5.絶体絶命がやってくる
「もうやだあ、夢なら覚めてよおー!!」
「騒ぐなもがくな、じっとしていろ!」
次の日。またしても私はシェスターにかつがれて、荷物のように運ばれていた。
この世界、思っていた以上に治安がとんでもなかった。
昨日はそのまま野宿して、朝になったからさあ出発だ……となったとたん、また盗賊に出くわしたのだ。
ここ、森の中とはいえきちんとした街道らしいんだけど。しかも、もう一日も歩けば、そこそこ大きな町に出られるらしい。つまり、割と人里に近い。なんでそんなところに、こんんなものがほいほい出てくるのか。
いい獲物がきたぞとばかりに舌なめずりして、武器を構える盗賊たちと、彼らに向かい合うシェスター。きっと、昨日と同じように戦いになるのだろう。
昨日のことを思い出してしまって、足が震える。ううん、おびえてる場合じゃないんだ。怖くても我慢だ。彼の邪魔にならないよう、最大限頑張らないと。
気を取り直して隠れ場所を探そうとしたそのとき、いきなり体が持ち上がった。
「えっ、何!?」
「黙ってろ!」
すぐ近くで、シェスターの緊迫した声がする。どうやらまた、私はシェスターに抱えられているようだった。でも昨日と違って、まだ盗賊がいるのに。
「え、たたかわ、ないのっ!?」
シェスターが全力で走っているせいで、ものすごく揺れる。舌を噛まないように気をつけながらそう聞いたら、低い声が返ってきた。
「血を流せば、お前がおびえるだろう」
その言葉にびっくりしてしまって、それ以上何も言えない。えっと、つまり、彼は私に気を遣ってくれた……んだと思う。
ちょっと感動しながら、素直に運ばれていく。ただおびえていた昨日とは違って、今は周囲を確認するだけの余裕もあった。
シェスターは強い。それだけでなく、足も速かった。私を抱えているのに、追いかけてくる盗賊たちとの距離がどんどん開いていく。
そういえば、彼は神官騎士……とかなんとか、そんな肩書だった。それが何を意味するのかはよく分からなかったけれど、騎士というからには結構強いのだと思う。
とはいえ、こうやって運ばれていることに、若干罪悪感もあった。私、完全にお荷物。
でもこのスピードなら、私が自分で走るより、彼に運んでもらったほうが明らかに速い……こんなことなら、長距離走の授業、もっとまじめにやっておけばよかった。
そんなことを思いつつ口を閉ざし、めちゃくちゃに揺れる風景を眺める。ろくに見えないけど、追っ手が来たらシェスターに教えるんだ。それくらいの役には立たないと。
そうやって逃げ回りながら、私たちは聖堂の隣町デルを目指して進み続けていた。その町に逃げ込めれば、ひとまず安心できるのだとシェスターは言っていた。
けれど運命の女神さまは、意地悪だった。あと一つ、小さな山を越えればゴールというところで、私たちはついに盗賊の群れに囲まれてしまったのだ。どうやらここまで私たちを追いかけていた盗賊たちの一部が、先回りしていたらしい。腹立たしい連係プレーだ。
「カレン、そこから動くな」
シェスターは私を下ろすと、背後にかばうようにして盗賊たちと戦い始めた。けれどその戦い方は、最初のときとは違っていた。
彼はさやに収めたままの剣でぶん殴るとか、殴る蹴るとか、そういった比較的血の流れない戦い方をしていたのだ。
こんな状況になっても、私のことを気遣ってくれる。それが嬉しいけれど、どうしようもなく申し訳ない。
そもそも今朝、彼がきちんと戦っていれば、盗賊を始末していれば、こんなふうに集団で押しかけてくるようなことにはならなかった。
私が血を怖がって、死体を恐れたから、こんなことになってしまった。そしてまた、戦うのをシェスター一人に任せて……自己嫌悪。
「シェスター、また増えたよお……どうにかして、逃げられないかな……」
木の陰に隠れて辺りの様子をうかがいながら、そう呼びかける。怖くて怖くて、ひざの震えが止まらない。そんな自分が、情けない。
「いや、追っ手を食い止めるなら、ここが一番だ。下手に移動すると、お前を守りづらくなる」
彼はあくまでも、私のことを気にかけてくれている。こんな状況を作ったのは、他でもない私なのに。初対面のときはぶっきらぼうだと思っていたけれど、彼はとても優しい人なのかも。
混乱した頭でぼんやりとそんなことを考えていたら、一人の男が進み出てきた。他の盗賊たちよりずっとたくましくて、顔には濃いひげをもっさりと生やしている。で、手にしているのは大きな斧。
私にも分かる、この人、絶対強い。
「お頭! あの生意気な神官騎士と小娘、やっちまってくだせえ!」
盗賊の一人が、そんなことを叫ぶ、続いて、そうだそうだという声。
「うるせえぞ、お前ら。すぐに片付けるから、黙って見ていろ」
不敵に笑って、頭は斧を構えた。見るからにずっしりと重そうなそれを、軽々と。
そうして、シェスターと頭の一騎打ちが始まってしまった。
思ったとおり頭は強いらしく、シェスターの動きから余裕が消えていた。いや、ずっと私をかついで走ったあげく戦いにもつれこんだせいで、さすがの彼も疲れてしまっているのかもしれない。
「シェスター、私なら大丈夫だから、剣を抜いて!」
あのさやさえなければ。血を流さないという制限さえなければ、彼はきっと、もっと戦える。あんな盗賊なんかに、負けはしない。戦いなんて全然知らないけれど、そう確信していた。
「お前は、余計なことを、気にするな!」
防戦一方のまま、シェスターが叫び返してくる。さやをつけたままの剣を、重そうに振り回しながら。
だめだ。このままじゃ、負けちゃう。全部、私のせいで。
私が元の世界に帰りたいって言いださなかったら、シェスターが護衛として一緒に旅をすることもなかった。
私が血と死体におびえなかったら、シェスターがあんなふうに不利な状況で戦うこともなかった。
これは夢。だから大丈夫、そのうち目が覚める。そう思いたい。
でも、夢だと片付けてしまうには、目の前の光景はあまりにも生々しく、恐ろしかった。
夢でも、シェスターが傷つくのは嫌だ。かたかたと震えるひざに力をこめ、必死にできることを探そうとする。
……やっぱり、何もできそうにない。
泣きそうになったそのとき、盗賊の斧が横なぎにぶんと大きく振られた。鈍く光る刃が、シェスターの左腕を、そして胸を狙っている。
「シェスター!!」
ぱあん!
悲鳴のように彼の名前を呼んだと同時に、何かが爆発するような大きな音がした。な、なに、何なの、今のって!?
目をぱちくりさせていたら、とんでもないものが見えた。
盗賊の持っていた斧が、内側から弾けたように砕け散ったのだ。後に残った鉄と木のかけらがばらばらと地面に落ちていき、小さな山を作っている。
「……おい、なんなんだ、これは……」
素手になってしまった盗賊が、自分の手と地面の山を交互に見てつぶやいている。彼だけでなくみんな、見事なまでにぽかんとしていた。もちろん、私も。なに、あれ。
しかしそうしていたら、シェスターが真っ先に立ち直った。彼は剣のさやで盗賊を打って、一撃できっちりと倒している。
でもそんな彼に、また別の盗賊が、二人同時に襲いかかってきて。
「危ない!」
ばばん、ぼん。
とっさに叫んだら、また盗賊たちの武器がはじけ飛んだ。なたや斧が、ただの鉄と木の山になってしまう。
……まさかと思うけれど、私が叫ぶと武器がはじけ飛ぶ? 訳が分からないけれど、夢なんだしこういうのもありなのかな?
次の二人をシェスターが倒している間に、別の盗賊たちに向き直ってみた。……うう、怖い。お願いだから、どっか行ってほしい!
そんな思いをこめて、腹の底から声を出す。
「こっち来ないで!!」
ところが今度は、武器ははじけ飛ばなかった。代わりに、周囲に生えていた木が数本、同時にはじけ飛んだ。それも、根元の辺りだけ。
支えが無くなった太い幹が、ゆっくりと倒れていく。そのうちの何本かは、こちらに向かって倒れてきた。盗賊たちがてんでに悲鳴を上げながら、逃げまどい始めた。
「今のうちに逃げるぞ!」
そんな声がしたかと思ったら、またシェスターにかつがれていた。おとなしく運ばれながらも、頭の中では今しがた起こったことを思い出していた。
結局、何だったんだろう、あれ。