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6.聖女と魔法と、そして私

 結局そこからは盗賊に襲撃されることもなく、無事にデルの町までたどり着くことができた。


 たった二人で、しかも徒歩で森の中の街道を越えてきた私たちに、町の人たちは化け物でも見たかのような顔を向けてきた。


「聖堂からここまで、馬車も使わずに!?」


「しかも、戦えない少女と、神官騎士が一人だけ!?」


「まあ、騎士様はさぞかしお強いのですね……」


 町の人たちの驚きと感心の声の嵐を、シェスターはただ不機嫌な無言でやりすごしていた。


 やがて人々も解散していったので、シェスターの案内で宿に向かう。昨日は野宿だったから、ベッドが恋しい。安全なところで休みたい。


「ふわあ、やっとゆっくりできるよお……」


 客室のベッド、はっきり言って板のように固いベッドに、大の字になって横たわる。固くてもいい。盗賊におびえながらの野宿と比べたら、ここは天国だ。


 といっても、予算とか治安とかの関係で、シェスターと相部屋だ。これはさすがに仕方ない。今さらだ。どうせ野宿の間はずっと一緒だったのだし。


 あおむけになって、それから寝返りを打ってうつぶせに。思う存分ごろごろしていたら、隣のベッドからやけにこわばった声がした。


「……カレン」


「急にかしこまって、どうしたの?」


「最後に盗賊と戦ったとき、おかしなことがなかったか?」


 ぎくり。うすうす感じてはいたけれど、あえて話題に出さなかったのに。


 考え込んでいるふりをしていたら、彼は淡々と言葉を続けていった。


「あの戦いで、盗賊たちの武器が突然爆散した。かと思えば、周囲の木がいきなり倒れ、盗賊たちをなぎ倒した」


 乱戦の中で、ちゃんと見てるもんだなあ。さすが神官騎士、ってことかな。


「しかも、どうやらお前が叫ぶことで、あのおかしな現象が引き起こされたように思えた」


 う。勘も鋭い。そんなこと、気づかなくてよかったのに。


「えっと……確かに、そんな感じかな……って気がしなくもないような」


 あいまいに言葉をにごしていたら、シェスターがやけに真剣な目でこちらを見すえてきた。


「……あれは、魔法かもしれない」


「まほ、う……?」


 びっくりして飛び上がり、彼の顔を正面から見返した。


「ああ。聖女は、一つだけ魔法を使える。お前も、そう聞いているだろう。それにお前の姿を変えているのも、過去の聖女の魔法によるものだ」


 うん、そのことはアルモニックのおじいちゃんから聞いたしばっちり覚えてる。でもここで、一つ問題が。


「私、聖女じゃないよ? ほら、聖女の名前は『カリン・ハヤカワ』さんだもん。私は『カレン・チハヤガワ』だし。……今は仮に、カレン・チャーガって名乗ってるけど。どのみち、名前が違うよ」


 そう主張したら、シェスターはさらに食い下がってきた。


「聖女の名前は、異国のもの。俺たちにとってはなじみがなく、少し聞き取りにくい。聞き間違いの可能性を、否定できない」


 彼は淡々とそう言って、目を伏せた。髪と同じ水色の長いまつげが、目元に影を落としている。


「……今からでも、聖堂に戻るか。この町で馬車と傭兵を借りれば、行きよりはずっと楽に戻れるだろう」


「え、戻るの? 戻ってどうするの?」


「お前が魔法を使ったことを伝えれば、お前を仮の聖女としてあちらで保護してもらえるかもしれない。そこで聖女としての任を果たすことで、元の世界に戻れるかもしれない」


 彼の提案に、考え込んでしまう。それは……そうかもしれない。私が聖女だというのなら、素直にそれに従うのが、一番なのかもしれない。


 でもせっかくおかしな夢を見ているのだし、もう少し色々見て回りたいなあ、という気持ちもある。あの聖堂に戻ったら、たぶん毎日退屈するだろうなという予感もするし。


 ……こんな風に思えるのは、こうして安全な町でくつろいでいるからかもしれないけど。のど元過ぎたからって、熱さを忘れすぎだ、私。


 そんな私の迷いを見抜いたかのように、シェスターが言葉を続けた。さっきより、少し明るい声で。


「だが俺としては、このまま聖女の記録を探す旅を続けるのもありかもしれないと思う」


「えっ、なんで?」


 思わず尋ねると、彼はすぐに答えてくれた。


「聖堂に戻れば、お前はいやおうなしにその魔法の力を磨くこととなる。先だっての戦いの感じからすると、お前の魔法は望んだものを爆散させる、そんな魔法だろう」


「そう……かもしれない」


 望んだもの……かどうかは分からない。シェスターが危ない、って思ったら武器が砕けて、盗賊がいなくなってほしいって思ったら木が倒れてきた。だからちょっと、違う気もする。


 ……盗賊そのものがはじけ飛ばなくてよかったなあと、ついうっかりそんなことを考えてしまって、あわてて頭をぶんぶんと振る。


 そんな私を、シェスターは目を細めて見守っていた。妙に優しげな……切なげな? そんな感じの表情だ。今までに見せていた怖そうな顔とも、真剣な顔とも違う。


 真面目な話をしているのについうっかりどきりとしてしまって、彼から目をそらす。そうしたら、彼は静かな声でさらに話し続けた。


「その力を、神殿の人間に利用されないとも限らない。いや、間違いなくされるだろうな。世直しのためという、そんな大義名分のために。……そうなったら、きっとお前は……戦いの場に送り込まれる」


 その言葉に、背筋がぞわりとした。ここまでのひどい旅路を、思い出してしまって。


「戦い……って、盗賊とか、そういう人たちを……?」


 そう尋ねる自分の声は、ちょっぴり震えていた。


「それもある。だがいずれ、魔王、そしてその配下たる魔王軍との戦いが始まるだろう」


「まお……?」


 あ、だめだ。ずっとシリアスな雰囲気だったのに、というかシェスターはやっぱり真剣なままだけど、私は顔が引きつるのをこらえるので精いっぱいだった。


 うわああ私の夢、なんで突然ファンタジー風味なの!! いやそもそも、盗賊とか出てきてる時点でかなりファンタジーだけど、なんていうか、何段階か一気に悪化した気がする!!


 だって魔王って、魔王って!! だめ、なんかツボに入った、笑えてきた!


 うつむいて震える私に、シェスターがどことなく沈痛な声をかけてくる。


「……混乱するか。無理もない」


 混乱はしている。でもたぶん、ううん確実に、彼が想像している混乱の仕方ではない。


「ともかくだ。そんな目にあうくらいなら、魔法のことはひた隠しにして、このままただの旅人として聖女の記録を集め続けるほうが、まだましだと思う」


 そう告げる彼は、ただひたすらに私のことを心配してくれているようだった。その声音に、ようやっと笑いがひっこむ。


「でも、シェスターは神官騎士、なんだよね? 教会の人たちに隠し事して、いいの?」


 すると彼は、一気に険しい顔になってしまった。


「もとより俺は、神官連中のやりかたには反対だ。自分の世界を救うのに、わざわざ異世界のか弱い女を呼んできて、何とかさせようなど……他力本願にすぎる」


 顔は怖いし口調も固いけれど、彼は私のことを心配してくれているような気がした。ここまでの旅路も、彼にさんざん助けられたし。


 というか、彼がいなかったら間違いなく死んでた……夢の中とはいえ、死ぬのは怖い……。


「……うん。ありがとう」


 そんなあれこれに対する感謝の思いをぎゅっと詰めて、そう口にした。シェスターのきれいな目が、わずかに見開かれている。


「私、このまま旅を続けたい。あの……魔法だっけ? 役には立ったみたいだけど、怖かったから。たぶんあの力は、かなり危険だと思うの」


 そうつぶやくと、シェスターも神妙な顔でうなずいてくれた。その態度に後押しされるように、さらに言葉を続ける。


「人を傷つけるために、魔法を使いたくない。……あなたにさんざん戦わせておいて、図々しいかもしれないけど……」


 あの魔法とやらを使いこなせば、たぶん私はぐっと強くなれる。自分の身を守れるようになるだろうし、襲いかかってくるものを蹴散らすことだってできる。


 でもやっぱり、戦うのは嫌だ。ここが夢であっても。平和ボケしていると言われても、怖いものは怖い。


「いや、図々しくはない。俺は戦うために生きてきたが、お前は違う。それだけのことだ。そしてお前が元の世界に戻るために力を貸すことは、神官騎士として当然の行いだ」


 きっぱりと、彼は言い切る。とっても物騒で、しかも知り合いもいないこの世界。そんなところで、彼は頼ってもいいのだと、私の味方だと、素直にそう思えた。


「シェスターって、かっこいいね」


 ふと思いついた言葉をそのまま口に出してみたら、彼はかっと目を見開き、それからぷいとそっぽを向いてしまった。怒らせたかな? と思って様子をうかがい、あることに気づく。


 さらさらの水色の髪の隙間からのぞいている彼の耳は、ほんのり赤かった。あ、照れてるんだこれ。


 かわいいなあ……と言いかけて、どうにかこうにか踏みとどまった。


 その代わりに、ただ黙って彼を見つめていた。ちょっぴりうきうきした気持ちを、感じながら。

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