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今にも自分を突き刺しそうなオリヴァンと剣の間に滑り込み、その体に抱きつく。
いつもなら抱きつくなんて、大胆なことはできないけれど、今はそうしなくてはならないような気がした。
私が彼からの愛を信じることができなかったように、今の彼もまた、こうでもしないと私からの愛を信じてくれないだろうと思ったから。
私が抱きついた反動で、彼は握っていた剣を落とす。
「ごめんなさい、オリヴァン様。私は、あなたのことが好き! 私とディナルド様が一緒にいたのは……あなたを嫉妬させるためだったの」
「……え?」
頭の回転が早い彼が、普段滅多にしない反応を返す。
「私、あなたにこんなにも好かれているなんて、思ってもいなくて……」
「え、だってずっと言葉でも行動でも示してきたし、それにずっと隣にいるって約束だってしたよね?」
「全部、嘘だと思ってました! 全部全部、私を探るために、わざとそういった態度を取っているものだと思っていて……!」
「じゃあ、今までの僕の言葉は、全く君には届いていなかったってこと?」
「……で、でも! 例えオリヴァン様が私のことを好きではなくても、私はあなたのことが好きって思っていましたから!」
「はぁー………」
私との問答の末、彼は大きくため息をつき、剣を落とした手で、私を抱きしめ返してくれた。
「というわけだ。少し手荒な方法を取らないと、クラリーズ嬢は信じてくれないと思ったからな。まさか、オリヴァンがここまでだとは、想像してなかっただろう?」
確かに。
オリヴァンが本当にここへやってくるまでは、彼が私のことを好きだなんて、信じられなかった。
それに、オリヴァンが扉を爆破する前までは……彼からの「好き」の気持ちが、こんなに重たいものだとも思っていなかった。
私がオリヴァンに返事をしようとするのを止めていたのは、この重たい愛に気が付かせるためだったのか……
「まぁ俺も、まさか扉を爆破されるとは思わなかったけどな」
呆れたように笑うディナルド様に対して、オリヴァンは申し訳なさそうに返事をする。
「ごめん兄さん。良く考えれば、兄さんがそんなことするはずがないって分かったのに」
「いや、この方法を提案したのは俺だから気にするな。それよりも……」
ディナルド様は部屋の外に駆け寄ってきた、城の兵士たちの方を見る。
「ここの処理は俺がやっておくから。2人戯れるのは俺の部屋じゃなくて、他所でやってくれ」
その言葉を聞いた瞬間、私はオリヴァンと抱き合ってる現状を再認識し、咄嗟に離れたのだった。
◇◇◇
「さて、もうこんなことは二度と起こらないように、今のうちに聞きたいことは聞いてほしいな」
場所は移って、今はオリヴァンの部屋の中。
ソファの上。
私は彼の膝に乗せられたまま、後ろから抱きしめられていた。
「そ、その前に……この体勢、どうにかなりませんか?」
「それは無理かな」
表情は伺えないけれど、ニッコリと笑って断っている彼の様子は、脳裏にありありと浮かんだ。
この顔をする時のオリヴァンは、絶対に自分の意見を曲げない。
私は仕方なくこの状態のまま、彼に質問することにした。
「まず、ずっとあなたの気持ちに気が付かなくてごめんなさい。私が偽物の精霊使いであることを暴こうと、調査していると思っていたの」
「なるほど。僕はてっきり君は分かっているものと思っていたんだ。これは僕の過失でもある……僕の調査方法は、ミランにも『色仕掛け』だとか言われていたし……とにかく、僕もクラリーズを不安な気持ちにさせてすまなかった。これでおあいこでいいかな? 諜報員としてのやり方も、今後は変えていくことにするよ」
「そこまでしなくても……」
「そんなことでクラリーズを勘違いさせて失うだなんて、もう二度と想像したくないから」
「は、はい」
一呼吸置いて、私は本題を切り出す。
「あの、オリヴァン様は、私が精霊使いではないことを知っていたんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、どうして私のネックレスを何度も取ろうとしたのですか? あれは、私が偽物であることの証拠を掴んで、私を断罪するための行動じゃなかったんですか?」
これで「そうだよ」と言われてしまったらどうしよう、と今でも一瞬不安がよぎる。
でも彼は私のことを、私が偽物だった時から愛してくれているから。
私は意を決して彼の返事を待つ。
「それは、君のネックレスを借りて、作り変えてしまおうと思っていたんだ。僕がネックレスに魔法をかけて、みんなの目に精霊のようなものが見えるようにしてしまえば、クラリーズは自分が本物だと思うだろうし、皆も君のことをもっと信じてくれると思ったから」
「でも、魔法をかけて精霊みたいなものを生み出すと言ったって、それはとんでもない魔力量が消費されますよね? 今の私ですら、そんなことをしたらきっと何年も魔法を使えなくなります。私以外の人だったらきっと一生……」
「僕が一生魔法を使えなくなったとしても、クラリーズが安心して、自信をもって僕の婚約者でいてくれることの方が大事だからね」
まるで当たり前のことかのように、サラリとそんなことを言ってくるオリヴァンに、私は何ともいえない気持ちになった。
「オリヴァン様は、本当に私のことが好きですよね」
「うん。僕はずっと君のことが好きだよ?」
「……今まで嫉妬とかしてくれていましたか?」
「していたら、かっこ悪いかな?」
「そんなことないです。むしろ嬉しいというか……でも、今までそんな素振り、全くなかったですよね? ほら、私にミラン様の案内も任せていたし……」
私の声が沈んだのとは反対に、オリヴァンは楽しげに笑い始めた。
「ミランは絶対にクラリーズを僕からとるなんてことはしないし、できないからね。それに、君には見せなかっただけで、僕はずっと嫉妬していたよ。全く、君がそんなに嫉妬されたいだなんて気が付かなかったよ」
「だって、私ばっかり嫉妬していると思っていたから……あなたも嫉妬していてほしかったんです」
拗ねて口をとがらせたものの、彼からの返事が返って来ない。
不思議に思って、体を捩らせ彼の方を見ようとするも、がっちりと捕まって、叶わなかった。
「見ないで、今すごくだらしない顔をしているから」
照れているであろう声色は、なんだか新鮮で、私も恥ずかしくなってきてしまった。
しばらく無言のまま、お互いの体温を感じる。
別にこのまま話さなくても居心地は良かったけれど、この甘い雰囲気に乗じて、普段は聞けないようなことを聞いてみることにした。
「ちなみに、いつから私のことを好いてくださったのですか?」
私の言葉に、彼は少し黙ってしまう。
「えっと?」
「……君が思うより、ずっと前からかもしれないけど、引かない?」
「勿論!」
「婚約の挨拶に行ったとき、窓から君が一生懸命魔法を練習しているのが見えたんだ。どんな人よりも表情が豊かで、誰に対しても優しい人だなって思って……だからクラリーズが僕に会う前から、僕は君のことが好きだったんだ、驚いた?」
まさかそんなところを見られていたなんて思いもしなかった。
でも……
「それなら、私の勝ちですね! 私は、前世からオリヴァン様のことが大好きですから!」
私は膝上から脱出し、思いのほか戸惑った表情をした大好きな彼の唇に、そっとキスを落とす。
結局逃げられず、彼に捕まってしまった私は、これからずっと彼の隣で、毎日を過ごしていくのだろう。
それを想像すると、ひどく幸せで……私はもう一度、オリヴァンから落とされたキスに応えるのだった。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
これにて一旦完結となります。
モチベーションにもつながりますので、面白いと感じて頂けたら、リアクション・評価・感想等よろしくお願いします!
また好評でしたら、最終話後の話として、番外編を3話更新しようと思っています。
文化祭本番の話(なぜオリヴァンとクラスメイトが言い争っていたか)
敬語の話(クラリーズのオリヴァンに対する言葉遣いについて)
ミリエットとエドガーの話(関係に進展がなくてもやもやするミリエット視点)
気になる方は、ぜひ評価してくださるとうれしいです!
また、次回作については
『こちら悪役令嬢キャンセル界隈です』
『効率厨令嬢は、恋愛も最適化したい』
『一目ぼれした耽美系美人令息には、6人の彼女がいるそうで』
あたりを考えております。まだ決まっておりませんが、気になる方はぜひお気に入りユーザ登録をしてくださるとうれしいです!
長々となりましたが改めて、読んでくださりありがとうございました!




