ハロウィンゾンビの落とし物
夜が明けた。
S谷駅前交番に勤務する年配の相生巡査長は、朝日の中で安堵の吐息を漏らした。
「やれやれ、やっとハロウィンナイトが終わったな。今年は喧嘩やトラブルは少なかったが、落とし物が多かった」
「やたらと、ゾンビ人形の落し物が多かったですね」
若手の生田巡査は、奥の方に目を遣りながら相槌を打った。
「デカくてかさばるし、あんなに大きな物を落としたら、落とした方も気が付くし、すぐに遺失物届けを出しそうなもんだがな」
「もしかして、ゴミとして捨てて行ったのでしょうか」
「あーっ、ゴミか。くそっ、やられたな。ゴミだとしても、此処で一か月は保管しないとならんし、困ったもんだ。ところで、あいつは、まだ寝ているのか?」
「ロンゾウ・ビハィン巡査ですか? ちょっと見て来ます」
仮眠室を見に行った生田は血相を変えて戻って来た。
「ロンゾウ・ビハィン巡査がおりません」
「は?」
「裏口近くに保管してあったゾンビ人形も全て消えています」
「何だってぇ! 遺失物を遺失しただと!」
「ロンゾウ・ビハィン巡査が持ち去ったのでしょうか」
「馬鹿言え、ゾンビ人形は全部で十二体あったんだぞ。一人で持ち去るには、多すぎるだろう」
昨日の夜更け、ロンゾウ・ビハィン巡査が、顔を土気色にして気分が悪いというので、仮眠を取らせた。
「あいつは確か一年前、此処に配属されたんだったな」
勤務態度は真面目だったが、無口で常に顔色が悪く、少し臭った。
上司の相生は口を酸っぱくして「風呂に入れ」と言っていた。生田は、ロンゾウ・ビハィン巡査は風呂キャンセル界隈なのかと思っていた。
「どうします?」
「まず、ロンゾウ・ビハィン巡査を探そう。ゾンビ人形の件を何か知っているかもしれん」
「裏口の防犯カメラを確認します」
――遡ること、昨日の夜更け。
ロンゾウ・ビハィン巡査は交番奥、裏口近くに保管されているゾンビ人形達に話し掛けていた。
「……父さん、母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、伯父さん、伯母さん、兄ちゃん、姉ちゃん」
「これは、ロンゾウ・ビハィン巡査か」
防犯カメラを確認していた相生は画面を指差した。十一月一日午前零時十分。ロンゾウ・ビハィン巡査と思われる男と十二人の人物が裏口から外に出て行く姿が映っていた。
「十二人ですか?」
思い当たった生田巡査は、遺失物台帳を調べ、差し出した。
「巡査長、ちょっとこれを見て下さい」
「あのゾンビ人形は返還済みになっています」
【拾得品目・ゾンビ人形十二体、返還者氏名・ロンゾウ・ビハィン】
「あの人形は、ロンゾウ・ビハィン巡査の落し物だったということか?」
「じゃあ、我々が遺失物を遺失した訳ではありませんね」
生田巡査はホッとしたように呟いた。
「しかし、人形が歩くか?」
――十一月一日午前零時。ゾンビ人形達は、むくり、むくりと起き上がる。
「会いたかったよ。ロンゾウ」
「あたしゃぁ、一年前、お前とはぐれてしまってから、生きた心地がしなかったよ。まぁ、生きてないんだけどさ」
両親と思われる二人が、腐って肉の落ちた手をブルブルと差し伸べる。
祖父は義歯をカタカタいわせ、祖母は歯の無い真っ黒な口を大きく開けて喜んだ。
「僕も会いたかった。一年が死ぬほど長かったよ」
ロンゾウも充血した眼から茶色い汁を止めどなく流し、一緒に流れてしまった眼球を拾って、慌てて眼窩に戻した。
兄と姉もロンゾウを取り囲む。兄と肩を叩き合い、姉は腐った唇で頬にキスした。
「ロンちゃん、また会えて良かったヨン。遊びに来たハロウィンナイトで、生き別れになるとは思わなかったヨン。あ、生き別れっておかしいか、ふふ」
ひと時、一家は再会の喜びを分かち合った。
「さぁ、夜が明ける前に帰ろうか」
伯父さん夫婦が皆を促すと一行は、交番の裏口から、ぞろりぞろりと内臓や肉片を引き摺りながら、覚束ない足取りで出て行った。
S谷スクランブル交差点は、ハロウィンの仮装した人々で溢れ、本物のゾンビ十三体に気付く者はいなかった。
ロンゾウ達は、怪しまれることなく帰路に就いたのだった。




