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「休憩中にすみません、大道具の岩が1つ足りなくて……」
と、申し訳なさそうに声をかけてきたのは、私たちのクラスの監督だ。
文化祭が間近まで近づき、最近は通し練習もしている。
私は劇に出るわけでもない、ただの雑用なので、この時期になってくると皆よりはずっと暇だ。
「そうなのね。それなら、私が作っておくわ」
「ありがとうございます! 助かります……コメディだって恋愛劇に勝てるところを見せないと!!」
気合十分の監督は、役者たちのもとへ急いで戻っていった。
教室の前方は太陽光も電灯の光もさえぎられており、本番と同じように照明が動かされている。
そういえば……
私は照明の光の出所にいる人を盗み見る。
エミールは真剣な顔で、舞台と台本へ交互に視線を向け、監督の指示に従っていた。
「友達になって」と言われたはいいものの、あれからあまり話しかけられていない。
もしかしたら、あの言葉は社交辞令だったのかもしれない。
まぁ、振った私にはもう、彼のことについて何か言う権利はないけれど。
さて、魔法で岩を作るなら、石を集めて固めるのが一番簡単だ。
確か、グラウンドの隅の方に、よさげな石がたくさんあったはず。
でも1人で行くのは、少し面倒だし、道中暇になってしまうので、ミリエットを連れて、話しながら行くことにしよう。
彼女は役者ではないので、私と同じように、今はそこまで忙しくないはず。
「ミリエット!」
教室の後方で荷物を探っている彼女に声をかけると、笑顔で振り向いた。
「クラリーズ様、どうかしましたか?」
教室の前の方では通し練習中なので、彼女はいくらか声を抑えて……でも、どことなく弾んだ調子で返事をする。
「ちょっと今から……って、あら」
誘おうとしたところで、私はミリエットの手に抱えられた、お弁当の包みに気が付く。
大事そうに抱えられたそれと、上機嫌なミリエットの様子からして……考えられることは1つしかない。
「エドガー様とお昼ご飯を食べるところだったのね」
「え、どうして分かるんですか? まさか、魔法で……」
「まさか、人の思考を読み取るなんて、黒魔術でしかできないわよ」
黒魔術で操った人の思考は読み取れる……というのは、聞いたことがあるけれど、少なくとも適法な範囲では、脳内を見透かす魔法なんてない。
「そうですよね、簡単に人の考えていることが分かったら、とっても楽だけれど、きっと世の中つまらなくなりそうです」
ミリエットはそう言って笑った後、思い出したかのように首を傾げた。
「そういえば、クラリーズ様は何か用があって私に話しかけましたよね? どうかされましたか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと付いてきてもらおうかな、なんて思っていたけど、エドガー様とのお昼ご飯の方が数百倍大事だわ」
暇だから一緒に来てもらいたかっただけで、仕事自体は別に1人でもできる。
完成した岩も、風魔法を使えば、両手で抱えるなんて羽目になることはなく、教室まで持って帰ってくることができるだろう。
「お昼休憩が終わったら、私も戻るので、何かできることがあったら言ってくださいね」
「そうしたら、エドガー様とのラブラブな話を聞かせてもらおうかしら」
「ちょっと、クラリーズ様!」
顔を赤くするミリエットを教室に置いて、私はグラウンドの方へと向かう。
一応もうお昼休憩の時間だけれど、役者の子たちは通し練習で、休憩時間を返上して頑張っているし……私ももうひと頑張りするか!
私の手にかかれば、岩を作るのなんて、ちょちょいのちょいなんだから!
……なんてどうでもいいことを考えていたからだろうか?
グラウンドに足を踏み入れた時にようやく、私は「近づいてはいけないあの2人」の声がすることに気が付いた。
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