ライフェン再訪 1
楽しんでいただけると嬉しいです。ブックマーク&いいねをいただけると非常に喜びます。
数ヶ月前、旧都で滞在中に依頼を受けライフェンへ向かうこととなった。ライフェンは大陸のかなり北西に位置する山深い森の中にあり、あたりには町らしい町はなく孤立している。辺鄙な場所だが歴史は古く、全体を強固な城壁で囲われた堅牢な町である。
ライフェンへは十数年振りに訪れる。私は旧都から南廻りで航路をとり途中ロックタイト島を経由してそこから北上しライフェンへと向かう計画を立てた。陸路で行くとすでに開拓されたキャラバンのルートもあり日数も短縮できるのだが、途中かなり険しい渓谷であるラ・ベル・アリアンス、通称『龍の顎』を通らなくてはならず、そこはキャラバンを狙っての盗賊が多く、単独である私は安全策をとって海路にしたのだ。しかしロックタイト島に着いた途端に海が凪いでしまい、再び風が吹くまでひと月ほども足留めをくらうことになってしまった。ロックタイト島では人探しや探偵の真似事をする羽目になり渦中はとんでもないことに巻き込まれたと内心気が気でなかったのだけれど無事に解決に至ったので今思えばなかなか面白い体験だったと言える。もう一度やれと言われれば二度とはごめんだが。
ロックタイト島からライフェンへの定期便は出ておらず、地元の漁師と交渉したのだがライフェンへ好きこのんで行く者もいないので交渉は難航した。やっと見つかった漁船はおんぼろで、漁の手伝いと引き換えにライフェン港にたどり着いたがライフェンの近海はワインの海とは違って波が高く、海の名前とは反対になるがかなり酔ってしまった。漁師が言うにはこれで普通だということだったが。
紆余曲折の末にライフェン港に着いたが当初の予定よりかなり遅れてしまい季節が一つ変わろうとしていた。春のうちに訪れるはずがもう夏が間近に迫っている。
港で一泊した後、いよいよライフェンの町へ向かうが町は港からか歩くと一週間はかかる距離にある。なぜそんな海から離れた山の中に町が作られたのか私は知る由もないのだが、とにかく行くしかない。街道はすっかり荒れていてほとんど人が往来していないようだ。私は身一つなので歩いて行けるが、乗り合い馬車があれば便乗して行くつもりだったのであてが外れてしまった。
仕事は歩荷をしている。歩荷とは聞きなれない言葉だろうが、元々は荷物を背負って山越えをし、山小屋へ食料や飲料、燃料や寝具、資材を荷揚げすることを職業とする人をさしていたが、今はもっと広義で人でしか行けない場所へ荷物を運んだり、人の依頼で荷物を届ける宅配人をも含んでいる。一年を通して旅をして世界中を巡っている。果てしなく自由だが、反面なんの保証もなく不安定極まりない。どこかでのたれ死んでも文句は言えないだろう。ただそれだけでは食っていけないので買い出し人の仕事もしている。収入的にはそちらの方が多いだろう。そうなると荷物を届けるのはついでという感じだろうか。買い出し人は町の人の家を一軒一軒まわり不要なものを引き取って修理したり綺麗にしたりして他の場所で売る商売人だが、私は一般人に売ることはほとんどなく各地に買い出し人専用の市や組合があり、そこで別の買受人に売却したり商品を競売にかけることが多い。人の家を一軒一軒まわるといっても鍋やフライパン、古着なんかを買うわけではない。私が買い取るのは絵画などの美術品や工芸品、古書、とりわけ稀覯本とよばれる稀少な本、昔のカード、肋骨レコードなどだ。こういう物が欲しいと依頼を受けて探している物もあるし、独自で保有してトレードの弾として使うこともある。現在一番金になるのはカードだろう。昔のカードは美術品としての価値が高く、絵画と同じように扱われる。現在皆が血眼になって探しているのは『排泄するだけの猿じゃないと言えるかい』というカードゲームの初版である。オリジナルが一枚でも見つかれば家が一軒立つほどの価値があるだろう。死人が出てもおかしくない。複製品が多く出回っているので見分ける眼力が必要になってくるが、カードは小さく荷物にならないのも利点である。また、肋骨レコードも現在再生できるプレイヤーが存在しておらず実際に音楽を聴くことはできない。フィルム状でこれもまた状態の良いものは極めて少なく、なおかつそのほとんどが一点ものであるためこれもまた美術品としての価値が高い。肋骨レコード自体所持することが国によって禁止されているので秘密裏に取引される。市場規模は小さくても熱心なコレクターは多くリスクは伴うが儲けも大きい。古書は各地を巡れば比較的手に入れられるが、いわゆる依頼を受けている探求本や稀覯本の類は世界の隅々まで買い出し人が探し出しており、見つける率はかなり減ってきている。私は歩荷も買い出し人もどちらの仕事も好きだし、天職だと思っている。
数日後、遠く町が見えてくる。一際高い塔が遠くからでもよく見える。塔はかつてスダリアスとの戦闘により倒壊したが、町のシンボルであったため崩れたレンガもそのまま使い再建されたそうだ。
町はぐるりと外壁で囲われており、私は最も南に位置する外門の前にたどり着いた。こんなに小さくみすぼらしかったかなと思う。十数年前の記憶はもうほとんど残っていない。あたりは人気はなく歩哨も立っていない。存在感を示しているのは生い茂る雑草のみだ。
南門から足を踏み入れると左右は一面の小麦畑が広がっておりそろそろ収穫の時期を迎えているようだ。町の南側は農地なのだろう。重い穂がたわわに実ってこうべを垂れている。風を受けると一斉に揺れた。黄金の絨毯のように美しい景色だ。しばらく進むと町を東西に横切って流れる川にさしかかる。水面は穏やかで流れもゆるやかだ。鴨だろうか、優雅に泳いでいる。水面に波紋がいくつも広がっている。大きな鷺が翼を広げると低空飛行で川面を引き裂くように滑空し飛び去っていった。街には水路が張り巡らされていて町の水源となり生活の全てを担っているようだ。私は橋を渡り、内門を抜け町の中心地を目指す。左手に鐘楼、右手に大聖堂が見える。真っ直ぐいくと噴水があり建設王の銅像が建っている。銅像は前にはなかったものだ。元々建設王はこのライフェン出身なため、建設王の二つ名を王から賜ったときに合わせてこの町で銅像の落成式が行われたと新聞で読んだような記憶がある。残念ながらその時も建設王本人はこの町に来ることはなかったようだが。何度か本人と会い話したことがあるが英雄とは思えないほど気さくで、英雄然としたところがまったくない人だった。建設王はこちらの懐に入るのがうまく、すっと距離を詰めていつのまにか依頼を了承してしまった。でなければこんな辺境の土地へなど来ようとは思わないだろう。
「自分自身で行くべきだと思うのだけれどなかなか身動きが取れなくてね」
と、建設王本人は申し訳なさそうに言っていた。
「あんなに出たかった故郷にまた行きたいと思いつつ行けないなんてね、皮肉なものだ」
そう言って私に依頼品を託したのだった。
今日は偶然にも日曜日なので町の中央広場では市が立っている。しかし人はまばらで盛況とはいえないようだ。他所から人が来ることは珍しいのか大人たちは遠慮がちに、子どもたちは無遠慮にこちらを見てくる。一人の大人と目が合ったのでにっこり微笑んでみるが、目を逸らされてしまった。子どもがこちらに近づき何かいいたげだったが、親に手を引かれていってしまった。
このライフェンは交易路上の宿場町でもなければ交通の要所でもない。依頼をこなすためだけにただこの地を訪れただけで私がこの土地にあまりいい印象を持っていないようにうつるかもしれないが実はそうではない。私はここへかなり期待をもって赴いてきたのだ。買い出し人の経験からこういう辺鄙な町ほど良い品が出ることが多いからだ。あまり他の買い出し人によって荒らされていないのでレアなものが残っている可能性がある。カードや本といった紙ものは消耗品なので状態のいいものが残っていることが少ないのだが、そのまま仕舞われて残っているいわゆるデッドストックはこういう僻地で見つかることが多いのだ。
わざわざこんなところに来ないで人も物も多い大都市に行けばいいと思うかもしれないが、私の求める物は大都市ではほとんど見つからない。好事家や蒐集家は世界中にいるが、大都市は探し尽くされた感があるように思う。ここは歴史が古く戦役による損害が少なく、昔栄えていたが今は寂れている。良い条件にかなり合致するので何かしらある気がするのだ。まぁこの予想はよく外れるのだけど。
十余年前、以前にここへは来た時はまだ買い出し人ではなかった。その時この地ではスダリアスが討伐され町は特需景気ともいえる喧騒に包まれていた。訪れたのはそんな時期で、スダリアスを解体するための道具などを搬入する解体業者のグッゲンハイムに一時雇いとして参加していたのだ。スダリアスはあまりにも巨大すぎ、しかも解体後に最後のあがきのように蘇り多くの負傷者を出す二次被害が出てしまった。その後、王立騎士団が常駐し研究施設が作られたりと町は蜂の巣をつついたような大騒ぎだったがそれも一時のことですぐに日常に戻ったようだ。
だがその数年後、再び町は新しい英雄の誕生に脚光を浴びる。銅像の落成式が行われ建設王の生家は博物館として保存され観光名所となっているらしい。




