58
「兄さん、僕だ。開けてくれるかな?」
「やっぱり来たな」
至って冷静そうに呟くディナルド様の横で、私はドキドキしていた。
まさか本当にオリヴァンが来るなんて……
「君はここに座って待っていてくれ」
と指さされた先は、ディナルド様のベッド。
「何故ここに……?」
「その方が、『何かあった』感じが出るだろう?」
「なな、何かあった、って!!」
その言葉の意味を理解した瞬間、恥ずかしさで顔に熱が集まる。
「弟が嫉妬してくれないと、意味が無いからな。さて、俺は少し話してくる」
ディナルド様は私の元を離れ、部屋のドアに手をかけた。
「オリヴァン、どうした? 何かあったのか?」
離れているけれど、2人の声は聞こえてくる。
「単刀直入に言おう。ここに『僕の婚約者』がいるよね?」
いつもよりワントーン低い声。
まるで怒りを抑えているみたいだ。
それに対してディナルド様は、先程の穏やかな雰囲気とは打って変わって、冷たく返す。
「そうだとしたら、何か?」
「……いるの?」
「……」
しばらく沈黙が続く。
それを先に破ったのはオリヴァンの方だった。
「僕も、兄さんには幸せになって欲しいと思ってきたよ。でも、クラリーズだけはダメだ! 僕がどれだけ彼女のことが好きか、兄さんは知っているでしょう?」
「あぁ、そうだな」
「本当に、本当にクラリーズじゃなきゃダメなの? ……他の男と兄さんは違う。この国で唯一、僕よりも身分が高い……兄さんが本気でクラリーズとの結婚を望んだら、僕は、僕は……」
問いかけというよりも絶望に近い独り言。
しばらくまた黙り込んだ後、次は勢いよく話し始めた。
「ねえ、クラリーズ、いるんだよね? 一度話をさせてほしい! そのくらいならいいだろ、兄さん」
焦ったような声。
私はまだ頭の整理が追いついていないけれど、大好きな人の必死な声に応えようと、ベッドから立ち上がろうとする。
でもディナルド様は、まだそこにいろと目線をよこした。
まさか、まだ私が、オリヴァンの気持ちを理解できていないと思っているのだろうか?
多少混乱はしているけれど、もう十分理解した。
彼は、私のことが好きなんだ。
しかし、終わりにしましょう、と声をかけようとしたとき、耳をつんざくような爆音が鳴り響いた。
一瞬ディナルド様は爆発の煙に包まれ見えなくなる。
その数秒後、私の視界には、木っ端みじんにされた部屋の扉、らしくなく呆然としているディナルド様、そして……
自分で扉を爆破したのに、何故か目を見開いているオリヴァンの姿が映った。
「クラリーズ」
私が突然のこの状況に驚いているうちに、オリヴァンの瞳から光が消えていく。
「ずっと、僕の隣にいてくれるって……言ったよね? 君に負担をかけたのかな? それなら、これから解決しよう。君がこんなに責任の重い暮らしは辛いっていうのなら、僕も一緒に田舎に行くよ。精霊使いだからって、僕の婚約者だからって、無理する必要はない」
いつになく冷静さを欠いて話続けていた彼だったけれど、突然何かに気が付いたかのように押し黙る。
そして、元々光が消えていた瞳が更に暗くなった。
「……兄さんに、体を許したの? 兄さんのことを好きになったから、僕の隣にはいてくれないってこと?」
「ち、違うわ! 私はあなたのことが好きで」
「それ以上言わないで! ……僕がむなしくなるだけだから。もし僕がコレット嬢だったら、嫉妬で君のことを殺しているかもね……兄さんと仲良くしているクラリーズなんて見たくないけど、君には幸せになってほしいんだ。でもそんな状況で、このまま過ごすなんて耐えられない。だから、代わりに僕が……」
ディナルド様の枕元にある護身用の剣に、オリヴァンの手が伸びる。
鞘からそれを取り出すと、刃の部分を自分の方へと向ける。
その後彼が何をするつもりなのかを理解した瞬間、それまで混乱で、ほぼ言葉も発せなかった私の体が、反射で彼の元へ動き出した。
「やめて!!!!」




