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1.聖女は舞い降りる?

 なぜか、空中をふわふわと漂う私。まばゆい光の中を、ゆっくりと舞い降りていて。


 えっと……何だろ、この状況。


 やがて、光が薄れてきた。真下には……石の舞台、かな? すぐ隣には同じような色合いの、石の建物がある。どちらも中世のヨーロッパ風の、重厚なものだ。


 石の舞台を取り囲むようにして、ものすごくたくさんの人たちが集まっていた。なんだか、お祭りみたい。


 そしてその舞台の周辺は、何もないただの原っぱだった。きょろきょろしてみたけれど、他に建物らしきものは見えない。ものすごいど田舎? どこなんだろう、ここ。


 あれ、そもそも私、どうしてここにいるんだっけ?


 現実感ゼロのふわふわ落下を続けながら、記憶をたどってみる。


 ええと、確か……予備校の帰りに一人で歩いていたんだった。まだ高二とはいえ、期末試験は手が抜けないから、ちょっと気合を入れて自習していたら、帰りが遅くなってしまった。


 寒風が吹く中、人気のない住宅街をそそくさと歩いていたら、何もないところでつまずいて派手に転んで……確か、脇の細い路地に転がり込んだような?


 で、気づいたらこうやって空に浮かんでたんだった。ああ、納得。


 って、納得してる場合じゃない。どう考えてもおかしいよね。夢でも見てるのかな、私。


 あ、そうだ。きっと私は転んだ時に頭を打って気絶して、発見が遅れて風邪引いて、熱を出して家のベッドで寝込んでるんだ! そうに違いない。つまりこれって、夢だ!


 でも、夢ならもっと楽しいのがよかったな。ただ落ちてるよりも、空を飛ぶほうが楽しそう。


 あとはごちそうを食べる夢もいいし、みんなで有名テーマパークを貸しきる夢とか、芸能人と一緒に写真を撮ってる夢とかもいいなあ。


 ……頑張ったら、飛べないかな。両手を広げてばたばたしてみたけれど、だめだった。残念。


 なんてことを考えている間に、私はかなり下のほうまで降りてきていた。


 そうして、ふわりと石の舞台に着地したとたん。


 うおおおおおおおお!!


 聞いたこともないような歓声が、辺りからわき起こった。うわ、耳がびりびりする!


 石の舞台を取り囲んでいる、何百……何千? もの人たちが、いかにも拝んでますよ! って感じのポーズでひざをついて、わあわあ叫んでいるのだ。


「あのー、すみません……」


 夢であっても、この状況は嫌だ。訳も分からないままたくさんの人に囲まれて叫ばれる。ちょっとしたイジメにあっている気分かも。


 一生懸命声を張り上げて、周りの人に尋ねてみる。でも、誰も聞いてない。ただ叫ぶだけ。


「どうして叫んでるのか、教えてもらえると嬉しいな、って……」


 これ、悪夢だ。早く覚めて欲しい。


 ほっぺたをつねったら、普通に痛かった。


「困ったなあ……」


 そんな私の声も、やはり叫び声にかき消されていくだけだった。




 それから少しあと、私は石の舞台の隣にある建物の中にいた。教室くらいの大きさの、お城みたいな雰囲気の部屋だ。


「ようこそいらっしゃいました、聖女様。わたくしたちの声に応えてくださり、ありがとうございます」


 ずるずると長いローブ? ガウン? みたいな服を着た優しそうなおじいちゃんが、おっとりと微笑みかけてくる。びっしりと刺繍がしてあって、重たそうな服だ。そして高価そう。世界史の資料集で、こんな感じの服を見たことがあるような気がしてならない。


 舞台の上でひとりおろおろしていた私を、この小柄なおじいちゃんがここまで案内してくれたのだ。用意してあった豪華な椅子に座って、ようやく一息つく。


 ああ、やっと話の通じる人がいた……って、そうじゃない! 今、おじいちゃん、なんて言った!?


「……聖女様って、私のこと?」


 ひざの上でそろえた手をもぞもぞと動かしながら、そっと尋ねてみた。するとおじいちゃんは、さらににこやかに即答した。


「ええ、まぎれもなくあなたが聖女様でございます」


 この部屋の壁際には、おじいちゃんの他にも数人、同じような格好をした人がいる。その人たちがおじいちゃんの言葉に合わせて、笑顔で力いっぱいうなずいた。


 ……外の舞台の人たちも怖かったけれど、この人たちもちょっと気味が悪いかも。


「聖女って……何かの間違いだと思うんだけど……」


 そもそも聖女って、何なのかなあ。というかここって、服装とか建物とか、みんな洋風だし……そういう設定の夢?


「間違いではございません。わたくしはアルモニック・デュー。神官長を務めております。こちらに控えている者たちも、みな神官にございます」


 神官……神父さんとは違うよね。神主……はもっと違うか。


「先ほどわたくしたちが執り行った儀式により、あなたがこの世界に降臨なされたのです。カリン・ハヤカワ様」


 ぼんやりと適当なことを考えていたら、いきなり我に返るはめになった。ちょっと待って、誰それ。


「カリン・ハヤカワ?」


「はい。聖女召喚の儀に先立って天が我らに下されし、聖女様の御名にございます」


 ち、違う違う! 私、そんな名前じゃない!


 さらに訳が分からなくなっちゃったけれど、間違いは早めに修正しておくべきだよね。放っておくと、余計にめちゃくちゃになるし。


「それ、私の名前じゃないです。私、千早川ちはやがわ佳蓮かれんっていいます!」


 私が名乗ると、おじいちゃんの顔がすうっとこわばった。怒られる! って反射的に思ったけれど、違う気もする。うーん、どっちかっていうと混乱してるのかな?


 おじいちゃんと、その後ろの神官さんたちがひそひそこそこそと話し合い始めた。みんな、とっても真剣な顔だ。


 することのない私は、ひとり黙って別のことを考える。


 ええっと、聖女の名前がカリン・ハヤカワで、私の名前は千早川佳蓮。ここでの呼び方だと、カレン・チハヤガワになるのかな。


 わあ、音だけなら結構似ている。どういう流れでそうなったのかは分からないけれど、たぶんこれ人違いだ。やっぱり私、聖女じゃなかったよ。あれだけ大騒ぎされて何だけど。


 夢の中であっても、こういう居心地の悪さというか、いたたまれなさというか、そういうのは同じなんだね。うう。


 さっさと目を覚まそう。って、どうやったらいいのかな。もう一度頬をつねって、意味もなく首をぶんぶんと振ってみたり。うん、だめだ。


「あの、ちょっと……いいですか?」


 顔を突き合わせて相談し合っているおじいちゃんたちに呼びかけると、全員が一斉にこっちを見た。ちょっと怖い。


「私、聖女とかいうやつじゃないみたいなんで……もう、帰ってもいいですよね。ただ、帰り方が分からなくて。教えてもらえると、嬉しいなあって……」


 夢から覚めないのなら、一刻も早くこの場を離れたい。どうせ夢なんだし、都合よく現代日本に戻れるルートがあってもいいような気もする。


 そう思って声をかけたものの、自然と声が小さくなっていく。ううう、穴が開きそうなくらいじっくりと見られてるよお。


「……カレン様。申し訳ありませんが」


 おじいちゃんが重々しく言った。さっきまでの優しい雰囲気ではなく、ちょっと苦しそう。


「……元の世界に戻ることは、ほぼ不可能でしょう」

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