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コレットの瞳から、サッと目を離したはいいものの、後頭部には痛いくらい視線が突き刺さっているのがわかる。
逃げなければならない、という気持ちはあるものの、衝撃と焦りで体が硬直してしまっている。
ミリエットの腕を掴んだまま、私の足は根が生えたように動かない。
そうこうしているうちに、夕方特有の長い影が2つ、私とミリエットの足元へと近づいてきた。
「まぁ、こんなところで……! 偶然ですね、クラリーズ様!」
コレットの明るい声に合わせて、横からもう一人分、声が聞こえてくる。
「出かけるとは聞いていたけれど、まさかここで会うなんてね」
いつもだったら、開口一番に私を口説くような甘い言葉を吐くのに、今回はコレットが隣にいるからか、至って普通の態度だ。
いや婚約者の前で、堂々と他人と一緒に出かけている様子を見せつけるのは、普通とは言えないのでは?
なんて言いたい気持ちは抑える。
今は逃げることが最優先だ。
2人の挨拶を無視するのは申し訳ないけれど、断罪展開に突入しないためにも、ここから即刻立ち去らなければならない。
逸らしていた視線をそっと2人の方へと戻し、チラリと相手の様子を確認する。
よし、今すぐ私を捕まえる勢いではなさそうだ。
となれば、ここにミリエットを置いて、私1人で逃げるのみ!
ところが、今まさに足を動かそうとしたその時、コレットがぐすんと嗚咽を漏らし、目に涙を浮かべ始めた。
私はそれを見て困惑してしまい、再び足が動かなくなってしまう。
「す、すみません……怒っていらっしゃいますよね。全部、全部私が悪いんです。オリヴァン様と出会ってしまったばっかりに……!」
は?
という声は出なかったものの、口はその形に大きく開いているのが分かる。
……理解が追いつかない。
隣のオリヴァンが、慰めるようにコレットの頭を撫でているが、私は今何故コレットがそのようなことを言ったのか、まったく分からない。
だって、彼女の挨拶に対して、私はまだ……怒っても何も話してもいないのに……
「そ、そんな、その」
言葉が全く出てこない。
ごめんなさい、と謝ればいい?
いや、何を謝るというのだろうか。
怒っていないと弁明すべき?
いやいや、仮に私が怒っているのだとしても、そもそも怒っていると勘違いしたのは、コレットの方だ。
やっぱりよくわからないから、とりあえず逃げよう。
考えるのはその後でもいい。
……しかし、その判断は遅かった。
なんだなんだ、貴族同士の痴話喧嘩か、とたくさんの野次馬が終結して、私たちを囲んでいる。
話題の中心人物の1人である私は、とっくに身動きが取れない状況に陥ってしまっていた。
非常にまずい。
これは、これはだって……まさに、原作乙女ゲームでクラリーズの嘘がばれ、断罪されたシーンの状況に、恐ろしいほど似ていて……!!
私が焦って周囲を見渡していると、ふとこちらを見ていたコレットと目が合う。
さっきここで私に声をかける前のときは、獲物を見つけたかのような目。
私によくわからない謝罪をして泣いているときは、ちらちらとこちらをうかがう気弱そうな目。
そして今……彼女は一瞬私に向かって、にやりと目と口元をゆがめたのがはっきりと見えた。
果たしてそれが何を意味するのか、落ち着いて考える暇もなく、今度は周囲の野次馬から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃー!! 魔物、魔物よ!」
「なんだって!? 現精霊使い様が結界を張ってくださってから、街には1度だって、魔物なんて出てきたことがない……う、うわぁ!!」
最初は私たちの行く末を野次馬精神で見守っていた人たちも、我さきに魔物が現れた方向とは逆へ、さっさと逃げていく。
まぁいい。
それは置いておくとして、なぜ魔物が結界内に?
結界外からの侵入は特になさそうだから……内部犯がいるのか?
そんなことを考えている間にも、魔物が姿を現し、私たちのところまでやってきた。
「あーもう! かかってきなさいよ!」
攻撃魔法はできないけれど、この魔物を抑え込むくらいなら簡単にできるはず。
この国には、私より魔法を上手に使える人はそう多くない。
内部犯による魔物ならば、私1人の力でどうにかなるはず。
それまで無意識に強くつかんでしまっていたミリエットの腕を離し、魔法に集中する。
光を集めて、それを絹糸のように束ねるようなイメージで……!
「止まって!!!」
……。
止まらない。
魔物は私のはなった光線を破り、そのまま私たちの方へと近づいてくる。
その狙いは……!?
「危ない!」
反射でコレットのそばまで駆け寄り、私は彼女の前に立ちふさがる。
魔法でどうにかできないなら、反射で動いてしまったこの体を使って止めてみせる!
コレットの態度はあまり褒められたものではないけれど、私にとっては大事な後継者だ。
一方の私はもはや隣国にしか居場所がないほど、立場のない人間。
スローモーションのように魔物がコレットを狙って近づいてくる中、私は魔物に向かって両手を伸ばして立ちふさがる。
そして、その鋭い爪が私にささるかと思われたそのとき、
私の目の前に、オリヴァンが入り込んできた。
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