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13.小さな世直し

「ふう……」


「どうした、まだ落ち込んでいるのか」


 熊退治を終え、山を越え。次の町が見えてきたところで、シェスターがふとそう尋ねてきた。


「落ち込んでいる……というか、もやもやしてるだけ。力を手に入れたのはいいけれど……実際使ってみると、なんだかこう……」


 熊のことは仕方なかったし、みんなにも喜んでもらえた。そう自分に言い聞かせてみたものの、一向に気分は上向いてくれなかった。むしろ、後悔に近いような思いが胸の中で渦巻いているようにすら思えた。


 そんな気持ちをうまく言葉にできずに口ごもっていたら、彼が静かに言った。


「そういうものだ。じきに慣れる」


 ぴたりと立ち止まった彼は、しかしこちらを振り返らなかった。


「……俺も、初めて人を斬ったときはしばらくうなされた」


 淡々とした短い言葉に、何も言えない。そうだ、彼は私より、もっと厳しい世界を知っているんだ。


「それに……お前は俺の力になるために、魔法の腕を磨いてくれた。そのことには感謝する」


 まるで私が立ちすくんだのを見ているかのように、彼の声が柔らかくなる。


「最初俺は、一人で山道の様子を見にいくつもりだった」


 やはり前だけを向いたまま、彼は語る。


「熊の大きさによっては、逆に衛兵たちが危険にさらされかねない。俺は山にも慣れているから、偵察くらいはできる」


 身動きすら忘れて、彼の言葉に耳を傾けた。


「だがあの熊は、予想していたよりずっと大きかった。あれと真正面から遭遇していたなら、逃げてくるだけでも相当骨が折れただろう」


 そこまで語ったところで、ふっと彼は言葉を切る。それからゆっくりと、こちらを振り向いた。その紫の目が一瞬私をとらえて、それからそっとそらされる。


「だからお前は、確かに俺の力になってくれたんだ」


 彼の顔は、いつもと同じ落ち着いた無表情のようにも見えた。でも気のせいか、ほんの少しだけ切なげに目を細めているような。


 ぽかんとしたまま、彼に見とれる。やがて勝手に、言葉がこぼれ出た。


「……うん。ありがとう。元気出た」


 普段は無口な、というか無愛想なシェスターの言葉は、すとんと胸の奥まで落ちてきた。こんな短い励ましの言葉が、こんなに嬉しく感じられるなんて、今までなかった。


 しかし彼は無言で、とまどい気味の視線を向けてくる。にっこりと大きく笑いかけたら、ようやくほっとしたように息を吐いていた。




 それから私たちは、旅の合間にちょっとした人助けをして回るようになっていた。といっても、他に人目のないところで存分に暴れられるような、そんな件についてのみ。


 例えば、崖崩れで埋まった山道の土砂をどかすとか、野山で暴れている獣を退治するとか、そういったものだ。


 ちなみに、その手柄は当然ながらシェスターのもの。私は目立ってはいけないから、どうしてもこうなる。


「それにしても、盗賊が多いね?」


 草原の中の街道を並んで歩きながら、そんなことをつぶやく。


 つい半月ほど前、通りがかった村の人たちに頼まれて、山のとりでにこもっている盗賊をぶちのめした。


 シェスターが一人で突っ込んでいって、私は物陰に隠れて盗賊たちの装備をばんばん破壊していったのだ。といっても、武器が消し飛んだところでみんなうろたえまくってたけど。


 頭っぽい人がそれでも抵抗を続けていたので、服から何から吹っ飛ばして、丸裸にしてやった。それも、体には傷一つつけずに。頑張った、私。


 そうしたら、盗賊たちはなぜかシェスターにひれ伏し、降伏したのだった。物陰で笑いをこらえるのが大変だったなあ、あれは。


 で、村の人たちに大いに感謝されて、また旅を再開した。するとじきに、また別の盗賊たちに襲われた。最初は、前の盗賊たちの残党か何かかなと思ったのだけど、違った。まあ、こちらも遠慮なく叩きのめしたけど。


「そろそろ、魔王の降臨も近いと噂されているからな……そうなるとどうしても、人心は乱れる。去年は近年まれにみる凶作だったから、食い詰めた者たちが賊に身を落としているのだろう」


 ふんふん、農作物が取れなくて飢えたから、盗賊に……って、今シェスター、なんだか妙なこと、言ってなかった?


「ちょっと待って、魔王がやってくるって、噂になってるの?」


 というか、そういえば魔王について何も知らなかった。私は聖女じゃないんだし、特に知る必要もないと思っていたから。


「ああ。魔王は大体十年から数十年に一度くらいの周期でやってくる。神官たちは、ある程度正確に予測できるんだが……平民たちはそのすべを知らない」


 そう話すシェスターは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


「ただ彼らは彼らで、代々魔王のことを語り継いでいて、その情報をもとになんとなく魔王の出現を予測している、らしい」


 ……魔王って言葉からイメージしてたのと、ちょっと違うかも。村人たちが魔王の出現タイミングをなんとなく予測できているって……うーん。魔王ってこう、もっと神出鬼没なものだと思ってた。


「しかし、すっかり人助けも板についたな?」


 首をかしげていたら、シェスターが話題を変えてきた。さっきとは違い、ちょっぴりおかしそうな表情で。


「そうだね。みんなが喜んでくれるのはやっぱり嬉しいし、それに」


 そこで言葉を切って、隣のシェスターの顔をのぞき込む。というか、見上げる。


「……私が頑張らないと、あなたが無理に頑張っちゃいそうだから」


 そのまま、にいっと意味ありげに笑ってみせる。


「シェスター、意外とお人好しだもんね」


 すると彼は、ぐっと眉間にしわを寄せた。たぶん動揺してるね、これ。


「何を根拠に」


「だって私のこと、見捨てなかったもの。聖堂からのとんでもない旅の間も、それからも。魔法を練習したいなんていうわがままにも付き合ってくれたし。あの熊のときだって、最初は一人で見にいくつもりだったって、そう言ってたでしょ」


 一つ一つ挙げていったら、シェスターがぷいと顔をそらした。照れてるな、これ。


「でもね、おかげで一つ、いいこともあったんだ」


「感謝されること、以外にか?」


「うん。私、もっと魔法の扱いがうまくなったんだよ。気づかなかった?」


 胸を張ってそう主張したら、シェスターは小首をかしげて考え込んでしまった。


「言われてみれば、そんな気も……」


「あ、見てなかったんだ……」


 ちょっぴり残念に思いつつ、さらに言い立ててみる。


「ほら、こないだの盗賊退治のとき。私が魔法を使ってるなんて、誰も気づいていなかったでしょう?」


 そうしたら、シェスターがふっと息を吐く音がした。不思議に思って彼の顔をよくよく観察してみたら……あ、笑ってる。


「……冗談だ。お前が上達していることは、疑いようもない」


「ひどい!」


 声を張り上げたら、シェスターが無言で肩を震わせていた。




 そんなことを話しながら、また次の町にたどり着く。そこの施設でも、教会の人が穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。


 いつものようにせっせと聖女の記録を書き写していたら、背後で教会の人が楽しそうに言った。


「ところで、あなたのことが噂になっていますよ。……ずいぶんと徳を積まれたのですね、シェスター殿」


「噂、だと……?」


 短く尋ねるシェスターの声は、明らかに動揺していた。


「ええ。『人々の危機に現れ、救いの手を差し伸べる救国の騎士』、民はそのようにささやきあっております」


「いや、俺は、そのような……」


「謙遜なさらないでください、シェスター殿。私は今日、あなたとお会いできたことを喜ばしく思います」


 次々と投げかけられる褒め言葉の数々に、シェスターが黙り込んだ。


 わわ、今絶対、シェスターが私をにらんでる。いや……恨めしい目で見ている、が正解かも。


 必死に笑いをこらえつつ、知らん顔で記録を写し取り続けた。この日のメモの字は、あちこちがぷるぷると揺れていた。

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