魔法少女の夏休み 5
春日さんはさりげなく車内の冷房を弱くしてバックミラー越しにジーアに向かって微笑んだ。
ゲームをしていたミアンも何時しか寝ている。
起きているのはジーアと春日さんだけになっていた。
ジーアはシートに深く身を沈めて少しだけ目を閉じて放心していた。
朝からの事を思い返えすには車内はとても静かすぎた。
「何か音楽でもかけましょうか?」
「音楽?大丈夫かな?みんな起こしちゃわないかな?」
春日さんの提案に小声でジーアは返す。なんか二人だけの秘密の会話みたいで面白くも思った。
「心配いりません。朝から騒々しかったでしょうからむしろ落ち着くと思います。いかがですか?」
ホントそう思う。朝から問題が次から次に降り掛かって気持ちが休まる瞬間がほとんどなかった。
「そういうことならお言葉に甘えて、お願いします春日さん」
軽く頷いくと春日さんはオーディオのスイッチを入れた。
しばらくするとスピーカーからはとても心地よいクラシック音楽が車内を満たしてゆく。
ピアノの旋律。心に心地よく染み込んでくる。今までの騒動が嘘みたい。
「これって聞いたことある。春日さん、何て曲なの?」
「ドビュッシーの『月の光』です。いかがです?」
曲は聞いたことあるけど作曲者は初めて聞いたジーアだった。
「・・・優しい音。私好きかも」
「ワタクシもドビュッシーは好きです。だから一人の時よく聞くんです」
「月の光・・・か。私達魔法少女に合ってる。私達夜にしか変身しなかったから」
ピアノの旋律はジーアの心を落ち着かせ癒してくれた。
夜の静けさを思わせる音の中に意識を滑り込ませる。
これまでの魔法少女としての日々のことが次々と思い起こされた。
そのことはジーアにとってというより仁にとってあらためて気付かされたことがあった。
「私、けっこう・・・つか・・・れて・・・・」
何時しか意識は音と闇に支配されていた。どこまでも落ちていく感じ。
夢を見ている。今はただゆっくりと夢を見ている・・・・・・気持ちいい・・・
目の前にはジーアが立っている。眼鏡をかけていない本物のジーアだ。
私とジーアは向かい合っている。まるで鏡で映して見ているみたいに。
「ジーアは一体何をしてるのかしら?」
「何って?みんなと旅行」
ジーア。怒っているわけじゃなさそう。
「そうよね。それってわざわざ魔法少女で行く必要があるのかしら?」
「だって、みんなが魔法少女で思い出作りだって。何かまずかった?」
「別に。魔法を悪い事に使ってないからいいんじゃない」
「でもでも、何か言いたそうだよ」
ジーアが言うとちょっとだけジーアは歯切れが悪くなって
「・・・それは・・・・・・楽しそうだなって・・・うらやましいっていうか」
「え、あ、そうなの?ジーアも海に行きたいとか?」
今度はジーアのことをジーアはじっと見つめて
「私達の世界アルガトネオルには海なんてないの。それに他の魔法少女達と旅行なんてありえないから」
「ふ〜ん。ねえ、アルガトネオルってどんなとこなの?ミアンが言ってたけど温泉もないって。だから今回の事になったんだけどね」
「アルガトネオルはどこまでも続く銀色の平原が広がっている。何も無いのは何も必要ないから。それに私達はドリーチェのマルヴを浄化することが生きる意味だから」
「そっか。そうだよね。じゃあさアルガトネオルの楽しみって何があるの?」
ジーアは意外なことを聞かれた感じでジーアを見返す
「楽しみ?私達は娯楽とか考えた事もないの」
「え〜、だったら魔法少女って意外とつまんないとか?じゃあさ、目標とかってあるの?」
ジーアはよく聞いてくれました的な顔でジーアのことを見る
「私達は認められればネメトンに行くことができる。そこで一つだけ私達は願いを叶える事ができる。だから日々魔法の向上に努め、浄化に専念するの」
「なんかすごい。で、ジーアもそのネメトンに行くのを望んでいるの?」
ジーアはちょっとだけ伏し目になって
「ええ・・・でも今の私にはネメトンに行っても叶えてもらいたい願いが見当たらない」
そんなジーアの姿見たらジーアは黙っていられなくなって
「そっかぁ。だったらジーア。私を通して旅行を一緒に楽しもうよ。こうやって私がこの世界で変身していれば体を通してジーアも感じる事ができるはずでしょ。私、ホントは会社とか家族のこと考えたら今回の旅行は消極的だった。けどジーアも体験出来るなら、本気で楽しむから。だから一緒に楽しもうよ。海だって、温泉だって、きっと絶対気に入るよ」
「そうかしら?」
「うん!絶対!楽しいって!いつもそんなに気を張ってたら疲れちゃうよ。たまには息抜きしようよ」
「息抜きねぇ」
そういうジーアは少し肩の力が抜けているみたい
「そう。ホントはジーアがこっちの世界で実際に楽しめば一番いいんだけど。でも駄目なんだよね。だから、せめて私を通して感じて欲しい。楽しんで欲しい」
「でも魔法力は無駄に使わないで。何時ドリーチェが現れるか分からないから」
「もちろん!みんなだって分かってるって。じゃあ、握手」
「何で?握手なの?」
「だって、こうした方がもっと近寄れるかなって。私達はいつも繋がってる。だから」
「分かったわ、ジーア。私達は繋がってる。じゃあ、はい」
「うん。ジーア、あともう一つ。水平線に沈む夕陽も素敵よ。きっと気に入る」
「楽しみにしてる。あっ、呼んでるみたいよ。じゃあね、ジーア」
ジーアが笑顔になっていることにジーアはどこか安心した。
「呼んでる?・・・あっ、ほ、ほんと。分かったから、起きるから、そんな揺らさないで」
呼んでる、呼んでる・・・瞼の隙間から強い日差しが入り込んでくる。
「・・・ーア・・・ジーア、起きて、ねえ、ジーア、ねえ」
「う・・・ん・・・えっ・・・・と・・・」
「ほら、早く起きてよ」
「起きたよ・・・・起きたから、そんなに揺らさないでよ、ミアン」
ジーアは目をコシコシして目を覚ます。ついでに欠伸を一つ。
「ん〜、よく寝た・・・って、みんな起きてたの?」
「そうよ。ジーアったらとても気持ち良さそうに。楽しい夢でも見ていらしたの?」
「うん。グローの言う通り夢見てた。でも何だっけ?」
「ジーアってさ、結構可愛い寝顔してんだな。私が男だったらイチコロだよ」
「ティーナったら変な事言わないでよ」
「ははは、みんな寝てたけどジーアが一番最後まで寝てたな。あたいらみんなで何時起きるかずっと見てたんだけど、結局到着するまで起きなかった」
「到着って?え?着いたの?え?ほんと?うっそ〜、ほんとに?」
「ほんと、ほんと。だから早く車降りようぜ」
「ちょ、分かった、分かったからティーナ。落ち着こう、ね」
「この状況で落ち着こうなんて」
ティーナはグイグイジーアの腕を引っ張って車の外に連れ出した。
「できる訳ないじゃん!どう?この景色!」
ジーアの目の中に真っ先に飛び込んできたのは
「うわ〜、凄い、凄い!素敵!うっわ〜、海がきれい過ぎる」
一面広がる青い空と青い海、おまけに風は穏やかで日差しはたっぷり降り注いでいる。
「なあ、凄いだろ!最高だろ?来て良かっただろ?」
「うん。うっわ〜ほんと気持ちいい!すっごい開放的!」
「そんなに喜んで頂けるなんて思っても見ませんでしたけど。ジーアがこんなにはしゃぐなんて意外ですわ」
「だってだって、グロー、声出ちゃうって」
ジーアは全力で今を楽しもうと決心していた。それは夢と繋がっているような気がしたからだ。
「ほいほい。みんな、早く車から荷物下ろそう。それからだ、本格的に楽しむのは」
「みんな〜こっちこっち。写真撮るよ。ほら、集まってよ。あっ、春日さんも入ってよ」
ブーアはトランクから荷物を下ろし始めてるし、ミアンは写真の準備をしている。
「ワタクシがみなさまを撮って差し上げましょう。ミアンさまカメラをお渡しください」
「え〜みんながいいなあ」
「だから先ずはみなさまで。ワタクシはその後でもいいのではないでしょうか」
「そっか。じゃあ二枚目は春日さんもだよ。じゃあ、ほら。春日さんが写真撮ってくれるって。早くしようよ。みんな〜」
ミアンの呼び掛けに魔法少女達は海をバックに集まる。真ん中にジーア、その右にミアン、左にはティーナ、更にミアンの隣にグロー、ティーナの隣はブーアが位置に着く。春日さんの「はい、チーズ」でシャッターが切られる。
素敵な一瞬、もうないかもしれない一瞬が写真という形に収まる。魔法少女達の集合写真が完成した。
みんな液晶画面を見ている。二度と撮ることができない瞬間に見入っていた。
春日さんは車のチェックを済ませると
「それではワタクシは失礼します。お嬢様、後は任せてよろしいのでしょうか?」
「ええ。ご苦労様。あとはわたくし達でやります」
「言われた物のご用意は全て整っております。くれぐれも火の元は気をつけてください」
「大丈夫。心配は無用です。それより帰りも気を付けてください。みなさん、春日が帰ります。お見送りしましょう」
ミアンは誰よりも先に走ってくる。軽く息を弾ませながら
「え〜春日さん帰っちゃうの?写真は?」
「ミアンさま、ご希望に添えずに申し訳ございません。それより今日一日楽しんでくださいね」
残念がってるミアンを押しのけて今度はティーナが
「ホントは自分達で飛んでくれば早かったんだけど。いや、ありがとう。おかげで楽しい旅行になりそうだよ。天城越えとか、ループ峡ってやっぱ車じゃないと楽しめないし。お土産買ってくから。それじゃあ気をつけて」
「ティーナさまこそ。ワタクシ初めてでしたワサビソフトクリーム。少しでしたけどワタクシも楽しませて頂きました」
ティーナは笑って握手した。それを聞いていたジーアが
「ワサビソフトクリームって?」
「ああ、ジーアは寝てたから知らないだろうけど、途中『道の駅』で休憩したんだ。そこでみんなで食べたんだ。そしたらティーナが春日さんにも買って食べさせたんだ。うん、あれはなかなか美味だった。こうワサビがピリっとしてそれが不思議とアイスと合うんだな」
「え〜ずるい!何で起こしてくれないのよ」
「だって、本当に起こすのがもったいないくらいよく寝てたんだ。安心しな、ちゃんとジーアには別に買ってあるから。それより春日さん、本当にありがとうございます。感謝します。事故には気をつけてください」
「ブーアさま。お気遣いありがとうございます。でも何か不思議です。ブーアさまとは落ち着いて話すことができます」
「だって、そりゃ、そうでしょ。中身はおばあちゃん。なんだからさ」
「ははは。そうでしたな。うっかり忘れておりました」
「だからって惚れちゃ駄目だからね」
「ははは。こりゃ先手を打たれましたな」
「春日さん!」
「ジーアさま。音楽気に入ってもらえてよかったです。別荘にもたくさんCDがあります。また聞きたくなったらお嬢様に申し出てください」
「うん。春日さんのおかげでもの凄くリラックスできたの。またいろいろ教えてください。それじゃあ気を付けて」
ジーアはそう言うと思わず春日さんに抱きついた。
すると
「おい、見ろよ。今度はジーアが春日さんにキスするって」
「ちょっと!ティーナ!変なこと言わないでよ!しないわよ、キスなんて」
「ははは、残念ですな」
「え?春日さん、本気?」
「冗談です。それよりジーアさま。会社へのご連絡なんですが・・・・」
「会社?・・・・あ〜!忘れてた!今何時?え?どうしよう!無断欠勤?」
「その事なんですが、ワタクシが代わりに連絡をしておきました」
「え?ほんと?ほんとに?」
「はい。風邪と申しておきました。ワタクシの声なら信用していただけたでしょう。とりあえず明日は出社可能。駄目なときはまた連絡をする。それと家の電話ではなく、用件があればスマホにするよう伝えておきました。いかがでしょう?」
「・・・凄い・・・完璧・・やっぱり春日さんって凄い、頼りになる。ありがとう。助かった」
ジーアは春日さんを顔を赤らめて見つめた。
ティーナがニヤニヤ笑って、
「おい、今度こそするんじゃないか?」
「だ・か・ら!しないっていってんじゃん。何考えてるのよ」
「そうなったら面白いじゃん。なあ、みんな」
みんな笑った。
春日さんは軽くお辞儀をすると鯨のように大きなリムジンを発進させた。みんなは手を振って見送った。リムジンが角を曲がって見えなくなると魔法少女達だけになった。
いよいよ魔法少女だけの夏休みの始まり。一日はまだまだ始まったばかり。
この日のことはいつまでも忘れたくない。でもいつかは忘れてしまう。
太陽を見上げるジーアの瞳には今の幸せで楽しい時間を届けたいと思っていた。
海に入るときはTシャツを着て入る私です。
読んでいただきありがとうございます。
最近の夏は日差しが半端なくヤバいので日焼けは火傷です。
そういえば昔。下田で食べた海老フライは最高でした。
とにかく大きくて。食べきれなかった・・・
まだあの店あるのかな。リベンジはしないけれど。
あ〜今夜は海老フライ食べたくなった。即行動。
そろそろ水着の出番でしょうか。
次回もまたよろしくお願いします。




