京都へ二人旅
今日は、ヒメコとすみれは、京都の親戚を訪ねる。
新幹線に乗るなり
「お腹すいたね。お弁当食べよ。」と大きなお弁当を開いた。
「まだ食べないの?」と聞かれてもすみれは、友人からのLINEに熱中していた。
義母と同居の友人の愚痴は、エンドレスだった。スマホから目を離しお弁当を食べているヒメコを見て驚いた。
駅で「お腹空いていない」とサンドイッチを選んだヒメコは、すみれの選んだ『乙女弁当』を食べている。
でもすみれは、ここで
「お母さん!それアタシが選んだ駅弁じゃない!間違えないで。」と言えば、母は、慌てて食べかけのお弁当のふたをし、気を悪くするだろう。どう取り繕うかと母の心が、ごちゃごちゃになって、パニクる。
別にうっかりしているだけだろう。決して呆けてしまった訳じゃない。すみれは、美味しそうにお弁当を食べるヒメコを見ながら思い巡らした。
「そんなにお腹空いていないし、京都駅で美味しいものたべたいものね。」と言って
何となく選んだ色合いきれいなサンドイッチが、すみれの手元に残されていた。
誰だって、お弁当を選んだ時と気分が変わってしまう事は、あるさ。
とヒメコが気付くのを待ってみた。
「どうしたの?食べないの?そんな小さいサンドイッチで足りるの?」とすみれを気遣うヒメコだが、間違えて食べてしまっている事には、気づかず平らげた。
「あぁ、満腹。」
すみれは、小さなサンドイッチを開けてゆっくり食べる事にした。母は、本当に自分の選んだお弁当だと思って最後まで食べていたのだろか? いや、途中で気づいたけれど、言い訳ができないので食べてしまったのだろうか?
サンドイッチを口に入れながら母が、老いて行く事を実感した。自分と違う世界に行ってしまったようにも感じた。
すみれが食べ始めると間もなくヒメコは、居眠りを始めた。
新幹線は、定刻通りに京都に到着した。きれいな青空に京都タワーが、品良くそびえ立っている。
「何か食べようか?お腹空いたでしょ?」
「美味しいお弁当食べたから、私は、いらないわ。」と返されてもすみれは、我慢したくなかった。このままでは、二人分の旅行カバンを持つ気がしない。
「早く行きたい。」と言うヒメコを何とか、甘味処に誘った。
「ちゃんとお弁当食べないからよ。」と言われながら、フルーツあんみつにありつけたすみれだった。
京都駅から乗り換えた駅から徒歩15分ほどの高齢者施設でミツは、暮らしている。その情報が入ったのは、数カ月前。ヒメコとしては、やっと会えるので普段より歩く速度が速い。スーツケースを引きずるすみれは、何とか着いて行く。多少迷いながらも一度来たのだろうかと思うほどの足取りでたどり着いた。
受付で案内されミツの部屋に入るなり、二人は、歓声をあげた。
「やぁ~ミっちゃん!会いたかったわ」
「ヒメ!ヒメ!よう来たなぁ。
どぉや。お腹空いとらんの?」
「ペコペコや。横浜でこうたお菓子一緒に食べようかぁ。」
ヒメコのイントネーションがおかしくなっている。すみれは、いっぺんに若返り話し始めた二人を一歩引いて見ていた。二人にお茶を淹れ、自分も空いていた椅子に腰掛けた。
「やぁ~、これ、懐かしいなぁ。よう、もろたなぁ。角の豆腐やのおばちゃんに。」
「そやろ。そうおもて。」
「あの、おばちゃんの妹はんが横浜にお嫁に行ってなぁ。
こっちに里帰りする度に、手土産に買って来てたのよ。」
「そうやった。」
「その隣の蕎麦屋のおばちゃんは、愛想なかったなぁ。」
「あそこの長男、戦死したんや。それからや、いつも仏頂面だったね。」
「さよかぁ。 あそこは、女の子ばっかりやと思ってたわ。」
「三番目の子とアタシが同級生や。」
取り留めもなく二人の会話が続き、すみれは、口を挟む間が、なかった。つい先程買ったお弁当を忘れる人が、半世紀前も前の事をよく覚えている。不思議でたまらない。
その後、ミツが教えてくれた、嵯峨嵐山駅からトロッコ嵯峨に乗った。
ホームでは、駅員が扇を振って楽しそうに見送りする。とても賑やかなお見送りですみれは、この関西のモードについて行かれなかった。
乗り込むとマイクをもつ乗務員が、観光案内を始める。しかし、トロッコ列車は、振動音が大きくアナウンスが、さっぱり聴き取れない。それでも構わず、アナウンスする。途中歌まで披露してくれた。
振動音やアナウンスも聞こえない事にすると景色がとても良い。桂川が右に見えたり、左に見えたりする。川の流れも早く緑の木々も風を受けてよく揺れていた。
ヒメコは、気持ち良さそうに風を受けては、何やら話しかけてくるが、これも振動音でほぼ聞こえない。ヒメコが深呼吸をして始終笑顔でいる。
すみれは、来て良かったと安堵した。
トロッコ列車を降り、ホテルに向かう中、
「明日は、どこ行く?」とヒメコに聞くと
「晴明神社」と即答。
「何故?」
「パワースポットだもの。はずせないでしょ。」と言う。
間もなく90歳の母が、元気でいるには、パワースポットへお参りが必要なのだろうと納得した。ただこれ以上のパワーをどこに使うのだろうかと驚いてしまった。
少し間がありましたが、読んで頂きありがとうございました。