26.嬉しくない再会
「……ずいぶんと粋な最期になったな」
シェスターのそんな言葉に、我に返る。そのとき、周囲の空気がやけに清々しいことに気がついた。
「……魔王、滅んだっぽいね」
「そのようだな。もう、あの重い空気を感じない」
「だったらこれで、人々も落ち着くんだよね。盗賊とかも、減るんだよね」
「たぶんな」
「二人とも、話したいことはたくさんあるだろうが、今はここを離れるのが先だ。さあ、急ごう!」
そうやって小声で話し込んでいる私とシェスターに、メルヴィルさんが声をかけてくる。そういえばそうだった。魔王は倒したけど、ここで教会の人たちに見つかったら間違いなく面倒なことになる。
四人一緒に、大急ぎで山を下っていく。
山頂から少し下ったところに三叉路があって、そこで教会の人たちが登ってくるだろう表側の道と、私たちが通ってきた山の裏側に向かう道が合流しているのだ。
だからひとまず、その三叉路を突破すれば安心だろう。
「私たちは表側の道なら頭に入っているんだが、裏側の道はさっぱりでね。すまないが、無事に山を抜けられるよう、道案内を頼むよ」
「重ね重ねご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします!」
一緒に三叉路を目指しながら、メルヴィルさんとトマス君が明るく言う。それを聞いたシェスターが、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。
「……どうしてお前たちまでついてくるんだ。もう魔王は倒したのだし、教会の連中のところに戻っても大丈夫だろう」
「いやあ、考えてみたら私たちはもう神官騎士ではないのだし……ペンダントをどうしたと尋ねられたら、答えようがないことに気がついたんだ」
「今さら、気がついた!?」
あっけらかんと答えたメルヴィルさんに、私とシェスターが同時に叫んでしまう。
というか、ペンダントを壊してくれって頼んできたときに、そこまで考えてると思ってたんだけど……意外と考えなしなのかも、この人。
私たちがあきれかえっていることを全く気に留めていないのか、メルヴィルさんは気楽な調子で続けた。
「まあ、いったんこの地を離れて、ほとぼりが冷めるまでどこかで身を隠していようかと思う。それからゆっくりと、今後の身の振り方を考えるさ」
「行き当たりばったりですね……」
「まあ、そうなってしまうくらいに、あの聖女様のお守りに耐えかねていたんだよ。だから、後悔はしていない」
ついうっかり本音を漏らした私に、メルヴィルさんは茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせた。
「僕も、メルヴィル様におともしようと思います。神官騎士ではなくなっても、メルヴィル様に教わりたいことはたくさんありますから」
「ううん、私が師でいいのだろうか……こんな、勢い任せの考えなしだぞ?」
「はい、僕の師匠はメルヴィル様しかいません!」
そんなことを話しながら、なおもせっせと歩き続ける。しかし先頭のシェスターが、いきなりぴたりと立ち止まった。そうして、私を背にかばうようにして身構えている。
突然ぴりぴりとした雰囲気……というより殺気を放ち始めたシェスターに驚いて、小声で尋ねた。
「どうしたの?」
「……来た。遅かったか……」
彼のその声にこたえるかのように、下のほうから誰かが歩いてきた。豪華な服をまとった、小柄な老人。一足一足踏みしめるように、ゆったりと歩いている。
その誰かが木陰を抜けると同時に、私たちは同時に息を呑んでいた。
「魔王の討伐、おめでとうございます」
満月に照らされて微笑んでいるのは、まぎれもない、アルモニックだったから。
「ちっ!」
シェスターが腰の剣に手をかけ、メルヴィルさんも身構えている。トマス君と私は、そんな二人の背後に隠れる格好になっていた。
しかしアルモニックは少しも動じることなく、淡々と話し続けていた。
「先ほど夜空に打ちあがった光、あれはまぎれもなく、魔王の最期を告げるもの。そして、魔法によりもたらされたもの」
そうしている間にも、彼の後ろから次々と人間が現れる。たいまつを掲げた神官と、神官騎士たちだ。
その間、私はただじっと、アルモニックを見つめていた。
この人が、シェスターに私を殺させようとした。それは分かっていたけれど、こうして顔を合わせてみても、なんの感情もわかなかった。隙をついて逃げないとな、と思うくらいで。
「……貴様……のうのうと、何を語っている……」
そんな私の代わりとばかりに、シェスターが低い声でうなっていた。猛犬みたいだ。そっと彼の腕を引いて、落ち着かせようとする。
するとアルモニックは、そんな私たちを見ておかしそうに笑った。
「……カレン様。あなたはやはり、魔法を使えたのですね。シェスターが自由になったときから、もしやと思っていたのですが」
うう、ばれてた。どうごまかそうかなと考えていたそのとき、彼の背後から甲高い声がした。
「ちょっとアルモニック、その子が魔法を使ったって、いったいどういうこと!?」
豪華な輿に乗った女性が、眉をつりあげて割り込んできた。きらびやかな装いが、この山にはまるで釣り合っていない。
「魔法が使えるのって、聖女だけでしょ!? つまり、あたし以外には誰も魔法を使えないはずで!」
あ、そういうことか。となると、たぶんあの人が聖女だ。チョーカーにこめられた魔法を使って髪と目の色を変えている私とは違い、黒い目に茶色の髪の、社会人っぽいお姉さん。ちょっと化粧が濃い目かな?
……メルヴィルさんが神官騎士を辞めたいと考えた原因の一つが、この人。そう考えると、ちょっと身構えてしまう。
「あ、私……聖女じゃないですけど、日本人です」
そう言ってチョーカーを外すと、視界の端に見えている髪が元の黒に戻った。聖女が驚きに目を見開いて、私をじっと見つめる。ぽかんと口を開けたまま。
「私、千早川佳蓮です。高校二年生」
その隙に、自己紹介してみた。すると彼女はまだぼうぜんとしつつも、返事をしてくれた。
「あ、あたしは早川かりん……会社員よ」
思ったより普通の反応だった。聖女様なのだし、高笑いくらいするかなって思ったのだけど。
「……あたしの顔に、何かついてる?」
「あの、えっと、特に何も」
いったいこの人は何をやって、メルヴィルさんをあそこまでうんざりさせたのかなあ。そんなことを考えていたせいか、ついまじまじとカリンさんを見つめてしまっていた。ふう、危ない。
こっそり冷や汗を拭っていたら、またアルモニックが声をかけてきた。
「……カレン様。少しだけ、話を聞いてはもらえないでしょうか」
「話?」
隙あらばアルモニックに噛みつきそうになっているシェスターを押さえ込みつつ、軽く尋ねてみる。
「はい。我ら教会と、聖女様の関係についてです」
なんだか、思っていたより重い話になりそうだ。少し身構えつつ、ゆっくりとうなずく。
「我らは独自の方法により、魔王降臨の時を大まかにではありますが予測できます。そしてその時が近くなると、異世界より聖女様を招くのです」
彼が何を考えているのかさっぱり分からないので警戒はしつつ、ふんふんと小さくうなずいて相槌を打った。
「聖女様を招くにあたり、神官たちが力を合わせ、空の上へと意識を飛ばします。そうして、世界をへだてる壁を越え……聖女様の名を、つかむのです」
あ、それが「カリン・ハヤカワ」だったってことか。
「そうしてその名をもとに、儀式を行い……聖女様を呼ぶのです。心の中で、聖女様の名をひたすらに唱えながら」
そこでメルヴィルさんが、ぼそりとささやいてきた。
「ちなみに、三日三晩不眠不休の恐ろしい儀式らしいぞ」
三日三晩聖女の名前を唱え続ける……ノイローゼになりそうだなと思いつつ、また別の考えも浮かんできた。
「……今回はたまたま名前が似ていたから、間違って私が呼ばれちゃったんだよね」
私のせいではないけれど、少し申し訳なさを感じてしまう。それだけ頑張ってはずれを引いたら、がっかりするよね、と。
「カレン様。あなたは、我らが手にした聖女とは違う名であられた。その一点をもって、我らはあなたを聖女ではないと、そう判じました。ですがどうやら、それは間違いでした」
などと考えていたら、アルモニックが妙なことを言い出した。
ん? この流れって。なんだか嫌な予感。
「あの壁を越えて、この世界に降り立つもの……その全てが、聖女と呼べる存在なのではないか。私は今、そう思っているのです」




