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番外編1

「私、あなたの隣にいても……いいの?」


「あぁ、身分の差なんて関係ない。僕は君がいいんだ」


そう言ってオリヴァンは私の手をとる。

その瞬間、穴が開くほど私たち演者のことを見つめていた観客たちの、息を飲む音が聞こえた。


オリヴァンの熱を持った目に吸い込まれそうになる。

え、ええっと……次のセリフは……なんだっけ。


「私もあなたの隣にいたい、って言いながら手を握り返すんですよ、ご主人」


「もう! 私たちは万が一の補助って聞いたのに、セリフを教えるの、これで10回目よ」


「まぁまぁ、主人はオリヴァンさんのことが大好きだから、思わず夢中になっちゃうのもしょうがないよ」


確かに見惚れてしまったり、照れてしまったりしているのも、セリフが飛ぶ原因ではあるけれど!

そもそも急遽代役をさせられて、セリフを覚える時間がほとんどなかったことが原因では!?


そんな心の声は押し殺し、今精霊たちに教えてもらったセリフを、そのまま彼に返した。

劇は盛り上がりをみせ、そろそろエンディングに入る。


そう、私は何故かオリヴァンのクラスの恋愛劇で、ヒロイン役を演じることになってしまった。


事の発端としては、当初ヒロイン役を演じる予定であったコレットが、いなくなってしまったことから始まる。

この間のオリヴァンのクラスでの言い争いは、私をヒロイン役に据えたいオリヴァンと、それに反対するクラスメイトによるものだったらしい。


そりゃあ反対もするだろう。

私はそもそも別のクラスだし、本番直前になって何も状況を知らない私が代役をするのは、私にとっても、そこまで準備を進めてきた皆にとっても大変だから。


でも、オリヴァンは引かなかった。

私をなんとか言いくるめた後、自分のクラスメイトと、私のクラスメイトをも説得してしまったのだ。


「愛しているよ」


繋いだ手を引いて、オリヴァンはそっと私を抱き寄せる。

えっと、次は……なんて言うんだっけ?


劇中のカップル役ということもあって、いちいち距離が近い。

私はオリヴァンからのスキンシップに、まだ慣れることができていない。

だから、いつもと同じように顔が赤くなるのがわかった。


「あ、愛しています! 誰よりも前からずっと……なんだか、夢みたいね」


よし!

今度は精霊たちに頼らずに、セリフを言うことができた。

周りの人に、彼らの声が聞こえないのをいいことに、私は彼らに音声カンペのようなことをさせてしまっている。

でも、もしもこれがなかったら……間違いなく、何度もセリフを飛ばしていたはずだ。


あとでしっかりお礼をしないと。

そう思っていると、オリヴァンがゆっくりと、最後のセリフのために口を開いた。


「夢になんてさせないから」


や、やりきった!!

あとはこのまま幕が下りるまで、彼と見つめあっていればいいだけ。


相変わらずきれいな顔だ。

前世からの推しが、まさか自分のことが好きだったなんて、それこそまるで夢みたい……

いつもより顔が近いから、瞳の色もきれいにみえる……


あれ?

どうしていつもより顔が近いの?


疑問を持った時には既に、彼の唇が、私のそれにそっと重ねられたところだった。

台本には載っていない彼の行為に、私はキャパオーバーになってしまい、恥ずかしくてフルフルと体が震える。


そんな私を見て、ふわりと笑ったオリヴァンが、私の顔が彼の肩に埋まるようにもう一度抱き寄せ、幕は完全に降りた。


◇◇◇


「やっと終わった……どうにかなって本当に良かったわ」


後夜祭として、グラウンドに打ちあがる花火を見ながら、私はホッとため息をついた。


「お疲れ様です、クラリーズ様。私もエドガー様と見に行きましたが、とっても素敵でしたよ!」


「俺たちのクラスのために、ありがとうございます」


私を見つけたミリエットとエドガーが、隣に腰をおろす。


「私たちのクラスも助かったんだから、おあいこよ」


実は、私がオリヴァンのクラスへと派遣される代わりに、私たちのクラスはオリヴァンのクラスから人手を借りていたのだ。

かなり準備が押していて、本番に間に合うか怪しい進捗だった私たちのクラスにとっても、オリヴァンの提案にはメリットがあった。


「それにしても、最後のキスシーンには思わず声をあげそうになりました。原作にはなかったはずなので……オリジナルでしょうか?」


「あれは……」


私が答えようとすると、今日よく聞いた声が代わりに返事をする。


「僕のアドリブだよ」


「オリヴァン!」


彼は私の隣に座ると、何も気にしていない風に、「あ、花火綺麗」なんて言っている。


「ちょっと! 私、根に持っていますからね!」


ああいったことをされると、全く演技ができなくなる。

ただでさえ、大根役者なのに……


「でも、クラリーズの演技も評判良かったよ。終始照れる演技にリアリティがあったって」


オリヴァンは感想ボックスから持ってきたのであろう紙を読んでいる。


「確かに、全体的に可愛らしかったです。シリアスなシーンも、あまりハラハラすることなく楽しめました」


「それって褒められているのかしら……?」


「半分くらいは褒めていますよ?」


「それって、照れる演技という名の、私の素の反応が褒められているだけじゃない! 納得がいかないわ……」


「でも、照れる仕草は本当に良かったですよね」


あまりこういった話をするイメージのないエドガー様が、珍しく口を開く。


「他の人に見られたくなかったから、最後、クラリーズ様を隠したんでしょう?」


エドガーはそう言って、口元にうっすら笑みを浮かべながら、オリヴァンの方を見る。

私とミリエットもオリヴァンの方へと振り向く。


そこには……あまり見たことのない顔をしたオリヴァンがいた。


「……そ、そんなに分かりやすかった? 困ったな、あまりにもクラリーズの反応が可愛すぎたから、他の人もそんなクラリーズを見ているのが、納得いかなかったんだ」


エドガーとミリエットからの生暖かい目。

何と言えばいいかわからないけれど、少し温かくなった私の胸の鼓動をかき消すように、ひときわ大きな花火の音が響いた。

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