15.それはあまりに突然で
「はあ、今日も野宿だね。もうすっかり慣れちゃったけど」
夕暮れの山道を、いつものようにシェスターと歩く。この先で崖崩れが起こって道がふさがったとかで、これから片付けにいくのだ。近くの村の人たちが困っていたから、ちょっとした人助けとして。
表向きは、シェスターが岩をせっせと撤去することになっている。でも実際は、私が魔法でどかんとやる。
もちろん、村の人たちにそんなことは言えない。だからあいまいに笑って、ごまかしてきた。
「私が魔法を使えるって公表できれば、もっと楽なのにね。それにしても、魔法は聖女様しか使えないはずなのに……不思議だなあ」
山道のわきにちょうどいい草地があったので、そこに荷物を置く。シェスターもその隣に、荷物を下ろした。
ぐるん。
突然、世界がぐるっと回る。次の瞬間、夕暮れの空が見えた。そして、ひどく引きつったシェスターの顔も。
「……え……?」
これ、どういう状況だろう。ひとまず起き上がろうとしたけれど、動けない。……私、シェスターに押し倒されてる!?
「……シェスター? 何してるの?」
訳も分からないまま尋ねたら、彼は押し殺したような声で、静かに答えた。
「……お前の暗殺命令が、出た」
暗殺命令。さらに混乱してしまって、何も言えない。
「俺は、お前を監視するために同行していた。あのじいさんの命で」
ただ目を丸くする私に、彼は震える声で話し続けている。
「聖女が、降臨した。お前の存在は民を惑わせかねないと、じいさんは判断した」
聖女。ああ、ついにやってきたんだ。でもどうして、私が殺されるの?
「お前はいずれ邪魔になると、あいつはそう踏んでいた。だからお前を消すために、あいつは俺をお前に同行させた」
「まさか、おじいちゃんが、そんな……」
「あいつは食わせ物だって、話しただろう! いつも穏やかに微笑みながら、腹の底ではとんでもないことを考えている! 世界の秩序のためなら、なんだってするんだ!」
信じられなくて首を横に振ると、いつになく激しい声が返ってきた。
「お前と旅に出た直後、やたらと盗賊に襲われただろう。あれも、あいつのたくらみの一つだ」
その言葉に、旅に出た直後の騒動が思い起こされる。
「あいつはあのとき、わざと俺たちを徒歩で移動させた。聖堂からデルの町の間に、ちょうど盗賊たちが多数集まっていたのを知っていて」
あの短い旅のことを思い出して、身震いする。あの二日間は、怖かった。恐ろしかった。何度も死を覚悟した。あれは全部、アルモニックのおじいちゃんが……?
「あのとき、あいつにとってお前は目障りではあるが、積極的に排除するまでもない存在だった」
彼の言葉が、頭を素通りしていく。ショックが大きすぎて、考えがまとまらない。
「だからあいつは、運を天に任せた。盗賊たちがお前を始末してくれる可能性に賭けたんだ」
私の手を押さえていた彼の手が、ゆっくりと外れた。自由になったと思ったのもつかの間、彼のその手は、そのまま私の首元に向かっていった。
「神官騎士は、その任に就くに当たって誓いを立てる。……教会が出した命令には、従わなくてはならない」
彼の指が、私の首にかかる。引き離そうとしたけれど、力の差がありすぎてどうしようもない。
「……頼む、逃げてくれ」
「え、でも」
「早く! もう、自分の手を止められない! 魔法を使ってでも、俺から離れろ!」
「止められないって、どういうこと……?」
彼の動きは、ひどくのろのろとしていた。いつもの彼と、まるで違っていた。その指は、私の首の皮膚に食い込み始めている。
「……この、ペンダントが……俺を縛っている……逆らえないんだ」
私の上にのしかかっているシェスターの首元から、ペンダントが垂れ下がって輝いている。神官騎士としての身分を表すそれは、赤く染まり始めた日を受けてやけにまがまがしく輝いていた。
「じゃあそれ、外しちゃえば!」
「外れないし、壊すこともできない……聖堂でしかるべき儀式を経なければ、ずっと首にかかったままなんだ……」
泣きそうな声で、彼は説明する。けれど私は反対に、怒りと闘志のようなものがめらめらと燃えているのを感じていた。
こんなちっぽけなもののせいで、シェスターが苦しんでいる。こんなのは嫌だ。
だったら、答えは一つだけ。
手を伸ばして、垂れ下がっているペンダントを荒っぽくわしづかみにする。
「こんなもの、なくなっちゃえばいいんだ!」
夕暮れの街道に、ばあん、という大きな音が響き渡った。周囲の森から、たくさんの鳥が飛び立ち……そして、静かになった。
それから少し後。私たちは、草地に座り込んでいた。下ろした荷物の、すぐ横で。
シェスターは魂が抜けたように、あらぬところをぼんやりと見つめていた。
そんな彼をちらりと見て。口を開こうか悩んで。考えて。迷って。
「……ごめん」
ついに、そんな言葉をしぼり出す。シェスターがのろのろとこちらを見て、短く言った。
「何を、謝る」
「頭に血が上ってたせいで……ペンダント、壊しちゃった。考えてみれば、鎖を切って引きはがせばよかったんだよね」
さっきは、とにかく頭に来ていた。シェスターになんてことをさせるんだと、彼はこんなに苦しそうなのにひどいと、そんな思いで頭がいっぱいだった。
だから、とにかく盛大にぶっ壊してやろうと思ったのだ。私の手の中で、ペンダントは大きな音を立て、文字通り粉々になっていた。どうやっても、修復なんてできないくらいに。
「あのペンダントは、あなたが神官騎士だっていう証なんだし……」
「別に、構わない。なくなってせいせいした」
そう答えるシェスターの声には、強がっているような響きはみじんもなかった。
「でも、もしかしたら……あなたが何か、罰を受けるとか……教会から追い出されるとか……」
「そうだな。これで俺は、もう神官騎士ではなくなった。教会と縁が切れてよかったと、そう思っている」
彼は、いっそ奇妙なくらいにさばさばしてしまっている。そのことが不思議に思えて、おそるおそる尋ねる。
「ねえ、シェスター。一つ、聞いていい?」
「なんだ」
「シェスターは、どうして神官騎士になったの……?」
こんな踏み入ったこと、聞いていいのかな。そんな私のとまどいを打ち砕くように、彼は淡々と答えてくれた。
「単に、他に道がなかっただけだ。俺は狩人の子としてあの山小屋で生まれ育ったが、災害で両親を亡くし教会に保護された」
その言葉に、大いに納得する。私が魔法を練習している間、彼は幾度となく獣を狩ってきてくれた。それに熊退治のときも、やけに熊の習性にくわしかった。その理由が、やっと分かった。
「山暮らしのおかげで体が強かったから、神官騎士になるべく鍛えられた。そこに、俺の意志はなかった」
しかし彼は、あまりにも自然に、あっさりとそんなことを口にする。その平然とした物言いに、逆に胸がぎゅっと苦しくなった。
「しかしそうやって教会の一員となったことで、どんどん見たくもないものを、暗い世界を目にするはめになって……嫌気が差した」
シェスターは、まっすぐな人だ。純粋な人、と言ってもいいのかもしれない。ずっと一緒に旅をしているうちに、そう感じるようになった。
そんな彼にとって、組織の裏側とかそういうどろどろした世界は、耐え難かったのかもしれない。
「自然と、上への態度も従順とは言いがたいものになり、気づけば俺は教会の鼻つまみ者になっていた」
そこまで言ったところで、ふと彼は言葉を途切れさせた。
「……メルヴィルはそんな俺を、いつも気にかけてくれていたよ。あいつは強い。剣の腕も、心も」
メルヴィルさん。ちょっと暑苦しいあの人は、自分の居場所に苦しんでいたシェスターにとっては、救いのようなものになっていたんだろうな。そんな気がした。
そんなことを考えていたら、シェスターがこちらに向き直った。
「たぶん俺は、お前の境遇に自分を重ねて見ていたんだろうな。生きるも死ぬも、教会の連中の思惑一つで決まってしまう、そんな者同士」
そのきれいな紫の目は、悲しくなるくらいに澄み切っていた。
「だから自然とお前に肩入れして……教会の命令に逆らってでも、お前に生きていてほしいと、そう願うようになったんだろう」
そう話すシェスターの横顔は、ひどく寂しげだった。そんな彼のそばまでにじり寄っていって、そっと肩に手を置く。
「これからは、自由だよ。私たち、二人とも」
「……そう、か」
シェスターの声が、震えていた。彼はうつむいたまま、じっと動かずにいる。
自然と、体が動いていた。
今度は両腕を伸ばして、彼の頭を抱きしめた。守るように、いたわるように。
言いたいことが、たくさんあるような気がした。でもどれ一つとして、うまく言葉になってはくれなかった。だから思いのひとかけらだけでも、こうやって伝えたい。そう思った。
彼はやはり何も言わないまま、ただ私の肩に額を載せていた。




