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僕は魔法少女に変身する  作者: マナマナ


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6/7

僕は魔法少女になった 1

 何食わぬ顔をしていつものように朝がやって来た。それが当たり前の世界なのだ。新しい今日という日と向き合うことになる。


 さあ、今日も仕事だ。

 もう社会に出て何年経っただろう。そんなことを数えるのだっていつしか止めてしまっていた。こうやって社会の中に浸透してゆくんだな。


 毎日の通勤電車。

 たくさん人が溢れている。だからって文句を言いたいわけじゃない。その中に自分の姿だってあるのだから。みんな見えない歯車となって人々は社会の中で日々回っているに過ぎないんだ。

 とにかく働いて、働いて、そして、やっとやって来る休日。

 それなのに一歩街に出れば人で溢れている。それはそうだ。みんな休日なのだから。もちろん自分達が休んでいる間に働いている人だって当然いる。全員が一斉に休んだら世界はきっと大混乱になってしまうかもしれない。

 はっきりしているのはこの世界はどこに行っても人で溢れているということだ。


 こうやって生きていることが社会の一員で立派な大人・・・・なのだろうか。

 定年まで働いて、出るか出ないか分からない年金頼りに残りの余生を送る。なんだったら趣味を持ってもいい。ゴルフだって、釣りだって、世界中を旅行だっていい。お遍路周りだって出来る。老後だって楽しもうと思えばいくらでも選択肢はある。そして・・・

 やがて訪れる死。死んだらどうなる?それはその時が来るまでは誰一人として分からない。きっと死後の世界の解明よりは宇宙の解明の方が早く出来てしまうだろう。


『次は新宿。お降りのお客様はお忘れ物ないようお願いいたします』

 ガタゴトと揺れる通勤電車の中でぼんやりと考えている。しょうもない事だと思う。そうでもしないとこの状態をやり過ごすことなんて到底出来ない。もはや修行と言っても過言ではない。

 既に体は不自然な角度で固定されて動けない。『達観しろ』と心の中で自分に囁く。安穏と座っている人とは違い座れなかった者のいわば宿命なのだ。

 だからと言って不用意に動くわけにはいかない。痴漢と間違われたら人生一貫の終わりだ。細心の注意を払いつつも目的駅に着くまでの辛抱だ。般若心経でもマスターしていれば冷静さを保つことができるかもしれない。

 それにしても今日はいつもより混んでいる。そのことについて誰かを責めることなんてできない。ある意味これも必然なのである。こんな日もあるさ。達観、いや楽観か。とにかく心を乱してはならない。


 長い苦労の末、やっと目的の駅に到着する。ドアが開き、人波にもみくちゃにされながら出口に向かって流されていく。

 不自然だった姿勢は映画『トランス○ォーマー』さながらの変形を遂げて元の姿勢に戻って電車から吐き出される。なかなかの仕組みである。ただ誰もが完全にトランスフォームをすることが出来るわけじゃない。変形途中で電車と線路の隙間に挟まってしまう人だっている。

 その時はこう思おう。


『仕方ないさ』


 社会に出るとこの言葉のおかげで随分いろいろなことを回避してきた。仕方ないものは仕方ない。だって誰が悪いわけじゃない。さっきも言ったが必然なんだって。


 IDカードを入り口で出し、自動改札の様な機械に通す。バーが一人分だけカチリと音を立てて動き、そして足を踏み入れる。周りには同じ様にどんどんゲートを通過していく人で溢れている。一同、目の前にそびえる白亜の建物の中に吸収されていく。

 ここが僕が働いている会社である。

『極東製薬株式会社』

 少々偏りのあるネーミングなのも仕方ない。この製薬会社の創設者はなんでも第二次世界大戦中に軍専用のために創ったとかどうとか。真偽のほどは調べる程興味はない。

 いつものようにロッカー室にて着替える。頭まですっぽりと覆われた白い作業服。顔の三分の二は覆われるであろうマスク。薄いゴム手袋に長靴。準備が整ったらクリーンルームに向かう。途中には最終的に体中の埃を飛ばす為のエアーブロウを浴び、扉を開ける。本日も無事出社完了。


「おはようございます」

 方々から同じ声が聞こえてくる。朝の挨拶はとても大切な儀式の一つだ。

 それから自分の持ち場に着き、相変わらず牛歩で進んでいる新薬の開発に着手する。

 そう、僕は新しい薬を開発している。不治の病と闘う為、苦しんでいる人を助ける為、そして一番大事なのは会社の利益を上げること。


 最初の方は聞こえがいいかもしれないが、結局この社会は金をどれくらい稼いだかに重きを置かれる。その余録というのは言い過ぎかもしれないが、そのことによって少しでも社会に貢献出来るのであれば万々歳である。そんなわけで僕は来る日も来る日もこうやって研究に明け暮れている。今日も当たり前のように残業だ。だからといって苦痛なわけではない。時間は幾らあっても足りないくらいなのだ。


「主任、お先に」とか「神谷さん、たまには早く帰った方がいいですよ」なんて声を背中に受け適当に相槌を打ちながら研究に没頭する。

 気がつくといつものように僕一人だけという状態になっていた。自分のデスク周りだけ蛍光灯が煌煌と点いている。深呼吸をするとトイレに行きたい自分に気がついた。それからコーヒーを飲みたい自分にも気付く。


「休憩しよう」当然独り言。


 ラボを後に休憩室に行く。社内には同じように残業している人がいる。しかし知っている顔はなかなか見当たらなかった。他の部署の人間とは交流が少ない分お互い顔と名前を覚えないものである。

 自販機で買った紙コップ方式のコーヒーを飲む。最近のコーヒーというのは昔に比べると格段に味の質が向上している。つまり美味いのだ。これも企業努力の賜物なのだろう、業績貢献の成功例の一つなどと考えてしまう。

 熱いコーヒーが喉元を過ぎていくと「今日はもう帰ろうか」つい考えてしまう。最近残業のやり過ぎだと上からも言われている。

「そうだ、これを飲み終えるまでに答えを出そう」と心の中で独り言。窓の外は日が完全に落ち、遠くには新宿の高層ビル群がやはり同じように残業という名の灯りをこぼしていた。


 コーヒーを飲み終わり出た答え。僕は再びラボに戻ることにする。もう一息。それから帰るんだ。誰もいない研究室はどことなく寂しんぼうが息を潜めているような場所に見えた。誰かが見つけてくれるのを待っている。そんな風に見える。僕は大きな欠伸をして椅子に座った・・・ことは覚えていた。


 ここは?


 僕は何をしていたんだっけ?思い出せそうなのに思い出せない。ベンチに座っているということは誰かを待っているのだろうか。

 でも誰を?

 街灯が一つ。僕とベンチの周りだけを照らしている。他には何も見えないし何も聞こえないからここから動く気にはなれなかった。あまりにも静かなので一杯のコーヒーがあればなんて思ったくらいだ。

 ふと見ると熱々のコーヒーが右手にあった。湯気が濛々と立ち、淹れたてという香ばしい香りを漂わせている。その香ばしい香りに誘われて何の疑いもなく一口飲んだ。

「美味い!」

思わず声が出る。こんなに美味いコーヒーなら相方が必要だ。ならケーキだ。頭も体も疲れているから甘い物が望ましい。

 僕はテーブルを前にして椅子に座っていた。目の前には上品に盛られたケーキ達が僕を誘う。迷うことなくフォークで取る。大好きなイチゴショート。

 そして疑うことなく口に運ぶ。てっぺんの苺は瑞々しく、スポンジは理想的に焼き上がっていて、生クリームは泡立てから甘さの加減まで全てが完璧だった。なんて僕好みなんだ。

「美味い!」

またしても言葉が出た。ゆっくりと咀嚼した後、飲み込む。


トントン・・・・・間を置いてトントン。


 誰かが肩を叩く。やっと来たかと思い振り返る。でもそこには誰もいない。気のせいか。


 再び正面を向くと女の子が座っていた。そして僕と同じ様にケーキを食べている。彼女が食べているのはツヤツヤのチョコレートがたっぷりとかかったオペラだ。フォークを入れるとこっちまでカカオの匂いが漂ってくる程だった。それから紅茶を一口飲んでやっと僕の方を見た。

 大きな青い瞳がじっと僕を見ている。僕からもその瞳に映った僕自身が見える程。ピンク色の髪が印象的だった。口に付いているチョコレートを舌でペロっと舐める。それからニッコリ微笑む。思わず顔が赤くなる。

 僕は彼女に対し驚きも戸惑いも感じていない。これは必然なこと。そんな風に受け入れていた。


毎度ありがとうございます。

少し前進。これからも前進。アップしてゆくことが前進。

そんなことを思いながら書いています。

次回も良かったら立ち寄って下さい。よろしくお願いします。

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