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9.雨の日の一幕

 しとしと、しとしと。


 旅の途中の町で、私たちは足止めを食っていた。次の目的地には、また山を越えていかなくてはならない。けれどこの雨の中、山道を歩くのはとっても危険だ。


 シェスターが神官騎士ということもあって、教会の施設に行けば旅の資金はもらえる。おかげで、お金に困ることはなかった。


 とはいえ、こうもじっとしていると退屈だし、気分が重くなっていく。


 元の世界に帰りたい、夢ならそろそろ覚めてほしい。辛気臭い雨をぼんやり眺めていると、そんな思いが首をもたげてしまう。


「どうした、カレン。お前がそうもおとなしいと、こちらまで調子が狂う」


 客室の窓辺で外を見ながらため息をついていたら、シェスターがそんなことを言い出した。


「することがないのと、あとは天気のせいだってば。私、そんなにいつも騒がしい?」


「ああ」


「ちょっと今、少しもためらわずにうなずいたよね! これでも一応年頃の乙女なのに、ひどい!」


「ほら、そういうところだ」


 シェスターときゃんきゃん騒いでいると、ゆううつな気分もあっさりと吹き飛ぶ。こういうのもたまにはありなのかな。


 などと考えていると、扉を叩くこんこんという音がした。誰かが訪ねてきたらしい。


 言い争いをやめて、同時に声をかける。「どうぞ」「開いている」と。


 すると扉が勢いよく開いて、やけに大きな人影が飛び込んできた。


「シェスター、お前がこの町にいると聞いて、飛んできたぞ」


「……メルヴィルか。副長のお前が、こんなところまでわざわざ来てどうするんだ」


「ちょうど、任務ですぐ近くに来ていてな。その帰りなんだ。そうつれなくするなよ」


 どうやらこの人……メルヴィルさん? は、シェスターの知り合いらしい。シェスターに会えたのが嬉しいらしく、とってもにこにこしている。尻尾を振っている大型犬っぽい。シベリアンハスキーとかジャーマンシェパードとかの、耳がぴんと立っていてちょっともふっとした感じの。


 ただシェスターは、不機嫌そのものの顔になってしまった。この表情、久々かも。


「どうも俺は、騒がしいのに縁があるみたいだな……」


「きっとお前が物静かだから、自然と明るくさわやかな人間を引き寄せるのだろう。ほら、私のような」


「自分で言うな」


 この人はシェスターと同じくらいの年の男性で、やはりとっても姿勢がいい。そして、かなり背が高くてがっしりしている。たぶん、この人も強いんだろうな。


 目はルビーみたいな赤で、髪は春先の若葉みたいな淡い緑。きっちりとオールバックになでつけているのが、ちょっとごつめの顔立ちによく合っている。


 それはそうとメルヴィルさんは、着ているものが割と豪勢だ。白と青と金の鎧は、アルモニックのおじいちゃんが着ていた重厚なローブとちょっと似ている。


 さっきシェスターが『副長』って言ってたし、メルヴィルさんは偉い人っぽい。しかしそれにしてはシェスターと妙に親しげだし、この二人はどういう関係なんだろう。


 あ、でもシェスターはアルモニックのおじいちゃんに対しても敬語抜きだったっけ。うーん、混乱してきた。


 そんなことを考えていたら、メルヴィルさんが突然こちらを向いた。


「ところで彼女が、今一緒に旅をしているという女性か?」


「ああ。じいさんに押しつけられた」


 シェスターの言葉はぶっきらぼうそのものだったけれど、本気で嫌がっているのではなさそうだと思えたので、特に気にはならなかった。


 それより、私の話になったっぽいし、自己紹介、自己紹介、っと。


「はじめまして、カレン・チャーガです。シェスターに助けられながら、各地で聖女の記録を集めています」


 ぺこりと頭を下げると、上のほうから朗らかな笑い声が降ってきた。


「丁寧なあいさつ、いたみいる。私はメルヴィル・コリンスだ。神官騎士団の副長を務めている。このシェスターとは同期でな。無愛想な男で、大変だろう」


「いえ、確かに表情はあんまり変わらないですけど、考えてることはなんとなく読めるようになったので大丈夫です。それに、とっても頼りになりますから」


 すかさずそう言葉を返したら、メルヴィルさんは興味深そうに目を見張った。その隣では、シェスターがぷいと顔をそらしている。


 そのさまを見て、メルヴィルさんが笑いをこらえているような顔になる。


「……珍しいな。あいつが照れるだなんて。明日は雨か? いや、そもそも今日が雨か。むしろこのところずっと雨だな」


「私、今までに何度か、ああいう態度を見てますよ? 割と照れ屋なんだなって、そう思ってました」


「ほう、あいつも愛らしい乙女には弱いということか」


「やだっ、もうメルヴィルさんったら、愛らしいだなんて」


「何、本当のことを言ったまでだ」


 そんなやり取りをしていたら、シェスターが無言のままこちらをちらりとにらんできた。こっちを見たいのか見たくないのか、はっきりしてほしい。あとちょっと、表情が怖い。


 メルヴィルさんはシェスターを見ながらまだおかしそうに肩を震わせていたけれど、やがてこほんと咳払いをして尋ねてきた。


「ところで君は、どうして聖女の記録を集めているんだ?」


「興味があったんです。過去に何度もこの世界を救ってくれた聖女のみなさんが、どんな人生を歩んだのか」


 私が現代日本から来たことは、内緒だ。知っているのは私とシェスターと、それにアルモニックのおじいちゃん、あとおじいちゃんと一緒にいた神官の人たちだけ。


「でも聖女の記録は、教会の施設にしか残されていません。なのでアルモニック様のところを訪ねていって、頼み込んだんです」


 うかつにそのことが広まったら、人々はきっと混乱してしまうだろう。だからアルモニックのおじいちゃんは、こんな作り話をこしらえてくれた。


 つまり今の私は、旅の研究者だ。ちょっとかっこいい。


「俺は素行の悪さで神官騎士団を叩き出される寸前だからな。ちょうどいい厄介払いとばかりに、こいつに同行させられたんだ」


 ちなみにシェスターのこの発言は、まるごと本当のことらしい。


 話を聞いたメルヴィルさんが、しょうがないな、といった感じの苦笑を浮かべている。やんちゃな弟を見守る兄のまなざしかな?


 そしてメルヴィルさんは、満足そうな顔でまた私に話しかけてきた。


「そうか、頑張ってくれよ、未来の研究者君。聖女についてはみながあがめているということもあって、本腰を入れて研究しようというものは中々現れないんだ」


「研究しようとは不敬だとかなんだとか、そう考える人間が多いからな」


「それに、聖女の記録はとても難解だと聞いている。どうだった?」


「あ、ええと……確かに、取り組みがいはあります……」


「そうだろうな。どうかくじけないでくれ、カレン君」


 聖女の記録をすらすら読めますなんて言ったら、話がややこしくなりそうだ。なるほど、シェスターやアルモニックのおじいちゃんが、内緒にしておけというのも分かる。


 それからさらにもう少し、世間話をして。


「ああ、それにしてもいいものを見られた」


 メルヴィルさんが、ふいにそう言った。とても満足そうな顔で、シェスターをじっと見つめながら。


「私はずっと、心配だったんだ。剣の腕は立つのに不器用なせいで、どんどん面倒なことになっていくお前のことが」


「……勝手に心配するな」


「誰か一人でいい、お前を理解して、お前に寄り添える人間がいればいいのに……とずっと思っていた」


 そう言いながら、メルヴィルさんがちらりと私を見た。えーと、それはつまり。


「むろん、私はお前を支えてやりたいと思っているし、支えてやれると思う。しかしながら、立場のせいでずっとお前のそばにはいてやれない。孤立するお前を、ずっともどかしく思っていた」


 しみじみと語るメルヴィルさん。苦労してきたんだなと、そんなことを思う。


「だがどうやら、ようやく風向きがいい方向に変わり始めたらしい……カレン君、シェスターをこれからも頼んだよ」


 そしてメルヴィルさんは、にっこり笑ってさわやかにウィンクをしてきた。そのあけっぴろげな表情に、反射的に声が出てしまう。


「はい、任されました!」


「おいカレン、勝手に任されている場合か」


 眉間にくっきりとしわを寄せながら話を聞いていたシェスターが、すかさず口をはさんできた。


「だって、私はあなたに守ってもらってばっかりだし……私があなたを支えられるのなら、頑張りたいなって」


 そう主張したら、シェスターがまずいものでも飲みこんだかのような顔で見すえてきた。


「具体的には?」


「何も考えてない。これから探すよ」


「……やっぱりお前は、能天気だな」


 ぼそりとつぶやくシェスターの後ろから、メルヴィルさんの嬉しそうな声が飛んでくる。


「ははっ、やっぱり仲がいいじゃないか!」


 客室に、メルヴィルさんの大きく明るい笑い声が響いていた。




 メルヴィルさんが訪ねてきた次の日、ようやく雨が上がった。町の人たちによると、近くの街道に異常はなく、川もはんらんしてはいないらしい。


 なので私たちも旅支度を整えて、ようやく宿を後にした。


「さあ、そろそろ次の町に向かおう。……さすがにもう、メルヴィルに出くわすことはないだろうが……」


 久しぶりに荷物を背負いながら、シェスターがつぶやく。メルヴィルさんの目的地は私たちとは違っていたということもあって、彼は今朝一番に町を出るのだと言っていた。


「うん。ところで……メルヴィルさんのこと、苦手なの?」


「苦手というか、なんというか……やりづらい」


 困ったようなその表情がおかしくて、つい小さく笑ってしまった。


「……笑うな。行くぞ」


「あっ、ちょっと待って!」


 ばしゃばしゃと水たまりを跳ね飛ばしながら、大股でシェスターを追いかける。いつの間にか、こうして彼と一緒に旅をすること自体が楽しくなっていたんだなと、そんなことを感じていた。

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