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「よく来たな、入ってくれ」
「お、お邪魔します」
「今夜、部屋においで」と言われたものの、今の時刻はまだ夕方の5時だ。
なぜかというと、あの後ディナルド様が、
「さきほどは今夜と言ったが、学園から帰り次第、できる限り早く来てくれ」
と言ったからである。
ディナルド様が何を考えているのかは、さっぱりわからない。
でも、詳しいことは部屋で話すからと言って、その場ではすぐ解散してしまった。
彼は私が入ると、そっと部屋の扉を閉め、紅茶とお茶菓子が並べられたテーブルまで案内してくれた。
「こ、これは……イチゴパフェ……!」
思いがけず大好物と遭遇し、よだれが出そうになるも……ディナルド様は次期国王だ。
勧められるまでは食べないぞ、と思いつつ、目は離せずにいると、彼は面白そうに笑った。
「君はイチゴパフェが好きと聞いていたから、急遽用意したのだが……食べてもらえるかな?」
「いいんですか? いただきます!」
席についてその甘さを堪能していると、こちらをじっと見つめる視線に気が付く。
そういえば、この部屋に2人で集まって、今から何をするつもりなのか、聞いていなかった。
「ディナルド様、ここで……何をするのでしょうか?」
「何もしない。あとは、ここで弟が突撃してくるのを待つだけだ」
彼は一瞬不安そうな顔をしたが、すぐに元の落ち着きのある表情に戻る。
一方の私はその言葉の意味を全く理解できず、スプーンを持ちながら、首を傾げた。
「何故オリヴァン様がここへくるのでしょうか……?」
「前置きとして、君にはとっては信じられない話をする」
「は、はい」
私が握っていたスプーンを置き、紅茶を一口飲んだところで、ディナルド様は話し始めた。
「今日俺が君をここへ誘った時、オリヴァンも近くにいたんだ。少し大きめな声を出したから聞こえていると思う。これを聞いて、弟は『何故クラリーズが、夜、兄さんの部屋に?』『まさかあの2人は恋仲なのか?』と嫉妬しているはずだ」
「ま、まさか……」
これまでの話を聞いた感じ、ディナルド様とオリヴァンは仲が良い。
いくら私がディナルド様の部屋に来たからといって……
「自分が部屋に来たくらいで、嫉妬なんてするわけがない、と思っているだろう?」
「……」
「弟は君が関わることになると、頭がそれでいっぱいになって、冷静な判断ができなくなるんだ……それほど君のことが好き、ということだけれどね。そう、俺にはずっと忘れられない、愛する人がいることを知っていても、オリヴァンは焦るはずだ」
彼の視線の先には、ベッド脇の机がある。
そしてその机の上には、亡くなった彼の婚約者の写真。
その少し色褪せた写真からは、彼の心にずっと彼女がいるであろうことが、ひしひしと伝わってきて、私は切ない気持ちになる。
「……俺は結婚はしないと決めている。だからこそ、多少強引な手を使っても、君たちには幸せになって欲しいんだ。もし、弟が君の事を想って、この部屋を訪ねてきたら、その時は弟の気持ちを信じてやってほしい」
彼の切実な願い。
私としても、もしオリヴァンが言葉ではなくて、行動で……それも、自身では制御できないくらいの嫉妬に駆られて、ここへ来てくれるというのなら、信じることができる気がした。
本当にここへ来るのかなんて、私は確信が持てないけれど。
でも、少し期待して待つくらいならできる。
……期待して落とされるのには慣れっこだし。
もし彼がここへ来たら、聞いてみよう。
好いてくれているのなら、何故、私にはこれまで嫉妬のかけらも見せてくれなかったのか。
そして何故、ずっと私からネックレスを奪おうとしてきたのか。
「私、ここで待ってみます」
「ありがとう」
そこからは表面上穏やかな時間が流れた。
オリヴァンの幼い頃の話や、最近の学園での話、国政に関する話など、思いのほかディナルド様との話は弾む。
でも、私はずっと、オリヴァンが本当にここへ来るのか、来ないのか。
そればかりを気にしていた。
過度な期待はしてはいけない。
それでも、何度期待を押さえつけても、余裕のない顔をした彼が迎えに来てくれるのを、想像してしまうのだ。
途中からは表情に出ていたようで、向かいに座るディナルド様も苦笑いをしていた。
時計の針は進む。
6時、7時……そして、8時を過ぎた頃。
ノックの音が響いた。
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