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そのまま無視して校門の方へと突き進むも、ミリエットは諦めずに追いかけてくる。
彼女の足音だけではない……ということは、きっとエドガーも、ミリエットの横を付いてきているのだろう。
本当に自分勝手で申し訳ないけれど、彼女たちに話したところでどうにかなるわけでもないし、今は1人になりたい。
魔法で後ろに向かって、向かい風を作り、彼女たちとの距離をどんどん空けていく。
しかしどれだけ大声で叫んでいるのか、まだ私の耳にはミリエットの声が届いた。
「私、そんなに頼りないですか! 1度止まってください!! 何があったのかは分かりませんが、そんな顔をしているクラリーズ様を、このまま見逃すわけにはいきません!」
ミリエットが頼りないわけではない。
全て嘘つきで意気地なしの私が引き起こした結果だ。
彼女たちが諦めるくらい、もっと強い風にしないと。
そう思って風の力を強めたはいいものの、後ろでドサッと誰かが倒れこむ音がした。
「きゃっ!!」
バッと振り向けば、後ろ向きに倒れるミリエットと、それを寸でのところで支えるエドガーの姿。
魔法の加減を誤ってしまった!
私は急いで彼女たちの元へ駆け寄り、怪我がないか確認しようとしゃがみ込む。
「ごめんなさい、あなたを転ばせるつもりはなかったの……!」
ところが、ミリエットの状態を確認するために彼女の頭へと手を伸ばすも、その手はがっしりと掴まれた。
……他でもない、ミリエット本人に。
「捕まえました!」
普段のミリエットからは考えられないほどの力。
驚いて身を引こうとしたけれど、その手が離れることはなかった。
◇◇◇
「それで、どうしたんですか?」
人通りが少なく、校門に近い空き教室に入り、私は後ろ手で鍵をかける。
ミリエットは心配そうに私の方を見て、そう問いかけてきた。
「……またオリヴァン様のことでしょう? あなたにそんな顔をさせることができるのは、あの方しかいませんから」
「……えぇ。その……やっぱり、彼の本命は私じゃないってことが、改めて分かったの」
春休み前、魔法演習の試験の時に、ミリエットの説得で、一瞬本命は私だと信じかけていたのが、ずっと昔のことのようだ。
「そんなわけないって、前から言ってるじゃないですか。周りの方がどんなに誤解をしようと、近くで見ていたのは私です!」
ミリエットはそう言ってくれるが、彼女は私の秘密を知らない。
もし、私が「精霊使いである」と嘘を付いていることを知ったら……きっともう、私のことなんて見捨てるに違いない。
エドガー様とのお昼の時間を犠牲にして、彼と別れ、私を慰めるためにここまで連れてきてくれたというのに……私には、こんなに必死に慰められる価値はない。
「……ミリエットには分からないかもしれないけれど、私にも私の事情があるの。その事情からして、彼の本命は私じゃないのよ」
「分からないかもしれないけど、って何ですか! そうやって、また何も話してくれないつもりですか? ……困ったことがあったら、抱え込まないで、いつでも私に相談してくださいって、約束したじゃないですか!」
「相談しても信じてくれないか、私に失望するかの二択だわ!」
「そんなのって……酷い、私のことをなんて全く信じてくれていないんですね!」
お互いの声のトーンはどんどん高くなっていき、言い争いはヒートアップしていく。
私も何を言っても引いてくれないミリエットにカチンときて、ついうっかりと口を滑らせてしまった。
それはずっとひた隠しにしてきた嘘。
「私は……私は!!
精霊使いなんかじゃないの!」
「え……」
口にした瞬間我に返る。
目の前のミリエットは、驚いて言葉も出ないようだった。
今ならまだギリギリ、
「やっぱり今のは嘘」
と言えるかもしれない。
けれどずっと隠してきた嘘を打ち明けた私は、もう止まらなかった。
「驚いたでしょう? 私は大嘘つきなの。このネックレスも、ある程度魔力量があるからつけることができただけ。精霊なんて1度も見えたことはないわ。クラスメイトの皆とか、この国の皆が信じている私の姿は、全部偽物ってわけ」
何も言わないミリエットを前に、私は笑いながら話し続ける。
「オリヴァンはきっと私が偽物だということに気が付いているの……今はまだ証拠がないから、嫌々婚約者のフリをしているのよ。そしてコレットこそ、まだ覚醒していないだけで、本物の精霊使い。今後2人は協力して、私が偽物であることを暴くシナリオよ」
「な、なんでそんな先のことまで確信できるのですか?」
「私には前世の記憶があるから」
「ぜ、前世?」
ミリエットは理解しがたいという風に、眉間にしわを寄せる。
「これで、オリヴァンの本命は私じゃないって、分かってくれた? ……はぁ、私をオリヴァンの元へ連れて行って、告発しても構わないわ」
私はミリエットの方へ片手を伸ばしながら、なんですべて言ってしまったのだろうか、と今更後悔する。
この人生、嘘を塗り固めるために頑張ってきたことが、こんな一時的な衝動のせいで、すべて水の泡。
「……」
「……」
沈黙が続くけれど、私にはミリエットの顔をみる勇気がなかった。
うつむいた視界には、床が見えていたが、いつのまにか涙でぼやけていく。
もう、いろいろな感情がごちゃまぜになってどうしようもなくなった頃、彼女は私の手をつかんで……
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