忘れてしまう
ヒメコは、新幹線で指定の座席に座り、お隣の方とおしゃべりを始めた。これから3日間ご一緒なので、少しでも親しく楽しく過ごしたい。自己紹介もどきを話しつつ、相手の事をそれとなく探っていた。
そんなところに添乗員に呼ばれた。
「鈴木ヒメコさん。」
手を上げると、
「あっ。いらしたわ、鈴木さんね。
ご自宅に連絡入れて下さい。娘さんかな、電話欲しいと会社に電話があったそうよ。何かあったのかしらね?」
と言われた。
ヒメコは、何か事故でもあったのかと思い慌ててケータイを探した。開けてみると何だか分からぬ表示がいっぱいだった。それを無視して娘に電話をした。
呼び出しているが、なかなか出ない。一度切ってまた呼び出した。やっとすみれと繋がった。
「何しているのよ。なかなかでないで。何かあったの?」
「そりゃ、こっちのセリフでしょ。LINEしても電話しても出ないから、どっかで迷ったかと心配してたのよ。」
「今、新幹線よ。添乗員さんから電話かけるよに言われて掛けたのに、何があったの?」
「ツアーと合流できたのね。なかなかLINEすら開かないから、どうしたのかと心配したのよ。ちゃんとロマンスカーに乗れて新幹線にも乗れたのね。良かったわ。」
「大丈夫ですよ。ボケちゃいないわ。秦野でロマンスカーに乗り換えたわ。」
「えっ? 海老名からの切符買ったでしょ。」
「あっ。そうそう、海老名だった。大丈夫よ。
夕飯ちゃんと食べるのよ。手抜きしないで作るのよ。出来合いばっかり食べているとお肌に悪いよ。」
「そうね。食事は、大切ね。
お母さんも自炊するのかな。外食は、気をつけないとね。」
そんなはず無い。高級レストラン巡りツアーのはず。
「そろそろ席に戻るね。お隣の方がおしゃべり上手ずで楽しいのよ。LINE見るからね。」
まずいと思ったのだろう、さっさと電話を切った。
ヒメコ自身、乗り間違えた事を忘れていた。
忘れられる事は、やはり幸せなのだろう。自信を無くしたり、不安を抱えたままでは、この旅行には、ついて行かれなくなる。その心の強さが長生きには、不可欠のようだ。
そしてすみれにLINEの返信が来たのは、夜だった。
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