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17.夜空を駆ける光

 そんなこんなで、とってもいい雰囲気になってしまった私たち。結局あの後も、互いにもじもじするので忙しかった。


 彼に近づけたことは、すごく嬉しい。誰かがそばにいるだけでどきどきするなんて、生まれて初めてだ。


 それはシェスターも同じみたいで、彼はとまどい半分恥じらい半分の乙女のような表情を見せるようになっていた。顔が整っているということもあって、そんな表情も似合ってしまっている。おかげでこちらも、ついつい見とれてしまっていた。


 ただ、それとは別に、ちょっと問題も生じていた。


 シェスターによれば、彼のペンダントが破壊されたことは教会の人たちにも伝わっているだろうとのことだった。


 もしかしたら、私を消すために次の刺客が送り込まれてくるかもしれない。それに、こうなってしまったからにはもう教会を頼ることはできない。


 なりゆき上仕方なかったとはいえ、もうこれ以上聖女の記録を調べることは難しいだろう。


「……すまない。俺がもう少ししっかりしていれば……」


 そしてシェスターは、私が元の世界に帰る方法を探せなくなってしまったということについて責任を感じてしまっていた。


「仕方ないよ。ひとまず、二人とも無事でよかったって、そう思おうよ」


「お前は、本当に前向きだな……」


「だって聖女の記録って、今のところみんなほのぼのした日記なんだよ? 正直、帰る方法を見つける役には立たない気がするし……これ以上集めても、たぶんだめそうな気もする」


 落ち込むシェスターを励ましながらも、自然と笑みが浮かんでしまう。


「でも聖女の人たち、みんな幸せだったみたいなんだ。それを見てると、何とかなりそうな気がするんだ。根拠なんてないけど」


 今までに集めた記録には、異世界の……日本からやってきた聖女たちがこの世界で暮らした日々がつづられていた。「色んなことがあったけれど、この世界での人生は幸せでした」……みんな、だいたいそんなことを記していた。


 故郷の人たちのことは気にかかるけれど、それでもこの世界で生きていたいと、はっきりとそう書いている人もいた。


 もしかしたら私も、いつかそんな記録を残すことになるのかなと、そんなふうに思えていた。もっとも、シェスターがまた責任を感じてしまいそうなので、そのことは内緒だけれど。


 それに今は、聖女の記録がどうとかよりも優先させなければならないことがある。


「それよりも今は、その……刺客? のほうを警戒しよう。なんというか、私がいるせいでごめん」


 私と一緒にいたら、シェスターも狙われるかもしれない。彼と離れれば、少なくとも彼だけは守れるかもしれない。


 それは分かっていたけれど、どうしても彼と一緒にいたかった。今の私なら旅の仕方も分かるし、最低限自分の身は守れるけれど、それでも。


「お前は悪くない!」


 と、シェスターが声を荒らげる。彼は悔しそうに唇を震わせて、まっすぐに私を見つめて言い放った。


「悪いのは、アルモニックだ。……こうなった以上、どうにかして聖堂に忍び込み、あいつを叩っ切るしか」


 いつになく険しい目をしている彼の目の前で、あわててひらひらと手を振る。


「じょ、冗談でも笑えないよ、それ」


「本気だ。ただ、むやみに飛び込んでも勝算が低いし、その先の状況がより悪くなる可能性が高いから、実行しないだけで」


 つまり、これならいける、いい感じになりそうだという方法を思いついたら、聖堂に乗り込んでいく気なんだ……。


 ペンダントを壊して、距離が近づいてからの彼は、以前よりずっと表情が豊かになっていた。思いのほか、喜怒哀楽をはっきり見せるようになっていたのだ。


 初対面のときの、無愛想で無表情で怖そうという印象からは、まるで逆。でもきっと、これが本来の彼。……両親と一緒にあの山小屋で暮らしていたころの彼は、きっとこんな感じだったんだろうな。


 そんなことを考えながら、じっとシェスターを見つめる。彼はちょっぴり照れたように目を見張ってから、真顔になって言った。


「……とにかく、これからは旅を続け、できるだけ一つところに留まらないようにしよう。ペンダントが壊されたから、やつらもすぐにこちらの位置をつかめはしないだろうし」


 私が壊したあのペンダント、驚いたことに通信機能付きの位置把握機能付きだった。高性能すぎる。教会の人たちはどうやってそんなものを作っているんだろう。


 そんな疑問はひとまず横に置いておいて、シェスターににっこりと笑いかける。


「それに、聖堂からはできるだけ離れていたいよね。……爆発の魔法も、人里離れたところのほうが安心して使えるし」


「いっそ人前でその魔法を披露して、教会の連中を困らせてやりたくもあるが。そのまま民を味方につけてしまえば、あいつらもお前に手出しがしづらくなるかもしれない」


 ちょっぴり照れたような、しかしどことなく誇らしげな表情で、彼はそんなことを言ってのけた。


「えっと……今度も……冗談じゃなさそうだね」


「ああ」


「シェスターって、意外と過激なところがあるよね……」


「お前がからむと、俺はどうにも冷静でいられなくなるらしい」


「あ、私のせいにした」


 などと言いつつも、嬉しかった。彼と一緒に旅に出たころは、こんなふうにこんなことを話せる日が来るなんて、想像もしていなかったから。


「仕方ないだろう。本当に、お前のせいなのだから」


 そう考えていたのはシェスターも同じだったようで、自然と私たちは、顔を見合わせて笑い合っていた。




 そうして私たちは、あてのない旅に出ることにしたのだった。


 途中の村や町で人々の困りごとを解決してお金をちょこちょこ稼ぎながら、気が向くほうへと進んでいく。そんな、気ままな旅だ。


 もっとも、今までの旅のせいでシェスターがちょっぴり有名人になっていたから、少し変装する必要もあった。


 頭に布を巻いて髪を隠し、服装もより質素なものに変えた彼は、それでもやっぱり格好よかった。


 私も教会からもらった服は脱いで、シェスターと雰囲気をそろえた服に着替えた。かなり地味になったけれど、シェスターとおそろいっぽくなったのは嬉しかった。


 この旅は目的も何もない、というより逃避行みたいなものだったけれど、それはそれで案外楽しかった。ずっとこうしているのもいいなと、そう思えるくらいに。


 ただ、どうにもこの世界は、やっぱり私たちのことを放っておく気がないようだった。




 旅を続けて数か月、ありがたいことに新たな刺客は一度も姿を現さなかった。そんなこともあって、こちらも少しばかり気が緩んでいた。


 聖堂からずっと離れた山奥の村、しかし近くにいい温泉があるとかで意外にも旅人の多い村に、私たちはやってきていたのだった。だって温泉、気になるし。


 村について宿を取り、温泉につかって夕食を取って、とっても満たされた気分でひと息ついていたときのことだった。


「あれ、なんだか外が騒がしくない?」


「確かに。……どんどん人が外に集まっているようだが」


 どうしたのだろうと外に出ると、そこには驚きの光景が広がっていた。


 村の人たちや旅人たちが、みんな顔を上げて北の空を見つめていたのだ。


 そしてそこに広がっていたのは、夜空一面を流れるたくさんの光。


 わあ、流星雨だ。流れ星がぱらぱら、くらいなら見たことがあるけれど、こんなに多くの流星を一度に見たのは、初めてだ。


「……きれい……だね、シェスター」


 思わず、うっとりとした声がもれてしまう。しかし隣のシェスターの顔を見たとたん、またしても大いに驚くことになった。


「……えっ、どうしたの……?」


 彼は顔をこわばらせ、奥歯を食いしばるようにして夜空を、流星を見つめていたのだ。


 驚きながら周囲を見渡し、さらに混乱する。態度がおかしいのはシェスターだけではなく、他の人たちもだったのだ。


 おびえている人、絶望したように青ざめている人。美しい流星雨にはまるで似つかわしくない、おかしな表情が、たくさん並んでいる。


 ぽかんとしていると、シェスターがかがみこみ、私の耳元でささやいた。


「……魔王が、この世界に降り立った。あの光は、その知らせだ」


「……まおう……」


 初めて彼の口からその言葉を聞いたとき、私は笑いをこらえるので必死だった。


 でもこうしてたくさんの人たちが恐怖にわなないているのを見ていると、本当に魔王はいるのかもしれないと、そう思えた。


「逃げるぞ、カレン」


 そして彼は私の手をしっかりと握って、震える声でそう言ったのだった。

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