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「ここにしようか」
なんて、自然に案内されたカフェは、当然のように予約されていた。
そのまま一番奥の個室まで案内され、私たちは腰を落ち着ける。
「クラリーズは何を頼む?」
「ええと、アールグレイと……」
「イチゴのパフェかな?」
「な、なんでわかったんですか!?」
「はは、僕はクラリーズのことなら何でも知っているからね」
恐ろしい。
「何でも」ということはもしかすると、私の一番の秘密も……
いや、もし彼が知っているのなら私とこんな風に過ごす必要はない。
一安心していると、その間にオリヴァンはスムーズに注文を終えていた。
「どう? そろそろ、僕と過ごす時間にも慣れてくれたかな?」
婚約者になってからかなり時間は経ったけれど、お互いに忙しく、会えたとしても月に1回ほどだった。
それに、私はやましいことを隠しているので、その分彼の前では緊張してしまう。
それもあって、最初の頃はかなり固い態度をとってしまっていたのだ。
しかし、そんな態度では逆に疑われてしまうかもしれないと思い直したことや、だんだんと彼との時間に慣れてきたことにより、私も前よりは上手く話すことができるようになった。
多分、言動や表情もかなり私らしいままなはず!
「おかげさまで。あとは、もう少し距離をとってもらえたら、もっと緊張せずにいられるのですが……」
「それは無理なお願いかな」
彼はまたニコニコして、机の上に置いていた私の手をそっと握った。
こういったことをする時、果たして彼はどんな顔をしているのだろうか?
少し気になって、手から彼の顔へ目線を上げると、私を凝視していた彼と目が合った。
その目線はあまりにも、真面目な……私を観察しているかのような目だった。
その瞬間私は自分の立場を思い出す。
私は「ヒロイン」じゃない。
きっと彼は頭の中で、
「あと少しで落とせるかな」
「そうしたらクラリーズが『実は私、精霊使いではないの、でも私のことが大好きなオリヴァンなら、それでも守ってくれるよね?』とか言って自白してくれるかな」
だとか、考えているに違いない。
危ない、また絆されそうになるところだった。
「こちら、ご注文した品になります」
少し気分は下がってしまったけれど、美味しいものの登場に思わず頬が緩む。
パフェ特有のソーダスプーンで、1番上のイチゴを食べる時って、どうしてこんなに幸せな気持ちになるのだろう?
「ん〜! 美味しい! あら、オリヴァン様は食べないのですか?」
彼はまだ私のことをじっと見つめていて、手元にあるフルーツサンドイッチには手を付けていない。
その間に私は、イチゴの下にあるクリームとベリーソースの層に突入していた。
「いや、君があまりに美味しそうに食べるから、見ていて楽しいなって思って」
確かに、私は色々な感情が表情に出やすいタイプらしく、美味しいものを食べた時の私の表情を、家の料理人が見に来たこともあったっけ。
「それなら、私の分を1口あげるわ」
隣の芝は青く見えるとか何とか。
これだけ見てくるということは、彼も私の食べているパフェを羨ましがっているに違いない。
色々な味を楽しめるように、縦にスプーンを差し込み、イチゴをそっとのせて、彼の口元まで運ぶ。
「......!」
彼は何故か、らしくもなく目を見開いて、私とスプーンを交互に見た後、遠慮がちに口を開いた。
「ね! とっても美味しいでしょう?」
「そ、そうだね......」
うん、美味しい、と噛み締めたように呟いた後、彼はまだ1口も食べていないサンドイッチを、そっと私の口元まで差し出した。
「1口目、くれるの?」
「あぁ、お返しにとうぞ。沢山食べていいよ」
「ふふっ嬉しい!」
沢山食べて良いらしいので、遠慮なく大きく口を開けて頬張る。
サンドイッチもパフェに負けず劣らず美味しい!
なんて考えていると、オリヴァンが食事用のナプキンを持って手を伸ばし、私の口の端を拭う。
「ご、ごめんなさい。はしゃぎすぎたわ」
大きな口を開けて食べたせいで、クリームが口の端に付いてしまっただなんて、令嬢失格だ。
少し落ち込んだ私を見て、彼は気にする事はないといった風に私の頭を撫でる。
「全く気にしていないよ。それより、美味しいものを食べて笑顔になったみたいで良かった。皆は気がついていないかもしれないけど、やっぱり疲れが溜まっていそうに見えたから」
テーブル席だけれど、向かいではなく隣同士で座っているから、かなり距離が近い。
「毎日頑張ってて偉いよ」
私を甘やかすように頭を撫でていた手は、顎の方へ少しずつ下がっていく。
……もしかして、キス、される!?
やっぱり彼は私の事が好きで......
私も彼のことが......!!
「ねぇ、クラリーズ」
私は閉じていた目をゆっくりと開く。
彼の手は、私の胸元のネックレスに触れていた。
「少し貸してもらうことってできるかな?」
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