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11.森の中の猛特訓

「えーっと、こうかな?」


 ぼがん。


「どうせなら、もうちょっと粉々にできたほうが危なくないかも?」


 どごん。


 シェスターが教えてくれた山奥の小屋の近く、小川のほとりで、私はせっせと小石を爆破していた。


 できるだけ大きな音を立てないように、またできるだけ破片が飛び散らないように、かつ必要に応じて威力を調節できるように、ひたすら練習だ。我ながら注文が多いなとは思うけれど、どうせなら便利に使えるところまで極めたい。


 ただこうやって魔法を連発しているうちに、色々と分かってきたこともあった。


 この魔法、正直言ってやっぱり結構危険だ。何も考えずにぶちかますのは割と簡単だったりするから、余計にたちが悪い。


 試しに、この小川にきてすぐ、川辺の大岩を爆破してみた。そうしたら、あっさり成功した。そこまではいい。


 ……でもその結果、耳が痛くなるくらいの爆音がしたし、砕けた岩があちこちに飛び散って……大変だった。岩が小川にばしゃばしゃと落ちて、ものすごい水しぶきが立って……。


 シェスターを助けたときは、うまい具合に大岩が粉々になってくれた。けれどもし、あそこで中途半端に大岩が砕けていたら。考えただけで、ぞっとする。


 だから私は、この力を使いこなしてやるんだ。そうでないと、恐ろしくてうかつに使えない。


「……精が出るな」


「あ、シェスター」


 なおもばかんばかんと小石を爆破していたら、微妙な表情のシェスターが森の中から歩いてきた。


「昼食ができたぞ。腹が減っているだろう」


 彼の言葉に合わせるように、私のお腹がくうと鳴る。あわててお腹を押さえると、シェスターは笑いをこらえたような声で言った。


「俺には、魔法というものはよく分からんが……どうやら、かなり腹が減るみたいだな」


「うん、そうなんだ……たっぷり食べたはずなのに、魔法を使ってるとお腹がぺったんこになってて……」


 この山小屋で暮らすようになってから、はや一週間。その間私は、いまだかつてない勢いで食べまくっていた。ろくに運動もしていないのに、シェスターと同じくらい食べてしまっている。


 今のところ服はきつくなっていないし、太ってはいないと思うけれど……体重計、欲しいなあ……。


 とはいえ、食欲には勝てない。いいや、魔法をマスターしたらまた旅に出れば、たくさん歩くから勝手に痩せるはずだし。


 シェスターのあとに続いて、浮かれた足取りで山小屋に戻る。扉を開けると、真ん中の囲炉裏いろりで鍋がぐつぐつと煮えていた。


 すっごくいい匂い。ああ、またお腹が鳴った……。


 入り口で靴を脱いで板の間に上がり込み、鍋をのぞき込む。そこにどっさりと入っていた具材を見て、ちょっと身構えた。


「キノコ鍋……」


「それに、猪肉と野生の香草も入っている。栄養も食べ応えも抜群だ」


「うん、それはすっごく分かる。とってもおいしそう。でもキノコって、素人が扱っていいものじゃないような……」


 毒キノコと食べられるキノコの判別って、恐ろしく難しいって聞いた気がする。専門家以外は手出しするべからず、のレベルで。


 そろそろとシェスターを見上げると、彼は心底不本意そうな顔でにらみ返してきた。


「このキノコは散々食べてきた。今さら、毒キノコと間違えはしない」


「そっか……じゃあ、信じてみる。ちょっと怖いけど」


 そんなことを話しながら、囲炉裏のそばに腰を下ろす。シェスターが器によそってくれたキノコ鍋を、一口すすって……。


「うわあ、すっごくおいしい……」


 思わず顔がとろけてへにゃりとなっている私に、シェスターが自慢げな笑みを向けてくる。


 この山小屋は、魔法を使っても大丈夫なくらいに人里と離れている。当然、食料のほとんどは現地調達だ。


 にもかかわらず、シェスターはこんなふうにたくさんの食べ物を見つけてくるのだ。肉に魚に野草に果物にキノコ、そういったものを。


 パンとか小麦とかお米こそないものの、おかげでかなり豊かな食生活を満喫できていた。サバイバル飯……というより、キャンプ飯に近いかも。


 しばらく我を忘れて鍋をかっこみ、人心地ついたところで山小屋の中を見渡す。


「それにしても、ここって古そうなのにしっかりしてるよね。家具はろくにないけど、炊事の道具はそろってるし。というか、囲炉裏って……珍しくない?」


 彼に案内されてたどり着いたこの小屋は、ちょっと変わっていた。がらんとしていてろくに家具はない。でもかまどやら水がめやらはきちんと使える。


 それはそうとして、囲炉裏がどうにも奇妙だ。これ、この世界の文化のものじゃないような……とすると、またしても聖女に関する何かだったり?


「俺も、ここ以外であれを見たことはない」


「それにしては、器用に使いこなしてるよね?」


 というか、私も囲炉裏の使い方なんて知らない。けれどシェスターは、手慣れた仕草で火をおこし、ぱっぱと食事の支度を整えてくれたのだ。以来、ここでは彼がずっと食事係を務めてくれている。


 もちろん、私も可能な限り手伝ってはいる。森の中の枯れ木を見つけたら、爆発の魔法を使って適当に砕き、たきつけにしているのだ。……こっちはこっちで、粉々にしないよう注意するのが大変だけど。


「……昔、俺はここに住んでいた。もっとも、まだ小さな子どものころのことだが」


 囲炉裏のそばの床に立膝で座り込んだシェスターが、ふっと目を伏せてつぶやいた。なるほど、それなら彼がここのことを知っていたこともうなずける……って、そうじゃなくて!


「ここ、シェスターの家だったの!?」


「といっても、そう長くは暮らしていなかったが」


 そうしてそのまま、彼は口を閉ざしてしまう。……どうやら、突っ込まれたことを聞かれたくはないみたい。


 だったら、私のやるべきことは一つ。空になったお椀を置いて、勢いよく立ち上がる。


「さってと、お腹もいっぱいになったし、また練習にいってくる! 毎回悪いんだけど、後片付け、お願いね!」


「ああ、任された。お前は気兼ねなく、魔法に集中しろ。あまり長くここに留まっていては、誰かに見つかってしまう可能性も上がるからな」


 シェスターの言うとおり、あんまりだらだらと練習を続けていると、そのうち噂になってしまうかもしれない。「最近山奥のほうから、おかしな音がやたらと聞こえてきてのう……」とか、そんな感じで。


 そしてそういう噂には、怖いもの見たさにやってくる向こう見ずがもれなくセットでついてくる。こう……わざわざ心霊スポットを訪ねていくような連中と、おんなじ感じの。


 だからそんなことになる前に魔法をきっちり使いこなせるようになって、ここを離れるしかない。


「小石なら、かなりいい感じに爆破できるようになったんだけど……」


 片手で握りこめるくらいの小石なら、ほぼ音をさせずに、一瞬で粉末状にすることができるようになっていた。……もちろん、握力でどうにかしたわけではないので、念のため。


「もっと大きなものも、同じように爆破できるようになりたいんだよね……」


 すぐ近くにあった岩、ちょうど私の身長くらいのそれに向かって魔法を使ってみる。どごん、という大きな音がして、岩は真っ二つに割れた。


「壊せたけど……こうじゃないっていうか……」


 割れた片割れに近づいて、もう一度爆発の魔法を、と。そうしたら今度は、こぶし大の石がばらばらと足元に転がり落ちた。ううん、どうにもはかばかしくない。


「どうして、うまくいかないんだろう? 私、ぶっつけ本番は苦手なはずなんだけど」


 シェスターを助けた、あのとき。それに、盗賊たちに追い詰められたあのとき。


 どちらも、私は無意識のうちに爆発の魔法を使っていた。大岩は粉々になり、盗賊たちの装備は爽快な音を立てつつきれいに弾け飛び、その結果、怪我人を出さずに難局を乗り切れた。


 あの感じをいつでも再現できるようになりたい。少なくとも、爆破するたびに岩やら石やらがごろごろばらばらと降ってくるのは、間違いなく危険だ。


「シェスターのときと、盗賊のとき。どちらも、破片は粉々になった。あんな感じにしたいんだけどなあ……」


 元大岩の前で腕組みをして、ぶつぶつとつぶやく。そうしたら、いきなり背後から声がした。


「他人がいたかどうか、も関係あるのでは?」


「ひゃっ、びっくりした! 考え事の最中に、いきなり話しかけないでよ」


 飛び上がりながら振り返ると、顔をしかめたシェスターと目が合った。


「疑問に思っているようだったから、答えたまでだ。ずいぶんと大きな独り言だったな」


「もう、聞いてたんだ……恥ずかしいなあ……それより、他人って?」


「ああ。お前は盗賊を追い払いたいと望み、しかしあいつらを傷つけることは望まなかった。だからこそ、ああいった形での爆発になったのでは?」


「そう……かも。あなたを守ろうとしたときも、どうにかして守らなくちゃって、とにかく必死で……」


 言われてみれば、そんな気もする。これって、いいヒントかも!


「となると……『そこに誰かがいる』ってイメージしながら練習すればいいのかなあ?」


 そう答えて、さっそくやってみる。すぐそばの小ぶりの岩に狙いを定めて、そのそばに誰かが立っているのを想像して……爆破!


「あ」


「失敗か?」


「……うん」


 その岩は爆散し、小石が勢いよく飛び散った。想像の中の誰かが実在していたら、間違いなく大怪我だ。


「やっぱり、簡単にはいかないね。まだまだまだまだ、頑張らないと」


 そうつぶやいてため息をつき、手頃な岩を探そうときょろきょろする。するとシェスターが、近くにある岩のそばまで歩いていった。


「この岩で試してみろ」


「え、でもそれだとあなたが危ないよ?」


「構わん。もしお前がしくじったら、破片は自力でかわす」


 シェスターは真顔で、そんなことを言っている。ええと、これって……実戦訓練的な……?


「どうした、早くしろ。あまりここに長居できないのは、お前も分かっているだろう」


 そしてこちらは、スパルタ教官的な。その剣幕に恐れをなしつつ、思いっきり手加減して岩を爆破する。


「……よけるも何も、岩が静かにまっぷたつになっただけだな。これでは練習にならない。本気を出せ、カレン」


 それから彼は、びしばしと私をしごき始めたのだった。最初こそ抵抗していたものの、彼の剣幕に押されて、言われるがまま魔法を使い続け……。


「疲れた……すっごく疲れた……」


「だが、制御は明らかに上達した。荒療治が功を奏したな」


 夕暮れ時、私は川原にへたり込んでぐったりしていた。川原のあちこちには、奇妙な砂の山がたくさんできている。アリ塚の群れか、もしくは前衛アートみたいな感じの光景だ。


 シェスターはひどかった。岩から十分に距離を取っていて、これなら安心できるなと思いつつ私が魔法を使おうとした、まさにそのタイミングで岩に近づくという、最悪のフェイントを何度も仕掛けてきたのだ。


 幸い、怪我はさせずに済んだし、おかげで魔法の制御もうまくなったけど、すっごく肝が冷えた。今私がぐったりしているのは、半分以上心労のせいだ。


 と、シェスターが歩み寄ってきて、手を差し伸べてきた。


「ほら、そろそろ小屋に戻るぞ。食材の下ごしらえは済ませてあるから、あとは焼くだけだ。今晩は猪肉の香草焼きだ、しっかり食べて疲れを取れ」


「えっ、焼き肉? やったあ!」


 疲れていたことも忘れて、ぴょんと立ち上がってしまう。そんな私を見て、シェスターは必死に笑いを噛み殺しているようだった。

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