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7.改めて、旅に出よう

 そうして、私とシェスターは新たな旅の一歩を踏み出した。


「ひとまず、隣のルエナンの町に向かう。そこに、過去の聖女の記録が残っている」


「その町まで、どれくらいかかるの?」


「途中、山を越えるから……そうだな、お前の足だと片道五日といったところか」


 げ。五日も山歩き。想像しただけで、足がぱんぱんになりそう……。


 いや、それ以前に、また盗賊とかが出たら……。


「お前、面白いくらいに顔に出るな」


「えっ何が!?」


 内心震え上がっていたところにいきなりそんなことを言われてしまって、驚きに声が裏返る。


「ここからルエナンまでの街道は、旅人も多い。そして自衛のため、旅人たちは集団で寄り集まって山を越える。だから、これまでの旅路ほどひどい目にはあわないだろう」


「あ、そうなんだ……よかった」


 心底ほっとしながら深々と息を吐いたら、シェスターが小さく笑った。……彼、笑えるんだ。


 驚きつつも、別のことが気にかかってしまう。


「……もしかしなくても、私のこと面白がってる?」


「実は、少し」


「ひどい! ……って言いたいところだけど、今までさんざんお世話になってるしなあ……面白がられるくらい、大目に見るべきだよね……」


 複雑な気分で、ちょっとだけ唇をとがらせる。そんな私を見て、彼は意外そうに目を丸くした。


「お前、ぎゃあぎゃあ騒ぐだけかと思ったが、意外と自制心もあるんだな」


「やっぱりひどい!!」


 そんなふうに騒ぎながら、私たちは町に繰り出していった。




 それから私たちは、デルの町をうろうろして旅支度を整えていた。といっても、シェスターが必要な買い物をしてシェスターが荷物をかつぐのを、私はただ隣で見ていることしかできなかったんだけどね。


 なのでせめて、次はきちんと役に立てるように、どういったものが必要になるのかしっかり見て覚えることにした。……なんか、テスト前の暗記みたい……夢の中でまで、勉強……。


 で、次の朝、準備を整えた私たちは町はずれに集まっていた。山を越えてルエナンに向かう旅人たちは、朝一番にここに集まって、みんなで一緒に旅をするらしい。


 ただ家族連れとか商売人とか、護衛っぽい人たちとか……全部で二十人くらい集まっている。中には、まだ小学生くらいの子もいた。こんな小さい子が野宿で山越え……大丈夫かな?


 だいたい集合時間になったところで、それぞれの自己紹介が始まる。といっても、最低限名前を言えばいいだけの、簡単なものだ。


 やがて、私の番がやってきた。ちょっぴり緊張しながら、口を開く。


「あ、カレン・チャーガです。その、よろしく……」


 私が別の世界から来たことは、普通の人たちには内緒にする。旅の間は偽名を名乗ったほうがいいでしょうと、アルモニックのおじいちゃんがそうアドバイスしてくれたのだ。


 本名が千早川ちはやがわ佳蓮かれんだから、ちょっと崩してカレン・チャーガ。かっこいいかもしれない。テンション上がりそう。


「シェスター・ライルだ」


 私に続いてシェスターが名乗ったとたん、人々がそわそわ顔を見合わせた。というかみんな、さっきからちょっとざわざわしていた。その視線は、ずっとシェスターに注がれている。彼が男前だからというよりも、もっと別の理由がありそうな表情だ。


 やがて、中の一人が進み出てくる。商人たちのまとめ役っぽい、おひげのおじさんだ。


「その、あんた……もしかして、神官騎士様か? そのペンダントは……」


 アルモニックのおじいちゃんや神官の人たち、それに私はみんな、青と白をベースに、そこに金色でアクセントをつけた服を着ている。


 しかしシェスターは、もっとずっと質素な服装だ。他の旅人と大差ない。ただ腰には上等そうな剣を下げていて、首元にはペンダントをかけている。


 銀色のそのペンダントは、他の神官の人たちとおそろいだった。たぶん、身分を表すとかそういった感じなのだと思う。


 いきなり尋ねられたシェスターはちょっとだけ困ったように目を細めていたけれど、小さくうなずいて答えた。


「ああ、そうだ。訳あって剣を抜くことはできないが」


 彼の言葉に、周囲のざわざわが大きくなった。どうやら、戦えそうな人が来たと思ったのに、剣を抜くことができないと言われてとまどっているようだった。……ただそれって、私のせいなんだよね……。


 進み出てきたおじさんもちょっと面食らったような顔をしていたけれど、すぐに気を取り直してまたシェスターに話しかけた。


「そ、そうか……でも、戦えるんだろう?」


「無論」


 そんなみんなの動揺を気にかけていないのか、シェスターは短くそう答えるだけ。


「あ、あの、シェスターはとても強いんです。この町に来るまでの間も、ひとりで盗賊を追い払ってくれましたし」


 さすがに見かねて、横から口をはさんだ。するとみんなが、露骨にほっとした。神官騎士様が同行してくれるのなら、もう大丈夫だなとそう言い合っている。


 それを見たシェスターが、ぐっと眉間にしわを寄せた。私の腕をつかんで、みんなから引き離してくる。そのまま、耳元でささやいてきた。


「……俺にあまり期待されても、困るんだが」


「い、いざとなったら剣、抜いちゃえばいいと思う! 私、見ないようにするから!」


「強がるな。へたをすると立ち直れなくなるぞ」


「うう……ばれてる……でも気遣いありがとう……」


 こうなったら、盗賊が出ないように祈るしかなさそうだった。両手を胸の前でぎゅっと握り合わせていると、シェスターがぽんと肩に手を置いた。


「今朝、状況を宿の者に聞いた。ルエナンへの街道には、盗賊は出ていないらしい。少なくとも、先の旅路のようなことにはならないだろう」


「うん……」


 彼が私を安心させるために気休めでそう言っているのか、それとも本当に安心していいのか、実のところ分からない。


 ただ、私がいつまでもおびえていることを彼は望まないんだろうなと、そう思った。だから黙って、大きくうなずいた。




 そうして、旅に出て三日目。


「……お前、子守はうまいんだな」


 夕方、街道わきの空き地で野宿の準備をしていると、シェスターが意外そうな顔をして近づいてきた。私を取り囲んでいる子どもたちが、きゃあきゃあと歓声を上げている。


 男性たちが寝床の準備をし、女性たちが夕食の支度をしている間、私は子守をしていたのだ。去年の夏休み、ボランティアで児童館に行っていたから、ある程度子どもの扱いは分かる。


「一緒になって遊びながら、でも危ないことをしていないかしっかり目を光らせる。そんな感じかな。たぶん、戦うよりは難しくないよ」


「しかし、力ずくというわけにもいかないだろうし……それに、てんでばらばらに動くだろう……」


「でも、攻撃はしてこないもの。……いたずらされることはあるけど」


 のんびりとそんなことを話していたら、少し離れたところから私を呼ぶ声がした。この一行のリーダーっぽい役割を自然と担っている、商人のおじさんだ。


「おーい、カレン! ちょっと帳簿のほう、手伝ってくれ!」


「あっ、はーい!」


 旅の間、私は子守だけだはなく、帳簿付けも手伝っていた。


 というのも、野宿の際の食事は、みんなが出し合った食材で全員分をまとめて作ることになっている。町から町へ移動する際は、こうやって助け合うならわしらしい。


 そんなわけで、誰がどれだけ食材を出したか、つまりどれだけお金を出したかを記録して、あとで清算する必要があるのだ。


 しかも、大人と子どもで食べる量は違うし、シェスターみたいに警備に当たる人については、その分の働きも考慮しないといけないし、この計算が結構面倒なのだ。


 なので、帳簿付けや計算ができる人間は重宝される、らしい。


 私は帳簿付けこそしたことがないけれど、数学ならきちんと学んでいる。そんなこともあって、やり方を見せてもらったらすぐに帳簿付けもできるようになった。そして、帳簿付けの戦力としてもあてにされるようになったのだ。


 周囲の子供たちに笑いかけて、それからちらりとシェスターを見る。


「それじゃあ、お姉ちゃんはちょっとお仕事にいってくるね。みんなはこのお兄ちゃんに遊んでもらってね」


「わーい!」


「えっ、おい、カレン!」


「がんばってねー」


 その場を去りつつ振り向いたら、子どもたちにもみくちゃにされてとまどっているシェスターの姿が見えた。


 戦ってるより、ああやっているほうが似合うのにな。そんなことを思った。




 あっという間に五日が過ぎ、特に問題もなくルエナンの町にたどり着くことができた。最初にたどり着いたデルの町よりももっと大きくて、にぎわっている。


 町の門をくぐったところの広場で、ここまで旅路を一緒にしてきた人たちに別れを告げる。すっかり仲間意識がわいてしまって、別れるときちょっぴり泣きそうになった。というか子どもたちは、みんな泣いていた。


 またどこかで会おうね、と言いかわし、シェスターと二人で町を歩く。


「……なんだか不思議なくらい、静かになったよね」


「お前は、騒がしいほうが好きそうだな」


「別に、シェスターと二人だけが嫌だってことじゃないよ」


「……そうか」


 それきり、二人して黙り込む。でもその沈黙が、案外心地いい。


 考えてみたら、こんなふうに感じるのって初めてかも。小さいころからみんなでわいわいしてることが多かったし、学校とかだと大勢で群れてたし。


「……楽しいね」


 日本とはまるで違う町中を、こないだ出会ったばかりの人と肩を並べて歩く。夢の中だからこそのシチュエーション。それも、面白いと思えた。


「そうかもな」


 そしてシェスターも、それに同意してくれた。ふふ、嬉しいかも。


 せっせと歩く私たちの前には、どことなく聖堂と似た雰囲気の、古くて大きな建物がそびえていた。

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