チケット紛失
「お掛けになって、お待ち下さいませ。」と言われて、長椅子に腰を掛けてそろそろ1時間になる。
ヒメコは、心の中では、
仕方ない事、待っていたらきっと入場出来る。と何度も自分に言い聞かせていた。
自分がチケットを無くしてしまったから、待たされているのは、重々承知している。手帳に座席番号をメモしていたので言ってみたが、入場は、待つよう言われた。
早く家を出たから、さらに待つ時間も長かった。
昨日、探し物をしているすみれに
「何か、無くしたの?
整理整頓は、大事ね。」と言ってしまったヒメコだった。
「昨日、市役所からもらってきた書類よ。記入して送り返すんだけどね。」
「ちゃんとしまったの?
帰ってから、他の事始めたんでしょ。」と何気なく母親気分で言うと
「帰ってきた途端に
『何してたの。
遅かったわね。
お腹すいたわ。』って
ヒメ様に言われて慌てて
夕飯の支度をした私がバカでした。」と叱られてしまったが、まさか、そんなすみれにチケットが無いなんてとても言えなかった。
受付ロビーで大きくため息を付きながら、亡くなった夫とも何回か、寄席に行った事を思い出していた。
ぼんやり人の流れを見ていたヒメコ。その中から、鈴木正雄が現れた。オレンジジュースとワンカップ、柿の種を持っている。
「ヒメ、お待たせ。
売店は、凄い行列でやっと買えたよ。
君は、オレンジジュース。
今日の落語家達は、結構人気あるね。」
「お父さんありがとう。
人多いわね。
3番めの落語家は、最近
よくテレビに出ているものね。」
「笑点にも出始めたしね。
テレビ出ると稽古の時間が減るのか、落 語の技が落ちる気がするなあ。」
「でも今日の人は、チケット取れない人気よね。」
「そうらしいな。
子供達が、それぞれに過ごし始めたら、 また寄席通いしたいね。」
「楽しみだわ。」
若い頃の二人を思い出した。
「お客様〜。」遠くから声がした。
「オレンジジュースね。」とヒメコが返事をしてしまい、
「お客様、オレンジジュースは、自販機に ありますよ。
大丈夫ですか?
H列の13番でしたね。
お客様の手帳のメモ通り、お席誰もいらっしゃいませんので、入場して頂いて結構 ですよ。
どうぞ、こちらです。」と係りの人に言われ我に返った。
私、今日は、一人だったわ。
読んで頂きありがとうございました。
次回は、少し遅れます。