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「今日は心地良い天気で良かった」


正午も回った頃。

朝から働いていたので、まだ暖かい時間だ。


「最近はあまり散歩していなかったので、こうして街を歩くだけでも、良い気分転換になります」


「そうだね、僕も普段、あまりのんびりと過ごす時間はないからな……」


確かに彼にのんびりする時間はないだろう。

お茶会で仕入れた噂によれば、オリヴァンは様々な社交の場に顔を出し、たくさんの令息と仲を深め、数多くの令嬢と噂になっているらしい。

婚約者である私にそんな話をする人はあまりいないけれど、社交の場に顔を出せば嫌でも耳に入ってくる。

それに、たまにお節介な人たちや、何か勘違いしている人たちが


「オリヴァン王子はあなたのことを蔑ろにしていませんか? 俺ならあなたのことを……」


だとか、


「オリヴァン様は私のことを一番好いてくださっているのよ! 婚約者のあなたよりもね」


と言ってくることもある。

どちらも余計なお世話だ。

オリヴァンが私のことを好いていないのなんて、私が誰よりも分かっている。


それに、王子を婚約者にもつ身分で、他の人と噂になれば、それこそオリヴァンに私を追い詰める良い口実を与えることになってしまう……


そんなことを考えていたから、眉間にしわが寄っていたのかもしれない。

いつの間にか、街の風景ではなく、私の顔を覗き込んでいたオリヴァン王子が、心配そうな顔で話しかけてきた。


「どうしたの、何か辛いことでもあった? それとも……やっぱり魔法の使いすぎで疲れているんじゃないかな? クラリーズは公務以外も頑張っているという話も聞いたよ」


「いえ、特別に疲れているわけでもないですよ? ほら!」


疲れていないことをアピールするために、その場で大きくジャンプしてみせたが、それでも彼は納得してくれないようだった。


「正直に話してほしいな?」


やっぱりこの程度で、諜報員である彼をごまかすことはできないか……


「いえ……その、オリヴァン様は社交界でもかなり顔が広いようですし、皆に好かれているのだろうな、と考えておりました」


「……」


「どうかされましたか?」


「君は……その、社交界で僕がどんなことをしているか、とか聞いた?」


「いえ、そんな……」


曖昧にごまかしてみたが、それすら見抜かれているようだった。


「その顔は……聞いているんだね。いつかは話さなくてはいけないと思っていたんだ。君を傷つけてしまうくらいなら、この秘密を話す時が来たかもしれない」


ひ、秘密って何!?


『実は、君が偽物の精霊使いだって分かったんだ』


とか?

はたまた……


『君のことは全く好きではないんだ』


とかだろうか?

前者だったら私の人生終了だし、後者は前者よりマシだけれど、改めて面と向かって言われるとメンタルダメージがとんでもないことになりそうだ。


「僕はね……」


彼は街路樹の下で足を止め、私の耳元に口を近づけるようにかがんだ。

そして小声でその先の言葉を続ける。


「諜報員なんだ」


「え……えー!」


それは前世の知識で既に知っています!!

と言う訳にも行かないので、とりあえず渾身の驚いたフリをしておく。


「だから、他の令嬢に声をかけたり、一緒にいたりして、噂になってしまうこともあるんだ。でも、僕が好きなのはクラリーズだけだから……信じて」


そのまま彼は腕を私の背中に回し、そっと抱きしめる。


「こんなことをするのも、君だけ」


「……はいはい」


暖かくて、包み込まれている感じが、私の判断力を鈍らせる。

もしかして……オリヴァンは本当に私のことを好きなのかもしれない、と頭の隅で考えてしまう自分がいた。

でも、本気にしてはいけない。

私も諜報員としての彼に探られている一人なのだから。


心臓がついぞ爆発してしまうのではないか、と3回くらい考えたところで、やっと私は解放された。

体を離す間際、彼がなにか呟く。


「うーん、伝わってなさそう……」


「何か言いましたか?」


「いや、気にしないで」


彼は一瞬残念そうな顔をしていたような気がしたが、1度瞬きをしたらすぐに元通りの表情に戻っていた。


「でもクラリーズ、あんまり驚いていなかったし、もしかして気が付いてた? さすがの観察眼だね」


「いや、そんなことはないです! とても驚きましたよ? 私、もしかすると表情に出にくいタイプなのかもしれませんね」


「ははっ、それはないかな」


「なんでそんなにすぐ否定するんですか!」


少し怒って見せたら、彼は楽し気に笑った。


「ほら、そういうところだよ。あ、そういえば……」


「どうしました?」


キョトンと首をかしげると、彼は私の手をとって、自分の方へ引き寄せた。

お互いの顔と顔が近づく。


「僕が諜報員なことは、ここだけの秘密だからね」


こんなに距離を縮めて来るなんて、やっぱり彼は……


本当に、偽物悪役令嬢である私のことが好きなのだろうか?


この時の私は、そんな思い違いをしていた。

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