3.怖い人との二人旅
「ねえ」
てくてく、てくてく。
「ねえってば」
てくてくてくてく。
「何かお喋りしようよお。静かすぎて落ち着かないよお」
ぶーぶー言いながら、隣のシェスターを見上げる。
彼は私のほうを一切見ることなく、大股に歩き続けていた。私はそれでもめげずに、せっせと彼に声をかけ続けていたのだった。前途多難だなあと、こっそりそう思いつつ。
とはいえ、ずっと話しかけられ続けていたら彼としてもうっとうしいだろう。一度口をつぐんで、きょろきょろと辺りを見渡す。
今私たちがいるのは、森の中の道だ。草を刈って石をどかして、思い切り踏み固めただけの道。アスファルトどころか、石畳すらない。
この世界には、機械はない。もしかしたらどこかにはあるのかもしれないけれど、あの祭壇や聖堂ではそれらしきものは見なかった。明かりは蝋燭で、暖房は暖炉だけのようだったし。
だからこの道も、人力でせっせと作ったのだろう。あるいは、牛とか馬とかを使ったかもしれないけれど。
……ファンタジーっぽい雰囲気に合わせてそうなってるのかもしれないけど、今後がちょっと不安だ。衛生とか治安とか便利さとか、大丈夫だろうか。
というか私の夢、そのへんはご都合主義でよかったんだけど。
そんなことを考えつつ、じっくりと道を観察する。この道、普段から馬車がたくさん行き来しているみたいだ。よく見ると、土の上に車輪のあとのようなものが残っている。
でもそれなら、私たちにも馬車を貸してくれてもよかったのにと、ふとそんなことを思ってしまう。ううん、旅支度を整えてくれて、シェスターをつけてくれただけでありがたいと思わないと。
こくんとうなずいた拍子に、視界の端のほうでピンク色が揺れた。わたあめみたいな、かわいいシュガーピンクだ。
そのピンク色をつかんで、まじまじと見つめる。これが私の髪だなんて、まだ慣れない。
黒髪に制服姿の私がそのまま旅に出たら、とんでもなく目立ってしまう。アルモニックのおじいちゃんはそう言って、私の身なりを変えさせたのだ。
まずは着替え。神官の中には女性もいるらしく、そういった人たちの着替えを譲ってもらえた。
白と明るい青に、あちこちに金色の刺繍が入ったワンピース。足元は柔らかい革のブーツだ。結構かわいい。もともと着ていた服は、これまた譲ってもらったリュックにしまった。
そうして着替えを終えた私に、おじいちゃんは紺色のリボンチョーカーを渡してきた。
それをつけたとたん、髪はシュガーピンクに、目は明るい緑色になったのだ。びっくりして外したら、また元の黒と茶に戻った。
突然のことに驚きすぎて、ただ鏡を見つめることしかできなかった。そうしていたら、おじいちゃんがおっとりと笑いながら説明してくれた。
「こちらの装飾品は、遥かな昔に幻影の魔法を操った聖女様が遺されし布、その一部から作られたものです。身につけた者の姿を、ほんの少し変えてしまう力を有します」
聖女は、どういう訳かみんな若い日本人女性。ということもあって、髪や目の色はだいたい黒や茶色、時々金髪とか赤とか。
一方この世界では、シェスターみたいにカラフルな髪や目の色をしている人がほとんどだ。だから私も、今みたいにぶっとんだ色にしておいたほうが目立たないらしい。
理屈は分かったけれど、一瞬でここまで色が変わるなんて……すごいなあ、私の夢。そして私、意外とピンク髪似合うんだ。新発見。
「ところで、魔法……ってあるんですか?」
もう一度鏡の中の自分と向き合いつつも、そんなことが気になってしまう。そしておじいちゃんは、すぐに答えてくれた。
なんでも、聖女は一つだけ魔法を使えるのだとか。その魔法を使って、世界を救ってくれということらしい。我が夢ながら、中々凝った設定だ。
ただ、どの魔法を使えるのかは召喚された時点で決まってしまうらしく、中には実用性低めのものもある……らしい。おじいちゃんは言葉をにごしていたけれど、たぶんそんな感じ。
まあ、私には関係ないけどね。聖女じゃないし。……せっかく夢なんだし魔法が使えたら面白かったのになあと思わなくもないけれど。
そうして旅支度を整えた私は、シェスターと二人一緒に旅に出たのだった。おじいちゃんや神官の人たちに見送られながら。
……それは、そうとして。
「シェスター、お話しようよお」
いつまで経っても、彼は黙ったまんまだった。さっきから一生懸命話しかけているのだけれど、全部スルーされている。
いつ目が覚めるか分からないのだから、同行者である彼とは友好的な関係を築いておきたい。ずうっと気まずい旅とか、絶対に嫌だ。
いや、もう既に気まずい旅になってるのかも。
というか、旅に出てからどんどん彼の機嫌が悪くなっている気もする。こう……やけにぴりぴりしているというか。
「……話す必要など、ないだろう」
あ、初めて返事があった。たったそれだけのことを嬉しく思いながら、すかさず言い返す。
「あるよ? だって、私たちこれからしばらく、ずっと一緒に旅をするんだよね?」
私が目覚めて、夢が終わるまで、だけど。
「だったらお互いのことをもっと知っておいたほうが、楽しい旅ができるよ」
その言葉を聞いたシェスターがこちらを見て、ふっと目を細めた。気のせいかな、軽蔑しているような表情に見えるのは。
「楽しい……か。聖女と同じ世界から来ただけあって、能天気だな」
そして、彼が足を止める。おじいちゃんと話していたときとはまるで違うこわばった声で、彼は言い放った。
「俺は護衛で、お前は護衛対象。互いのことを知って情でも湧こうものなら、任務に支障が出かねん」
そうしてまた、彼はすたすたと歩き始めてしまう。あわててその背中を追いかけながら、思い切り声をひそめてつぶやいた。
「……どうしておじいちゃん、この人を推薦したのかなあ……すっごくやりづらい……」
すると、シェスターがまた足を止めて、ばっとこちらを向いた。まずい、今の聞かれた!? すごい地獄耳!
「じいさんたちは、いずれ改めて聖女を召喚する。神官騎士たちは、みな聖女を守るために忙しくなる。俺しか手が空いている者がいない。そういうことだ」
「あ、そうなんだ……」
シェスターが一気にまくし立てたことに驚いてしまって、うまく言葉が返せない。せっかく話してくれたんだから、どうにかして続けなきゃ。
あせる私の耳に、さらに予想外の言葉が飛び込んできた。
「……それに俺は、見捨てられたも同然なのだから」
「えっ、それってどういう」
私はその質問をきちんと口にすることができなかった。突然、世界がぐるっと大きく回転したから。