僕は魔法少女になった 3
僕は極度の近眼なのだ。だから眼鏡が無いと非常に困ることになる。
「眼鏡・・・眼鏡」
目を開けると蛍光灯の光が入ってくる。
「眼鏡・・・あ、あれ?」
慌てて顔に手を当てると眼鏡はあった。
やっぱり夢だったんだ。
僕はいつの間にか居眠りをしていた。こんなことは初めてのことだ。余程疲れが溜まっているんだ。
でも・・・不思議なことだけれど叩かれた左頬には感触が残っている。
もう一度深呼吸をしてみる。夢?それとも・・・現実?どっち?
「仁、起きた?」
頭の中で声が響く。
「だ、誰?・・・もしかして・・・ジーア・・・なのか?」
「よかった。無事目が覚めたみたいね」
周りを見ても姿は見えない。ただ声だけがはっきりと聞こえる。夢じゃない・・・のか?とにかく確認しよう。
やっぱりラボは戻ってきた時となんら変わらない。スマホを出して日時を確認する。間違っていない。休憩が終わって1分も経っていなかった。
「ほんとにほんとなのか?夢じゃない?」
「そろそろ受け入れて欲しいな。全部ほんとのことよ。右手を見て」
僕は言われた通り右手を見てみる。ステッキ。紛れもなくジーアから託されたモノに違いない。急に持つ手が震えてくる。
現実、現実、現実だ・・・・ほ、ほんもの・・・まさか・・
「仁、落ち着いて。まだ始まってもいないの。会話しているだけでも魔法力を使うから手短に説明するね。まずステッキを振って変身して。そして最初の魔法少女に会いに行って。彼女は今ドリーチェと戦っているの」
そんなこと・・・僕は未だ理解出来ずにステッキを見つめたまま立ち尽くしている。今も戦っている。そんな現実が本当にあるのだろうか。スマホを見てもそんな情報どこにも存在していない。警察のサイレンも自衛隊のヘリコプターの音だってしない静かな夜にしか思えない。
「ちょっと聞いてる?仁、返事して」
ジーアの声は少し怒っている?
「・・あ・・ああ、聞いてる。へ、変身って?」
「聞いてたんでしょ。ステッキを振るのよ!」
ステッキをあらためて見る。こんなおもちゃみたいなモノで変身できるのか?
「振れって、どうやって?」
「なんでもいいのよ。大事なのは心から変身したいって思うこと。言ったでしょ魔法は信じないとダメなの。信じるって仁はハッキリ言った。だからステッキも現実にあるの」
確かに宣言した。例え夢だとしても僕は自分の言ったことに二言はない。ただ疑問も多々あるが。
「何か呪文みたいなものないのか?」
「呪文?なにそれ?そんなのない」
ない。これが現実か。僕的には今一つ盛り上がりの要素が足りないように思う。
「そっか、残念だな。僕が見たことのあるアニメだと必ずと言っていいくらいの定番なんだけど」
「だったら好きにすれば。それより早く変身して。なんなのよ、信じるとか言っておいて。私は最初から仁のこと信じているのに、なんか寂しくなっちゃうな」
そんなこと言われたら僕の方が悪いみたいじゃないか。でもジーアの言っていることは間違っていない。確かに言ったんだ。そのことをもう一回自分の中で認めて昇華する。女の子の期待を裏切る男は最低だ。
「よし。やってみる。え〜と・・・何がいいかな。え〜・・・う〜ん・・・」
頭の中には数え切れないくらいいろいろな呪文が浮かび上がる。これも子供の頃妹と一緒にアニメを見ていた影響だな。あの頃は楽しかった。そして今、自分が同じ立場に立たされるなんて、これまでの人生で微塵も思ったことがなかったことだ。
「一体何時になったら変身するの?いい加減、早くして!」
ジーアの怒りがそろそろレッドゾーンに到達しそうなので
「分かったよ。確かこんなのあったな。ピピ○マピピル○、ラ○パス○ミパス、ピ○プル○ンプル。おまけ!月に○わってお仕○きよ!どうだ!」
僕は思いっきりステッキを振り下ろした。
次の瞬間ステッキ上部にある星が光ってクルクルと廻りだす。光が僕の体全体を包む。
「信じられない。光がこんな動きするなんてありえない。非科学的すぎる」
「やっと変身した。ねえ、ずっとその変な呪文唱えるの?」
「これは他人の借り物だ。だから後でかっこいいの考える」
「やれやれ。でも信じて私のこと。魔法のこと」
なんだか溜息のようなものが聞こえた?でも一度信じると決めたからにはどこまでも信じるしかない。今この光景が現実にあるのだから。もう迷うことなんてない。
「信じるさ。信じている僕は・・・どう変身するんだ?カッコ良く頼むよ」
「私になるのよ」
ん?う〜ん・・・え?
「・・・ジーアになる?」
「そう。姿は私そのものになる。魔法少女になるのよ。お望み通りカッコ良いでしょ」
「ええ?僕が魔法少女ジーアの姿に?」
変身とは文字通り変わること。生物学的にそんな体の改変は負担にならないのだろうか。僕は毎年の健康診断はほぼオールAの優良だ、が、そんなことは超越しているんだろうな。大丈夫。これは魔法なんだ。
しかし・・・いいのか?そんな姿。よく街中で見かける超個性的なファッションなんてもんじゃない。僕は世間からうしろ指を刺されるようなことにならないことを祈るだけだ。
「言ったでしょ。仁は依り代だって。それに何、なんか不満?」
「えっと、不満とかじゃなくて、あ、何だろう、すごく複雑な心境だな。僕には中学生の娘がいるんだ。どうやって接したら・・・・あと、今後の生活が心配かな」
「そんな心配ご無用よ。ちゃんと元に戻れるから。それにそんなしょっちゅう変身できないから」
そっか。どの時代も『変身』と『元に戻る』というのはワンセットになっているものだ。
「そうなのか。理解した。家には帰れる。生活も問題ない」
「当たり前でしょ。安心した?」
「了解だ。安心したら、なんか楽しくなってきた」
「楽しいって・・・今の内よ。さあ変身が終わる。慣れればもっと早く出来るようになるわ。初めてにしては上出来よ。その前にもう一つ。変身が終わったら私と会話はできない。全ては仁、あなたが自分で考えて行動するの。わかった?それから魔法を悪いことに使わないって約束して。でないと大変なことになる」
少しだけジーアの声が遠くなったような気がする。
「会話が出来ない?困ったな。まだ何も知らないのに。それに大変なことってなんだ?」
「悪いことに使わなければ大丈夫なこと。禁則事項よ。だから教えない」
「ケチと言いたいところだが、それこそ心配ご無用。僕の人生は真っ白なキャンバスだから」
僕は自分がいかに潔白かを説明したつもりだが特に感想はない。親父ギャグなのか?
「変身が解けたら会話が出来るようになるわ。じゃあ頑張って仁。ううん、ジーア」
その言葉を最後にジーアの声の気配は完全に消えた。
変身が終わったようだ。瞼をゆっくりと開けると体を包んでいた光達ははじけて消えた。
右手には変わらずステッキは握られている。でも見えるのは僕の手ではない。小さくて白くてしなやかで細くてやわらかい手がある。
何度かグーとパーを繰り返す。次にガラス窓に近づいてみる。そこには夢で見たジーアの顔が反射して映っている。でもここに立っているのは紛れもなく僕自身だ。
確認のため手で輪郭を撫でてみる。
女の子の顔ってこんなに小さくて柔らかいものなんだ。娘が生まれた時も思ったことだが自分自身となるとよりそのことが分かる。
おまけにとてもいい匂いがする。花屋の目の前を通り過ぎた時のような匂い。はかなくて優しい匂い。女の子ってこんななんだな。
キラキラとした目をパチクリとさせ、口をいろいろな方向の動かしてみる。ピンク色の唇が自分の思うように動くのが可愛らしかった。
ただ僕自身の名残として眼鏡があった。外してみる。
「あれ?」
眼鏡をかける。
「見える」外す「見えない、あれ?」
どうやら近眼は治らないようだ。あとでジーアに聞いてみようと思う。
今度は全身を見てみる。短いスカートって意外とスースーするんだな。
「ん?ちょっと待って」
ということはということだよな。
恐る恐るスカートを上げてみようと思う。
「待って。こんなことしていいの?」
かなり葛藤と混乱をしている。見たいのか見たくないのか。正直になるなら見たいというか確認したいに決まっている。
『落ち着け、私』
今はそんなことしてる場合?
体のベースは神谷 仁だよね。けど視界に入ってくる胸の膨らみは現実だよね。ならこっちから先に・・・。いやいや落ち着いて。冷静になれって。
ジーアとの約束を思い出す。先ずやらなきゃならないこと。それは仲間に会いに行くこと。
もう一度ガラスに映った自分を見る。軽く桃色に染まった頬が可愛らしかった。一人で何興奮してんのよ。しっかりしなきゃ。使命を受けたんだ。
この変身はホントに正解?今はそのことについては忘れよう。
仲間のところに行くんだ。と心を鬼にして決心する。ガラスの自分に向かって微笑んでみた。はっきり言おう。
「やっぱり可愛い・・・うん」
ステッキを握り直し気持ちを完全に切り替えて、あらためてステッキを見てみる。これを使うことで原子を集められるとジーアは教えてくれた。その気になればウランだってなんだって。どういう仕組みなのか分解してみたいけど、これは科学でなく魔法だということを思い出す。
『魔法は信じないといけない』
何でも科学的見地から示唆するのは魔法を否定することになる。
私は魔法少女になった。紛れもない、この現実の世界で。自覚すると目に映るもの全てが新しく見えてくる。これも魔法少女になったことと関係あるのかな?
もう一度言うね。私は今本当に魔法少女『ジーア』になった。
妄想に付き合っていただきありがとうございます。
幾つになっても変身って憧れます。
この世界にはいない。でもいるかもしれないそんな存在。
まだまだ妄想で走り続けます。
次回もよろしくお願いします。




