番外編3
校門まで歩き、迎えの馬車に乗り込もうとしたところで、ふと教室に忘れ物をしたことに気がつく。
あぁ、今日は日直だったから、ただでさえ時間も遅いのに……そう思いつつ、大切な物なので、急いで教室へともどる。
文化祭も終わり、元の雰囲気に戻った学園は、もう下校時刻が近いということもあって、とても静かだ。
何となくその雰囲気を壊したくなくて、私は足音を潜めた。
しかし教室の前へやってくると、何やら話し声が聞こえてくる。
「でも、昔一緒にパフェを食べた時は、一瞬だけ敬語が外れてたよね?」
「そんな一瞬のことをよく覚えてますね……あれは、オリヴァン様は私の事が好きなのかも、と勘違いしかけたからですよ」
「勘違いじゃなかったけどね」
「それはそうだけど……って、その怖い笑顔やめてください! もう終わった話じゃないですか!」
「信じてもらえてなかったこと、まだ僕は怒ってるからね? 許してもらいたかったら、敬語をやめて欲しいな」
「……」
「ね、クラリーズ」
私は教室のドアの前で釘付けになる。
かつて私はオリヴァン様の大ファンだった。
だからこそ、その婚約者であるクラリーズ様のことはあまりよく思っていなかった。
可愛らしいというよりは、大人っぽい顔立ちだけれど、遠目に綺麗な人だなとは思っていた。
けれど、その目つきや悪い噂から、彼女は自分勝手で横暴で傲慢な人だと勘違いしていたのだ。
そんな人が婚約者になるくらいなら、自分がオリヴァン様の婚約者になりたい。
そんな身の程知らずな恋心さえ持っていた。
けれどこの学園へ入学してから状況は一変する。
同じクラスになったクラリーズ様は、とても優しく献身的で、真面目で勤勉で努力家で……
そんな彼女の姿を見ていたら、私はすっかり彼女のファンになってしまった。
だからこそ、あの2人はとてもお似合いなカップルだと思っているし、今は陰ながらこっそり見守っている。
そんな2人が!
何やら可愛らしい会話をしている。
この機会を逃すものかと、私は忘れ物をしたことをさらに忘れ、音を立てずに細く教室のドアを開いた。
そこには予想通り、隣の席に座り話し込む、クラリーズ様とオリヴァン様の姿がある。
「でも、もう敬語は癖になってしまっているので、今更直せと言われましても……」
「僕たちはこれから何十年も一緒にいるんだよ? ここまでの十何年かよりもずっと長い……全然今更じゃないから」
「うっ……」
さらっとプロポーズのようなことを言うオリヴァン様に対して、クラリーズ様は言葉に詰まり、顔を俯ける。
このほほえましい様子も、文化祭後の学園では、もはや見慣れた光景となっていた。
ここから彼らの表情を伺うことはできない。
けれど、クラリーズ様が何か意を決したように顔をあげたのは見えた。
「……オリヴァン」
ようやく呼び捨てにされた名前に、オリヴァン様も嬉しそうに顔をあげる。
しかし、その先に続いた言葉に、彼は微動だにしなくなった。
「大好きだよ」
「……!」
教室の中を数秒の沈黙が支配する。
あまりにも何も言わないオリヴァン様を見て、恥ずかしくなったのか、クラリーズ様は慌てて鞄に手をかけ、席から立ち上がる。
「な、何でもないわ! 敬語は要検討で!!」
そのまま駆け出し、私がのぞき見しているドアに近づくクラリーズ様を見て、私は急いで誰もいない学園の廊下を引き返す。
忘れ物の回収はなんて、とうに諦めた。
だから……
その後彼女が、我に返ったオリヴァン様に引き留められて、強引に抱きしめられているだなんて知る由もなかった。
最後は短めでしたが、これにて番外編も終了となります。
改めて、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
面白いと感じて頂けたら、いいね・ブックマーク・評価・感想等よろしくお願いします!




