待っていたかのように鎮座していた。それは古いアップライトピアノだった。荷物の中に埋もれてはいたけれどそれは確かな存在感を放っている。ピアノの上にも鍵盤の蓋の上にも荷物が(正確にはゴミだが)置かれていたので私はそれを傍にどけた。蓋の上には埃が溜まっていたので手で払いのけると小さい明かり取りの窓からの光に反射してきらきらと宙を舞った。私は蓋を開けてビロードの布を取った。鍵盤は象牙だろう、ひどく変色しているがよく弾く音階部分が剥げてボロボロになっている。タバコの焦げ跡やコーヒーのシミもそのまま残っている。運び出して旧都で売ればかなりの稼ぎになるだろう。ピアノは百年は持つというがそれは大切に手入れされていた場合だ。湿度や温度変化によってかわるのだが、これは保存状態は極めて悪い。もちろん調律はおろか弦やハンマーなど消耗品の類はダメになっているだろう。専門でないので詳しいことはわからないがさすがにこれを外に出して輸送することはできない。場末の酒場にでもあったものが使われず、壊れてしまったのでここに放り込まれてそのままになっているのだろう。ここで朽ちて忘れ去られるのはかなり忍びないなと思う。私は鍵盤に手を置き軽く弾いてみたが思った通り壊れていて音はでなかった。

 音楽も好きだが古い楽器も好きでよく取り引きする。古い楽器には魂がこもっている気がする。さすがにこんなに古くて状態の悪いピアノは取り扱ったことはないのだけれど、いかに沢山の人がこのピアノを使ってきたか、愛されてきたかがわかる。どうにかして救い出してあげたいが現状不可能だろう。

 私は探索を諦め外に出ることにした。収穫は何もなかったが、古いピアノがずっと私を呼んでいるような気がして何度も振り返った。物には時として意志が宿ることがある。なんだか後ろ髪を引かれるような気になりながらもその場を立ち去った。

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