24.魔王の正体
やけに張り切ったメルヴィルさんに率いられるようにして、私たちはせっせと山を登っていった。
進むにつれ魔王軍がどんどん出てくるようになったけど、みんなで即座に叩きのめしていった。私も堂々と魔法を使えるので、今まで以上に戦いやすかった。
日が暮れても、まだ登り続けた。こうなったからには短期決戦あるのみだと、メルヴィルさんとシェスターがそう判断したのだ。私もあまりこの山に長居したくはないので、特に異論はなかった。トマス君もとにかくやる気だったし。
下のほうにいる聖女たちに見つかったらまずいので、明かりはつけられない。けれどありがたいことに、今日は満月だった。日が落ちるのとほぼ同時に昇ってきた月が、辺りを優しい光で包み込んでくれている。
そんなこともあって、私たちはほとんど足を止めることなく進み続け、やがて山頂らしき場所に出た。
そこは、ちょっとした公園くらいの広さの草地になっていた。そしてそこのど真ん中に、妙に丸っこい、小ぶりの岩が一つ転がっている。
「なんだろう、あれ……」
明らかにあの岩だけ、雰囲気が違う。慎重に近づいて、そっと観察してみる。
「これって……もしかして隕石だったり?」
スイカより二回りほど大きなその岩は、満月の光を受けてつやつやと輝いている。表面が溶けているような、そんな感じだ。隕石はこんな外見をしてるって、テレビで見た。
そういえば、隕石が大気圏に突っ込むときに光って流れ星になるんだって、そう習ったような。燃え尽きなければ、こんなふうに隕石として地上にたどり着く。
謎の岩をしげしげと眺めつつそんなことを思い出していたら、後ろのほうから低い声がした。
「おい、カレン! 下がれ!」
「そちらは危険だ!」
「……うう、カレンさん……どうか、こちらへ……」
やけに緊迫したその声に驚いて振り返ると、草地の端っこのほうでシェスターたちが身構えていた。みんな、妙に苦しそうな顔をしている。
「ど、どうしたの!?」
予想外の状況に、思わず立ちすくむ。するとシェスターが、大いに困惑したような表情でこちらをじっと見つめた。
「……お前は……問題ないのか……?」
「確かに、カレン君だけ無事なようだが……どういうことだ?」
「あの、そもそもあの岩って、何ですか……」
そうして、三人そろって考え込む。
「……なあ、シェスター」
「……ああ。おそらく俺も、お前と同じことを考えている」
メルヴィルさんとシェスターが、顔を見合わせてうなずいた。それからシェスターが、重々しく口を開いた。
「カレン。お前の隣にあるその岩が、おそらくは魔王だ」
「ええええっ!?」
びっくりして飛び上がり、そのままダッシュで三人のところに戻る。あまりのことに、心臓がものすごくどきどきしていた。
「あ、あの岩が、魔王!? 予想と全然違う! というか、何もしてこないし!」
などと叫びつつも、そこはかとなく納得している自分もいた。
魔王が隕石。だったら流星雨が不吉なものだとされても仕方ないな。でも……あれが魔王……うーん、やっぱりイメージと違う。
隕石がぱかっと割れて、そこから魔王が生まれてくるとかならまだしも、あれはどう見てもちょっと変わった岩でしかないし。
胸を押さえながらちらちらと岩のほうを見ていると、三人がそろって首をかしげた。
「……おや、不思議だ。また体が楽になったな」
「まさかと思うが、こいつがそばにいるとあれの影響を受けづらい……ということか?」
「僕も、そんな気がします……」
さっきまで苦しんでいたのが嘘のように、三人とも盛んに首をひねっている。
「だったらひとまず、四人一緒にあれを確認しにいかない?」
もしあれが本当に魔王だとしたら、一人で見に行くのはちょっと怖い。なのでそう提案してみたら、三人ともちょっとだけためらいつつ、それでもうなずいてくれた。
そうしてそろそろと、岩に近づいていく。私が先頭に立とうとしたら、シェスターがさりげなく私を背にかばってくれていた。
「……というか『魔王』っていうから、人間っぽいものか……せめて生き物だと思ってた」
どれだけ見つめていても、岩は微動だにしない。やっぱり納得いかなくてぼそりとつぶやいたら、メルヴィルさんがちょっぴりおかしそうな声で答えてくれた。
「民たちが理解しやすいよう『魔王』と称してはいるが、実際はあのような岩なのだ。もっともこのことは、教会の中でもある程度上の者しか知らないが」
「そうだな。俺も初耳だ。ところで、普通の岩と魔王との見分け方はあるのか」
「ああ、それは簡単だ。このまま少し、待っていれば……ほら」
メルヴィルさんがそう言ったのと同時に、信じられないことが起こった。なんと目の前の岩から、にゅるっと魔王軍が生えてきたのだ。それも六体同時に。魔王軍が透けているということもあって、なんだかところてんみたいでもあった。
ひとまずあわてず騒がず、出てきた魔王軍を叩きのめす。楽勝。
「ああ、びっくりした……」
「やはりこの岩が、魔王で合っているようだ。あとは、どうにかしてこれを聖女様のところに届けるだけなんだが……」
そう言って、メルヴィルさんが慎重に魔王に手を伸ばした。しかし指先が魔王に触れたとたん、ばちっという音がする。ちょうど、静電気のときみたいな。
「くっ! ……さすがに、触れることはできないか……」
「木の枝か何かで、転がしてみればいいのでは? おあつらえ向きに、転がりやすそうな形をしているし。聖女のところまで坂くだりだ」
シェスターの思いつきに、メルヴィルさんが難しい顔になる。
「いや、うっかりどこかのやぶの中に落としでもしたら、余計に面倒なことになる。……あのお方が通れるだけの道を作るはめになるからな」
「確かにな。だったら、魔王を縄で縛りあげて運ぶというのはどうだ?」
それはいいかもしれない、と二人が納得しかけたところで、トマス君がおずおずと切り出す。
「あの、でも運んでいる途中で魔王軍がわいて出たら、その縄を切られてしまうかもしれません……長距離の運搬は、難しいのでは……」
どうやら、一筋縄ではいかなさそうだ。ただ私には、また別の考えがあった。
「もういっそ、これをここで壊せないかな?」
そうつぶやいたとたん、三人がばっと同時にこちらを見る。全員、信じられないものを見るような顔をしていた。
「ほら、だってこれ、見たところ普通の岩とあんまり変わらないし、魔王軍には私の魔法が効くし、もしかしたらって……」
「だめだ。危険だ」
すぐさまシェスターが、ぴしゃりと言った。私が余計なことをしないようにだろう、しっかりと腕をつかんでくる。
「ちょっとだけ、試してみるだけだから!」
実のところ、とても気になってしまっていた。大岩だろうと魔王軍だろうと粉々にできる私の魔法は、魔王にも通用するのかな、って。要するに、ただの好奇心。
「……一度、試してみるのもありではないか? 危険のないよう、距離を取って」
考え込んでいるように視線をさまよわせながら、メルヴィルさんがぽつりとつぶやいた。
「……聖女の慈愛は、魔王の瘴気を退ける。教会で語り継がれている言葉に、そんなものもあるんだ」
魔王の瘴気って、もしかして……シェスターたちが感じていた不具合と、関係があるのかな。
「聖女様の護衛をしている間は、体が重いと感じることはなかった。そしてカレン君が近くにいると、魔王の影響が軽減されているように思える」
その言葉を聞いたシェスターがはっとした顔になり、それからメルヴィルさんをにらみつける。
「こいつは聖女じゃない」
「そうだな。だが聖女様と同じように空の上から降りてきて、聖女様とは違う種類ではあるが魔法を使いこなす。どこか、似通ったものを感じないか?」
自信たっぷりなメルヴィルさんの言葉に、シェスターは何も言えないようだった。
シェスターは少し考えているようだったけれど、やがて無言のまま、私の手を引いて草地の端まで連れていく。それから、耳元でささやきかけてきた。
「……一度だけだ。何が起こるか分からないから、威力は控えめにしろ」
「ありがとう、シェスター! メルヴィルさん、トマス君、お二人も避難してください!」
そう呼びかけると、二人もさっと草地の端まで移動した。全員が万が一に備えて身構えたのを確認して、魔王に向き直る。
あんな岩のせいで、こんなに大騒ぎになっている。人々が苦しんで、神官騎士の人たちが戦って。
そんないきどおりを視線に込めて、魔王をにらみつけた。深呼吸して、いつものように魔法を使う。
「くらえっ!」
次の瞬間、ぱあんという高い音がして、視界がぐらりと揺れた。




