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20.考えるよりも突き進め

「うわあ、見事な手際だね……」


 魔王の降臨を告げる流星雨から一週間ほど後、私とシェスターは村の北に広がる森の中にいた。


「まあ、慣れているからな」


 木々の間に毛布をぴんと張って屋根代わりにして、さらにその上から落ち葉や小枝をかけてカモフラージュしながら、シェスターがきびきびと答える。


「それに、いい場所を見つけたよね」


「ああ。ここからなら、あの山に向かうのも容易だ。しかも山の裏手に近いから、聖女たちの進軍路からも外れる」


 魔王が降臨した北の山に近づけば、おそらくどこかで魔王軍との戦いになる。シェスターによれば、魔王は降臨した場所からほとんど動かず、代わりに魔王軍がどんどん周囲を侵略していくらしい。


 魔王軍と本気で戦うか、ある程度数を減らすだけにするか、あるいは村を守るためにおとりになるか、どんな行動を取るかについてはぶっつけ本番だ。


 ただ、いずれにせよ、村とは違うところに拠点を作っておいたほうがいい。そう、シェスターが主張したのだ。


 村に残っていたら、ほぼ確実に教会の人たちに見つかる。あっちはあっちで魔王との戦いに忙しくなるだろうけど、だからといって私が見逃してもらえるとも限らない。


 そういったわけで、私たちは森の中に移動していたのだった。


 もともと狩人の子として山で暮らしていたシェスターの知識と経験は、ここでは大いに役立っていた。


 彼はざっと森の中を見て回ると、すぐにこの場所を選び出したのだ。ここは水場が近く、背後はしっかりした崖で、周囲の木々のおかげで山のほうから見えることもない。


 しかもここからなら、いざというときは獣道を通って、ずっと離れた別の村のほうに逃げられるらしい。退路もばっちり。


 そして彼は必要な物資を買い込んでここに運び、あっという間に拠点を作り上げてしまったのだ。拠点……というか、これはもうキャンプだなあ……それも、割と装備がしっかりした……。


 ちなみに私は、そうやっててきぱき働く彼をただ見守ることしかできなかった。拠点の床に魔法を使って、まっ平らにしたくらいで。


「さあ、これでいい。出立は明日だ。今日はゆっくり休もう」


 作業を終えたシェスターが、屋根の下に敷いた大きな毛皮に腰を下ろす。そうして、すぐ隣をぽんと手で叩いた。


 素直に隣に座り、ちょっと身じろぎする。私たちが旅に出たころは、こんな風に同じ毛皮に並んで座ることなんてなかった。


 でも今は、寝るときこそ別々の毛皮を使うけど……昼間は、割とこうしてくっついているのが普通になっていた。


 というか、シェスターが当然という顔をしているので、私もつい流されているというか。もちろん、少しも嫌ではないのだけれど、ものすごくくすぐったい。


 でも今は、隣の温もりがありがたかった。ふうと息を吐いて、案外近くにそびえている山を見つめる。そのまま体を傾けて、彼の肩にもたれかかった。


「……自分で言い出しておいてなんだけど、やっぱりちょっと緊張するね」


 何のことかは言わない。でもシェスターは、それだけで分かってくれたようだった。


「そういうものだ。お前は戦い慣れていないのだから」


 どことなく子どもをあやすようなその口調に、ちょっぴり納得いかないものを感じてしまう。


「うーん……盗賊たちをあしらうのはうまくなったんだけど」


「ああ。よく頑張ったな」


 うん、やっぱり子ども扱いされてるな。頑張りを認めてもらえること自体は嬉しいんだけど。


 複雑な気持ちで考え込んでいたら、シェスターがぽつりとつぶやいた。


「……だが魔王軍は、また話が別だ」


 その声の重々しさに、ふと気づく。そういえば、魔王だけじゃなく、魔王軍についても何も知らないんだな、ということに。


「ねえ、魔王軍って……どんな感じ? 考えてみたら、盗賊みたいに装備を壊すだけで止められるとも限らないよね……」


 小声で尋ねてみたら、シェスターも山を見つめたまま答えた。


「俺も、直接奴らと剣を交えたことはないが……この世のものとは思えないもの、らしい」


「えっ、と……それ、そもそも私がどうにかできるの……かな?」


 今さらながらに怖くなってきて、口ごもる。実のところ、私が心配しているのは『どうにかできるのか』ということではなかった。


 だって、過去に聖女や教会の人たちが、魔王軍と戦っているらしい。だったら私の攻撃も通用するはずだ。威力には自信がある。


 けれど魔王軍が、盗賊たちみたいにひるませることも無力化することもできないのだとしたら。それこそ死ぬまで、戦い続ける存在なのだとしたら。


 その場合、私は……ちゃんと魔王軍を、倒せるのかな。でも私がためらったら、シェスターがその分苦労することになる。それだけは絶対に避けたい。


 ……覚悟を決めるしか、ないのかな。


 黙り込んでいると、シェスターが小さく笑ったような気がした。


「ひとまず、戦ってみてから考えよう。お前はいつも、そうしてきただろう」


「確かに私、いつも行き当たりばったりだけど……」


 うつむいてそう言葉を返したら、彼はそっと肩を抱き寄せてきた。


「責めてるんじゃない。逆だ」


「逆?」


「ああ。俺はどうしても、考え込んでしまいがちだ。そうして気づけば、選択肢がなくなっていて……」


 そのまま、彼は静かに語る。


「親を亡くしたときもそうだ。教会に入るのは気が乗らなかったんだが、もだもだしていたらあのじいさんに引きずり込まれ……結局、神官騎士にならざるをえなかった」


 彼の声に、ほろ苦いものが混ざっていく。


「それに、お前の護衛についたときだって……もっと早く、どうにかして真実をお前に告げることができていれば、あんな大騒ぎをすることもなかったかもしれない」


 それはあなたが悪いんじゃない、と言おうとした。けれど彼はそれより先に、凛とした声を張り上げる。


「でもお前は、いつも思うまま突き進んでいた。正直いつも、俺はお前に振り回されていた」


 苦情と紙一重なその言葉は、しかしとても温かかった。


「そうしてお前は予想外の、明るい道を切りひらいてしまう。だから今回も大丈夫だと、そう思うんだ」


 知らなかった。彼が私のことを、そんなふうに思っていたなんて。……さんざん迷惑かけたなあというのは、自覚していたけれど。


「ただし、少しでも危険だと判断したらすぐさまお前をかついで逃げる。そのときは、暴れてくれるなよ」


「はあーい……」


 どんな態度で答えたらいいのか分からなくなって、あいまいにぼかす。すると彼は私の肩にかけた手に力をこめて、耳元でささやいてきた。


「……俺にとって、お前の安全より優先すべきものはないのだから」


「うん」


 小さくうなずきながら、心を決める。魔王軍がどんなものかは知らないけれど、こうなったら徹底的に戦ってやる。


 結局私にとっても、一番大切なのはシェスターなのだから。




 そうして次の日、私たちは最低限の荷物だけを持ち、魔王が降臨した山を目指して出発した。聖女の記録の写しも、野宿の装備の大半も、拠点に置いてきた。おかげで、かなり身軽だ。


 じきに山の東側のすそにたどり着き、そのまま獣道を上っていく。途中、シェスターが遠くを見て顔をしかめた。


「……村の辺りで動きがあるな。ちっ、教会の連中、もうやってきたか……たぶんあの中に、聖女もいるはずだ」


 言われてそちらを見ると、村の中に青い旗が立っているのが見える。ああ……確かにあの色の感じ、教会の人たちっぽいかも。というか旗、多くない?


「なんだか、あの人たちが敵みたいな口ぶりだね……一応あの人たちも、共に魔王軍と戦う味方だと思うけど……ううん、味方って言っちゃっていいのかなあ……」


 そんなことを言い合って、二人同時に苦笑する。


「まあいい、退路はきちんと確保してあるからな。ここからは魔王軍と教会の連中、両方の動きに注意しながら進もう」


 彼がそう言ったのと同時に、妙にひんやりとした風が吹いてきた。思わず身震いをする私の前で、シェスターがふらりとよろめく。


「ど、どうしたの!?」


「いや……少し、めまいがしただけだ……」


 あわてて彼の体を支え、顔をのぞき込む。いつもよりほんの少しだけ、顔色が悪かった。


 彼が落ち着くまで、ここで休憩したほうがよさそうだ。そう思ったまさにそのとき、道の先のほうでがさりと音がして……そして、とんでもないものが姿を現した。

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