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23.新たな出立

 シェスターのペンダントについて口にしたメルヴィルさんは、そのままさらりと言葉を続けた。いつも通りの、朗らかな表情で。


「私の読みでは……さっきカレン君が魔王軍を爆散させていたのと、関係がある気がするんだが」


 まずい。メルヴィルさん、私の魔法に気づいてる。というかさっき魔法を見てたのたなら、もうちょっと驚いてほしかった。顔色一つ変えなかったし、そもそもほとんどこちらを見てなかったから、てっきり気づいてないものとばかり……。


 それはそうと、どうにかしてごまかさないと。シェスター、何か言い訳を思いついているのかな。横目でそろそろとそちらをうかがったそのとき、メルヴィルさんが明るく笑った。


「ははっ、二人そろって顔色が変わったな」


 驚いてシェスターをばっと見たら、彼は面白くなるくらいに動揺していた。わあ、顔に出すぎ。……って、たぶん私も人のことは言えないんだろうな。


 そんな私たちを順に見渡して、メルヴィルさんはまた口を開く。


「……この戦いから逃げるつもりはない。だが教会に縛られたままだと、どうにも動きづらくてかなわないんだ。だから、君たちの手を貸してほしい」


 そう語るメルヴィルさんの表情は、打って変わって重々しく、苦々しいものだった。どうして彼がそんなふうに考えているんだろう。きょとんとしていたら、彼は眉間にしわを寄せて続けた。


「……正直、聖女様に任せておいたら、魔王討伐まであと何日かかるやら……このままでは、疲弊した神官騎士たちが危険にさらされてしまう」


 メルヴィルさんがそこまで説明したところで、シェスターがいきなり口をはさんだ。


「どういうことだ。この山はそこまで高くない。魔王軍をお前たちがきちんと倒していけば、どんなにゆっくり登っても一日で山頂までたどり着けるだろう」


 同意の意をこめてうんうんとうなずいていたら、メルヴィルさんの表情が変わった。まずいものでも呑み込んだかのような、そんな顔だ。


「そうだな。だが、あの聖女様は……自分の足で山を登られることを拒否されて……この山には当然ながら馬車は入れないから、神官騎士たちが交代で輿こしをかついでいるんだ」


 輿って……箱だか台だかに持ち手を付けて、それをたくさんの人でかつぐあれか。要するに、お祭りのおみこしみたいなもの。


 この山の中を、それで移動って……神官騎士の人たち、かわいそう。


 思わず同情の目線で、メルヴィルさんとトマス君を見てしまう。メルヴィルさんは重々しくうなずいて、さらに言った。


「私たちが運ばされているのはそれだけではなく、彼女のためのぜいたくな食事、豪華な寝具など……あの方はここまでの道中、聖堂におられるころと同じような暮らしを望まれたのだ。もちろん、この山でも」


 それを聞いたシェスターの顔が、なんともいえない形にゆがんでいる。嫌悪感、まるだしだ。


「おい、なんだそのわがままな女は」


「わがままでもなんでも、聖女様であることに変わりはないからな」


「そうなんです……癒しの魔法を使われる、我らが聖女様ですから……」


 そうしてメルヴィルさんとトマス君が、同時にため息をついた。聖女……イメージと違うなあ。


「ともかく、私は……聖女様のしもべとしてではなく、一人の騎士として、魔王に立ち向かいたい」


「しかしお前では、魔王には太刀打ちできないだろう」


「だが、どうにかして魔王を聖女様のところまで引きずりおろすことはできるかもしれない。そうすれば、この戦いを早く終わらせられる。というか、もうそれしかないんだ」


 聖女がまともに山を登るつもりがないのなら、魔王をさっさと下山させればいい。うーん、理にかなってはいるのかな?


「それに、先ほどから妙に気分がいいんだ。これなら、もしかすると魔王に一太刀浴びせることもできるかもしれない」


 そう言ってメルヴィルさんは、どんとこぶしで自分の胸を叩いてみせた。その態度に、シェスターが目を丸くした。


「気分が?」


「ああ。聖女様の護衛をしている間は感じなかったんだが……トマスを探して本隊を離れた辺りから、どうにも体が重くてな。体調でも崩したかと思ったが、気のせいだったようだ」


「僕も、本隊とはぐれて少ししたら、急に気分が悪くなって……今はもう、なんともないのですが」


 メルヴィルさんとトマス君は、口々にそんなことを言っている。


 ふと、私たちが初めて魔王軍と戦ったときのことを思い出す。なぜかシェスターが苦しみだしたけれど、戦いが終わるころにはもう元気になっていた。


 三人そろって同じようなことを言っているけれど、何か関係あるのかな。そして私だけ無事なのはどういうことだろう。


 そんなことをひっそりと考えていたら、メルヴィルさんが深刻そうな顔になった。


「ともかく、このペンダントをつけたままでは、自由に行動することはできない。だから一刻も早く、壊してしまいたいんだよ」


 それでもためらっていると、彼はふっと声をひそめた。普段の明るい様子は消え失せ、ぞっとするほど鋭い目つきをしている。


「……私がお前たちと接触していることが知られでもしたら、どんな命令が下るか分からないからな」


 次の瞬間、シェスターがばっと私を背後にかばう。とても機敏なその動きに、メルヴィルさんが目を見張り、ふっと柔らかく微笑んだ。


「先ほどの戦いを見て確信した。シェスターのペンダントを壊したのは、カレン君、君の力なのだろう? どうかこちらも、頼む」


 そうして彼は、胸に下がったペンダントをつかみ、そっと差し出してくる。


「……でもそうすると、あなたも教会から離れることになりますけど……」


「いいんだ。……教会という組織を盤石にすることで、魔王の脅威から人々を守る。そんな教会の理念は分かっていた。でも神官長のやりように、私はもうついていけないんだよ」


 どことなく寂しげにそう言って、メルヴィルさんは順に私とシェスターを見た。そのまなざしに、理解した。


 メルヴィルさんは、私たちの事情を全部知っている。その上で、彼も教会を離れるという決断をした。


 だったら私も、ためらわなくてもいいのかもしれない。


 無言でメルヴィルさんに近づき、胸元に下がったペンダントに触れる。深呼吸して、魔法を使った。


 ぱん、という乾いた音に続き、ペンダントだったものがさらさらとこぼれ落ち、風に流されていく。


「……どんな刃も歯が立たないこのペンダントが、こうもあっさりと……」


「そいつが猛特訓して使いこなせるようになった『爆発の魔法』だ。なぜこいつが魔法を使えるのかは謎だが」


 目を真ん丸にしているメルヴィルさんに、シェスターがほんのちょっぴり得意げに言った。


「なるほど、不思議なこともあるものだ。さて、これで私は自由になった。神官騎士団副長のメルヴィルは、行方不明ということになるな」


 とんでもなく晴れやかな顔でさわやかに笑って、メルヴィルさんはトマス君に向き直った。


「トマス、君は私と出会っていない。君はどうにかこうにか自力で難局を切り抜け、本隊に戻ってきた。みんなにはそう説明するんだぞ。いいね?」


 さらりとそう言い含めると、メルヴィルさんはトマス君に背を向け、私たちのほうに歩き出す。


「ま、待ってください、副長!」


 そんなメルヴィルさんの背中に、トマス君が声をかけた。とても必死なその声に、メルヴィルさんの足が止まる。


「私はもう、副長ではないよ?」


「いえ、副長は僕の、命の恩人です!」


 そうして彼は走り出し、メルヴィルさんの前で立ち止まった。


「どうか僕も、最後までおともさせてください!」


 トマス君もまたペンダントを胸元から取り出し、こちらに向かって差し出してきた。それを見たメルヴィルさんが、複雑そうな顔になる。


「若者の輝かしい未来を、こんな形で奪いたくはないんだが……」


 そこにシェスターが、ちょっぴり笑いをこらえながら割り込んでくる。


「本人がもう縛られたくないって言ってるんだ、意思は尊重してやれ」


「ええと……じゃあ、こっちも思い切ってやっちゃっていいのかな?」


「はい、よろしくお願いします、カレンさん!」


 とっても真面目な表情で、ためらうことなく答えるトマス君。思わず視線をさまよわせたら、メルヴィルさんは笑顔で、シェスターは真顔でうなずいていた。誰も止めてくれない。


 ……ああもう、どうにでもなれ。


 そっとトマス君のペンダントをつかんで、はい、粉々。


「わあ、本当に……音もなく壊れてしまいました。すごいんですね、カレンさんの魔法は……」


 目を丸くしているトマス君に、メルヴィルさんが明るく声をかける。


「さて、行こうかみんな! 聖女に頼りきりではない、自分たちの手で未来をつかむための戦いに!」


「……ああ」


 短く答えたシェスターの口元には、それは嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

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