表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/30

12.力の使いどころ

 そんなこんなで、どうにかこうにか爆発の魔法をきちんと使えるようになった私。これで、今までよりずっと安全に旅ができるはず。


 というわけで、私たちは改めて聖女の記録を集める旅に出た。


 しかし神様が嫌がらせをしているのかって思いたくなるくらいに、次々と妙な事態に巻き込まれてしまったのだった。




「この先の山道に、熊が出た?」


 北にある町を目指して突き進んでいる途中、山間の村でそんなことを告げられた。


「そうなんだ。肉の味を覚えた、凶暴なやつなんだよ」


「体も大きくて、毎日山をうろついてるんだ。恐ろしくて、山に出られやしない」


「退治してくれって、狩人たちに頼んではみたんだが……狩人たちが言うには、南の町にいる衛兵の手を借りないと無理らしいんだ」


「で、衛兵をよこしてくれって連絡を町に出して、昨日返事が来たところ」


「衛兵は来てくれることになったけど……無事に熊が退治されて、山を越えられるようになるまで……早くて十日……いや、半月はかかるかな? 下手すると、一か月だな」


 大いに困り果てた様子の村人たちが、口々にそんなことを言っている。流れるような語り口調からすると、この説明をするのは初めてではなさそうだ。


 どうやら私たちの前にも、こうやって旅人が来て、そしてあきらめて回れ右していったっぽい。まあ、こんな何もないところで延々と足止めを食うくらいなら、別のルートを探すか、南の町に引き返して待機するのが普通だろう。


 でも私は、ちょっとだけ違うことを考えていた。


 村人たちに礼を言って、いったん村の入り口のほうに歩いていく。シェスターと二人きりになったところで、小声でささやいた。


「……山道、行くだけ行ってみない? 必ず熊に出会うとも限らないんだし」


 この村は見事なまでの田舎で、長く滞在するには向かない。それに教会の施設がないから、旅の資金も補充できないし。


 かといって、来た道を戻るのも面倒くさい。だったら、いちかばちか前進してみるのもありだと思う。


 ……それに、もしかしたら私たちの力で、熊をなんとかできるかもしれない。そうすれば、私たちだけでなくみんな助かるし。そんな思惑も、実のところあるにはあった。


 どう考えても無謀そのものの私の提案を、しかしシェスターは真面目に受け取ってくれているようだった。


「確かに、それができれば一番だ。しかし、肉を食べる熊は通常のものより体も大きく、人を見かけると積極的に襲ってくる傾向にあるが……」


 大丈夫か? と彼は視線だけで訴えてくる。


「そ、それでも、一応。ほら、今は私も役に立てるし」


 これが、今回私がこんなことを言い出した根拠だ。大岩を粉砕できる私の魔法があれば、熊なんて恐れるに足らず……! は言い過ぎとしても、それなりの戦力にはなれるはず。


「あ、でもシェスターが危険だって判断するなら、止めておく。専門家の言うことは聞いておかないと、だもんね」


 戦いのことについて、私は全くのど素人だ。初心者が好き勝手にうろちょろするとろくなことにならないし、彼の言うことを聞いておこう。


「……専門家、か」


 私のそんな言葉を聞いた彼は、ふっと笑った。それも、どことなく寂しげに。


 普段と違うその表情に思わず見とれていると、彼はまたいつも通りの冷静な雰囲気に戻って言った。


「ならば、一度山に向かってみよう。いきなり山道を突破するのではなく、様子見として」


 割とすんなりお願いが通ったことに驚きつつ、こくこくとうなずく。


「どのみち、衛兵たちが到着して熊退治が始まるまでは時間がある。その間の暇つぶし代わり、くらいの感覚でいこう。だめでもともと、というやつだ」


 暇つぶし。彼の口からそんな言葉が出てきたことに、またしてもちょっと驚いた。


 もしかしてこれは……私が気負いすぎないよう、気遣ってくれてる? なんとなくだけど、そんな気がする。


「ただし、山に入ったら気は抜くな。俺から離れず、俺の指示に従え。いいな」


 そんなことを考えていたら、今度はびしりと厳しい言葉が飛んでくる。


「分かりました、先生!」


 ついうっかり、そんな返事をしてしまった。あ、しまった、やっちゃった。学校の先生を間違って「お母さん」って呼んじゃう、あんな感じのミスを。


「うわっ、今のは、えっと、ちょっと間違えただけで!」


 あわててぶんぶんと首を横に振ったら、ふっという息の音が聞こえてきた。思わずそちらを見ると、シェスターは口元に手を当てて、肩を震わせて……笑いをこらえていた。


 その笑顔は、思いのほかあどけない……というか、ひどく目を引きつけるもので……いつの間にか私は、彼の顔をまじまじと見つめてしまっていた。


 私のそんな視線に気づいたのだろう、シェスターがはっと目を見張る。そうして、ぷいとこちらに背を向けてしまった。


「……ともかく、行くぞ」


 その声がいつも以上に無愛想だったのは、たぶん照れ隠しだったのだろうなと、なぜかそう確信できてしまった。




 それから私たちは、準備を整えて山に入った。村の人たちの心配そうな視線に見送られて。


 で、熊うんぬんは、あまりにもあっさりと片付いてしまった。


 うっかり落ちないよう気をつけながら、二人並んで崖の下を見つめる。谷底の小川のほとりに、黒くて大きな塊が落ちている。


「あの体格、聞いていた熊と一致するな。さて、あとはこの状況をどうごまかすか、だが……」


「突然崖が崩れました、じゃだめかな?」


「まあ、それしかなさそうだな」


 私たちが山に入ってすぐ、細い山道に差しかかったところで、いきなり向こうから熊が走ってきたのだ。その迫力にびっくりした私が、うっかり全力で魔法を使ってしまった。


 その結果、熊の足元の地面がごそっと弾け飛び……熊は粉砕された地面と一緒に、道の脇の崖を転げ落ちていったのだった。で、そのまま動かなくなった。


 直接手を下してはいないとはいえ、私のせいであの熊は死んだ。遥か下の黒い塊を見ていると、嫌でもそう実感してしまう。ずうんと気分が沈んでしまって、ぐっとこぶしを握った。


 もしかしたら、みんなを困らせる熊をどうにかできるかもしれない。そんな考えが、いかに軽かったのか思い知らされた。ずっと前、盗賊たちに追い回されて、戦うことの意味と怖さは思い知っていたはずなのに。


 下を見たまま唇を噛みしめていたら、肩にそっと手が置かれる感触があった。


「……いずれあの熊は、退治されることになっていた。犠牲もなく倒せたのは、間違いなくお前の功績だ、カレン」


「……うん」


 彼がそうやって励ましてくれたのは嬉しかったけど、それでもやっぱり心は晴れなかった。


「……でも、道ごと壊しちゃったし……」


 焦っていたせいで、手加減ができなかった。私たちのすぐ前で細い山道は崩れ、途切れてしまっている。


「あれくらいなら、じきに修復できる。丸太を渡せば、仮の道ができるからな」


「そうだね……」


 まだ落ち込んでしまったままの私の手を引いて、シェスターはゆっくりと歩き出す。私の歩調に合わせて、村に向かって、ゆっくりと。




 村に戻り、あの熊を倒したとシェスターが村の人たちに報告したとたん、人々は一気にざわめき立った。


 そうして数人が山に走っていき、しばらくして戻ってきた。本当だ、こちらの方々が熊を退治してくださったぞと、そう叫びながら。


 村の人たちは、それはもう喜んでくれた。地盤の緩んでいたところに熊を誘導しただけで、自分たちは大したことはしていないとシェスターが説明しても、「それでもあなた方のおかげです」と、村の人たちの喜びっぷりは少しも変わらなかった。


 とはいえ、あの道を仮復旧しなくてはならない。結局私とシェスターは、その日その村に泊まることになった。


 というより、村の人たちが「お礼がしたいので、ぜひ今晩はこちらに滞在してください」と言い張ったのだ。そうして、村長の家に引きずり込まれた。


 どうにも居心地の悪いものを感じながら、それでも懸命にいつも通りの態度を装う。シェスターはいつも以上の仏頂面で、村の人たちの質問攻めをかわしていた。


 私、いいことをしたんだとは思う。でももっと、力の使い方を考えないといけないなと、そう思った。そのために、力を制御する練習を積んだのだから。


 村の人たちの心づくしの料理を食べながら、気づかれないようにこっそりため息をついた。隣のシェスターは、何も言わずにそっと私を横目で見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ