ロマンスカーに
「大丈夫ですか?」
ヒメコには、遠くに声が聞こえた。
「誰か、お医者さんとか、いませんか?」
「誰か、車掌呼んでやれ。」
「どなたか、脈の取れる方いらっしゃいませんか?」
車内は、ざわつき始めた。
声の大きな男が、
「伝言ゲームや。
『病人や車掌来てくれ』と繋げてくれ。」と言った。その声に習い隣の車両へ送られていった。
ヒメコは、少しもうろうとする中、誰かが譲ってくれた席に座った。
誰かが手を握り優しい声で聞いてくる。
「お名前、鈴木さん?
落ち着いて深呼吸して下さいね。大丈夫だからね。
今日は、どちらへお出かけでしょうか? ゆっくりね。
深呼吸しましょうね。
お名前は、なんてお読みするのかしら?」
バックに付いている名札を見ながら、手を握り女性が聞き始めた。
「いいんですよ。ゆっくりね。一緒に深呼吸しましょうね。」
手を握ってくれる女性の優しい声につられ、ヒメコは、深呼吸をした。目をそっとあけると沢山の人が、囲んでいた。何故か怖くなり、また目を閉じた。
「鈴木さん、一緒に深呼吸しましょう。」
車掌がやって来た。
「お知り合いですか?」
その女性は、
「いえ、違います。以前看護師をしていました。
この方は、電車を乗り間違えて、少しパニックになったようです。手にロマンスカーの切符を持っていらつしゃるので多分そうだと思います。
予定外の事に遭遇するとパニックをおこしてしまう事は、年配の方には、ありがちです。軽い状態に思えますので、徐々に落ち着くと思います。」
ヒメコに向かって
「だいぶ落ち着いてきましたね。大丈夫ですよ、脈が落ち着きましたもの。」女性は、続けて、
「ロマンスカーで小田原へ行く予定ですね。」と聞いた。
ヒメコは、慌てて言った。
「違うわ。京都です。」
すると車掌が、
「新幹線ですか?
指定取られましたか?お一人ですか?」
看護師と車掌が代わる代わる質問する。
ヒメコは、何度も深呼吸をして混乱する自分を落ち着かせた。そして、バックの中から、旅行のパンフレットを出した。
二人は、読みながら何やら調べ、二つ目の駅で降り、後から来るロマンスカーに乗り換えれば、新幹線に間に合う事が、分かった。
看護師が
「鈴木さん、広い芽でヒメコさんてお読みするのね。パンフレットに書かれているわ。ヒメ様ですね。
車掌さんが調べてくださったから、この切符のロマンスカーに乗れますね。良かったですね。
安心したわ。良かったわ。」
看護師が、自分の事のように
「安心、良かったわ。」と繰り返すのでヒメコも暗示にかかったように落ち着いてきた。
「安心。良かったわ。」の声に同調するようにヒメコは、落ち着いてきた。
「良かったわ。深呼吸しましょうね。大丈夫ですものね。」
車掌は、
「連絡を入れておきます。」と車両後方に戻ってしまった。看護師は、
「私の降りる駅だから、一緒ですね。」
その看護師は、一緒に下車し、ロマンスカーにヒメコが乗り込むのを見届け、手を振ってくれた。
ロマンスカーに乗った途端に乗務員が
「鈴木ヒメコさんですね。お席は、次の車両ですよ。連絡有りましたから、ご案内します。」
いつもなら、「分かりますよ。年寄り扱いしないで下さい。」とでも言うところだか、素直に後に付いて歩き、お礼を言った。
「小田原駅降りたら、まっすぐ進んで下さいね。改札でたら、左手です。お気をつけて。」
周りの乗客は、知らん顔しつつ、しっかり聞いていた。
「大丈夫ですよ。年寄りじゃあるまいし。」とは、心の中で言っておいた。
終点小田原駅に停まると赤いブラウスの知らない人が、
「降りましょうか。新幹線で西に向かわれるのかしら?」と声かけられた。
ヒメコが返事をしないうちに
「私はね、これから名古屋へ向かうの。名古屋の明治村ってご存知かしら?」
「ヒメコさんでしょ。私この事覚えていらっしゃる?
節子よ。
若い頃、帝国ホテルのオープン見に行ったでしょ。
綺麗だったわね。
その建物を移築してあるのが、明治村なの。
行ったことあるのかしら?」
親しげに年配の女性が、話しかけてきた。節子と言うその人をまるで思い出せないヒメコだが、何となくうなずいた。
帝国ホテルは、明治か大正時代に創業だから、この人何歳かしら?創業は、私の生まれる前じゃない?
「あの有名な建築家の作品である帝国ホテルは、壊すわけには、行かなかったのでしょうね。あの緻密な細工は、素敵よね。何回か行ったの。
でもまた会いたくなるのよね。その魔力に取り憑かれてしまったの私。」
ヒメコには、さっぱり分からない感覚だった。
ビルに魔力? だいだいこの人、知らない人だもの。この先どう話しを合わせたら良いのだろう。名古屋までずっとこのおしゃべりに付き合うのかしら。
そんなヒメコの不安は、新幹線口であっさり終わった。
「会えて良かったわ。
あそこで立っているのが、今の彼氏。ああ見えて、彼氏私より10歳上なの。70代に見えるでしょ。
では、ごめんなさいね。失礼するわ。楽しいご旅行でありますように。」
10歳も年上は、どんなご老人かと目で追ったか、見えなかった。そして節子の姿も消えてしまった。
「幻覚かしら?」とヒメコは、独り言を言いながら、新幹線ホームへ上がった。
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続きは、来週末の予定です。