仲間だから 2
あまりにも一瞬のことだったので後になってからその時の瞬間が映像として脳裏に蘇ってきた。
僕の記憶の中のティーナは少し涙ぐんでいたように見えた。みんなはそのことに気付いたかどうかは分からないけど。
あっと言う間に空に飛んだかと思ったら、あっという間に見えなくなってしまった。僕たちは誰も何も言わずにただその空をじっと見ていることしかできないでいた。
「・・・すみません、僕は引き止めることが出来なかったです。行かせてしまったのは僕の責任です」
僕は追いかけようとステッキを振ろうとしたが止められた。
「・・・くまさん?」
「今行って説得しても無駄じゃ。あいつの気持ちはそう簡単に変わらんだろうって。しばらく一人でやらせたらいい。まったく、大人、大人と口では言っとるがおれから見たらどっちが大人でどっちが子供か。よう言いよると思うとる。さ、おれらはおれらで対策を考えんとな。飯の用意が出来たでな。食いながら話そうや」
くまさんに促されて僕達はちゃぶ台を囲んで用意されたご飯を食べ始めた。
マグロの刺身にはトロロ芋がすり下ろされたものが乗っている。冷や奴があり、なめこの味噌汁に温かいご飯。
瑠璃さんに用意された分の茶碗とお椀は伏せられたままになっている。
僕は味噌汁を一口飲む。その温かさが心に安心を与えてくれる。鏡一郎は小学生らしくガツガツ食べている。頬には米粒が付いている。なんとも微笑ましい光景なのに気分が上がらないのは仕方ないことだろう。
「ねえ、仁さん、瑠璃ネエの言ってたことってホント?僕たち四人になっちゃうの?」
「そうならないようにしないとな。瑠璃さん・・・一人じゃ無理なの分かってて何でなんだろうな」
「だったらさ、瑠璃ネエより先に僕たちが倒しちゃえばいいんじゃない?」
「四人だって勝てるかどうか分からん」
僕はマグロの山掛けに醤油を垂らしてご飯に乗せて食べる。ウマい。
それを見ていた鏡一郎はご飯のお代わりをして同じようにして二杯目に取りかかる。
有栖は・・・茶碗と箸を持ったままじっとちゃぶ台のどこかを見ていて食べる様子はない。
「有栖、食欲ないのか?」
「・・・神谷さん、わたくしのせいでしょうか?」
言葉は小さい。思い詰めている。中学生には荷が重いだろう。ここは大人である僕の出番だ。
「それは違う。有栖のせいじゃない。だから気にするな。きっとすぐに帰ってくるさ」
正直こんな軽い言葉じゃ中学生でも納得できないのは分かっている。けどあえて言った。
「そうでしょうか・・・わたくしは瑠璃さんとよく喧嘩をしていました。大人である瑠璃さんには意見や価値観が合わないと思ってたんじゃないでしょうか」
有栖は茶碗と箸をちゃぶ台に置いてしまい、今では僕の顔をじっと見ている。
瞳にはもう少しで涙が溢れんばかりの表情がある。
まったく・・・仕方ない。泣くのを阻止しないと有栖の冷静さは完全に失われてしまうだろう。そうなる前に落ち着かせてご飯を食べさせるんだ。一口でも食べれば気分だって変わるはずだ。
「有栖。僕の話を聞いてから考えてくれ。こういう言い方して慰めにもならないと思うけど。分かっていると思うが人の意見や価値観なんてみんなそれぞれ違う。まったく同じ人間なんてこの世に存在なんてしていない。でも若い時はそういうことに悩むものなんだ。ここからは僕自身のことだ。僕も有栖ぐらいの時に同じことで悩んだことあった。友達と意見が合わなくて喧嘩だってした。けど歳を重ねるごとに分かってきたんだ。合わなくていい。無理に合わせなくていいって。だって自分に合わないものを無理に合わせるのは間違っている。そんなのはストレスにしかならないんだ」
有栖は僕の話のことは理解していると視線で分かる。
「神谷さん。世の中そんなことばかりじゃ、この社会は成立しません。秩序は守られません」
声に張りが戻ってくる。頭が良い。この調子で僕は会話を続ける。
「その通りだ。だから今度は歩み寄ることを憶える。そしてお互いの妥協点を見つける。そういうふうに社会とはいろいろなことに折り合いをつけて成り立っていると思う。この社会の中で一人で生きるなんて無理なことだ。だからみんな文句を言っても税金をちゃんと払うし社会が決めたルールに従って生きるんだ。けど若い時ってのは一人で生きている、生きられる、そんな錯覚に囚われてしまって過ちを犯してしまう人もいる。そんなことをしてしまうと社会からペナルティーを課せられるんだ。言ってること分かるよな」
「・・・はい、わたくしだってそんなこと分かっております。もしくは分かっているつもりでした。でももしかしたら九さんにはそうは見えていなかったのかもしれません。わたくしがまだまだ中学生の子供だということで」
「そんなことは関係ない。有栖や鏡一郎からみたら大人ってなんだ?二人だって、体だけで言ったら、あと十年もしないうちに大人になる。法律でいうなら十八歳を迎えたとき成人、つまり大人として認証される。この社会の中ではな。けど実際には明確な決め手はない。いつまでも子供のままでいようとする大人だっているかもしれない、反対にすぐに大人になってしまう子供だっているかもしれない。無理に背伸びをする必要なんてどこにもない。要は自分自身をどこまで理解しているかということが重要なんだ。これは僕もくまさんに言われたことだ。自分の足元を常に見失わないような生き方が一番だって。そうでしたよね、くまさん」
「ああ。確かに言った。けど、大人って何だろうな」
くまさんは白菜の浅漬けをポリポリ音をさせながら食べた。
「有栖。あんまり考え込むな。考えたところで瑠璃の奴は帰ってこん。あいつは八つ当たりしてるだけなんじゃよ」
「八つ当たり?」
「そう。昨夜の自分の不甲斐なさ、おれ達に対しての力不足。あんなのが出てきて一番うろたえているのは瑠璃自身じゃ。焦っておる。だから自分が何とかしないといけないちゅう変な責任感が奴の心を押し潰しているんだろう。ここであいつの一番足りん冷静さの無さが裏目に出た、ちゅうとこかの。どうしたらええか分からず、ついおれ等に当たってしまったんじゃ。そして後戻りできんくなった」
「だったらこのまま一人にはしておけません」
「だな。このままでは奴に殺されるな」
その言葉で僕と鏡一郎の箸が止まる。沈黙。確かにくまさんの言う通りだ。
「やっぱり僕が行って連れ戻してきます」
僕は茶碗を置いてステッキを出したが
「慌てるでない。しばらく放っておけ。今行っても火に油を注ぐようなもんじゃ。あれはあれで意外と頑固な奴じゃからの。それよりいざという時に備えてちゃんと腹ごしらえをしておけ。おれ達まで瑠璃のペースに飲み込まれたら相手にとって好都合だろうな。有栖食え。食わんと戦うことなんてできん。おれ達は絶対負けるわけにはいかんのだからな」
くまさんはご飯を茶碗の半分程お代わりをしてお茶をかけて漬け物と一緒に流し込んだ。それを見て僕もちゃんと全部食べることにした。有栖はもう一度箸を取ってから味噌汁を一口。
「・・・おいしい」
「じゃろ。食え食え」
最初の一口で一気に食欲に火がついたのだろうか。有栖は瞬く間に平らげてしまった。その食べっぷりを見て一瞬彼女がお嬢様だってことを感じさせないくらい普通の女の子に初めて見えた。
お嬢様だろうと一般人だろうとその差なんてほんとは何も無いんだろうな。良い感じになってきたな。
「・・・あの、神谷さん」
「ん?何かな?」
「そんな顔でわたくしのこと見ないでください」
有栖の顔には少しだけ不愉快さが滲んでいる。
「え〜・・・変な顔?してたか?」
「してたしてた。ずぅぅぅぅぅと有栖ネエの食べるとこ見てニヤニヤしてた。なんかやらしい顔だった」
「そ、そんな。ほんとか、鏡一郎」
「ほんとほんと。僕も気をつけよう。男ってあんな顔出来るんだ」
僕は肩を落とす。そして俯いたまま
「・・・すまん。気を悪くしたなら謝る。ただ有栖の食べっぷりがあまりに良かったから、つい見入ってしまったんだ」
クスクス笑いが起こる。僕もなんか情けなかったが笑った。おかげで場の空気が明るくなった。
やっと僕たちは対シャハト戦についての作戦を話し合うことが始めることができた。
新年あけましておめでとうございます。
読んでいただきありがとうございます。
一年の計は元旦にあり。ということで元旦に目標を決めた私です。
どんな一年になるかとても楽しみです。
今後も読んでいただけると嬉しい次第です。
今年もよろしくお願いします。




