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「その、どうかしましたか?」
「あぁ、申し訳ない。オリヴァンとはうまくやれているのか、少し気になって」
今の私が答えづらい質問ナンバーワンだ。
答えあぐねていると、ディナルド様は溜息をついた。
「やっぱりな。最近あいつ、家でものすごく不機嫌なんだ。その、色々訳アリなやつだとは思うが、見捨てないでやってくれ」
私のせいで不機嫌?
それは最近、私が彼のことを避けていて、なかなか接触できていないから?
私が偽物であるという理由を引き出したいのに、私が彼に近寄ろうとしないことで、計画が上手く進まずイライラしているのかもしれない。
きっとディナルド様からしてみれば、婚約者に避けられて傷心、という結論にたどり着くのが普通だけれど、ちゃんと私には真相が見えている。
というか、ディナルド様は、私の正体について、オリヴァンから何も聞いていないのだろうか?
意外だ、ちゃんと私が偽物である証拠をつかむまでは、兄にも打ち明けないなんて。
そんなことを考えていると、目の前のディナルド様は、なぜか私を通り越して後ろの方をぼんやりと見つめ、またため息をついた。
「……今夜は色々問い詰められそうだな」
「ディナルド様が?」
「ああいや、何でもない」
何の話か気になって、もう少し質問しようとしたが、今度はタイミング悪く、監督が戻ってきた。
「遅くなりました。これで合っていますか?」
「はい、それです! 本当にありがとうございます。なにか困ったことがあれば、私たちのクラスにいらしてください!!」
「いやいや、このくらいどうってことないですよ」
監督は私に照明を手渡すと、何度もお辞儀をして教室の中へ戻っていった。
そういえば少し隣のクラスへ交渉しに行ってくる、という流れだったのに、かなり時間がかかってしまっている。
早く帰って、照明班の子にこれを手渡さなければ。
「ディナルド様もありがとうございました」
「大したことじゃないよ」
私は丁寧にお辞儀をした後、教室へ帰るために駆け出した。
◇◇◇
「クラリーズ様!」
教室へ戻る階段を急いで下っていると、階下から駆け上がってくる人がいた。
「あなたは……エミールさん」
彼は先ほど、私が躓いたときに支えてくれた、照明班のリーダーである。
私を見つけると、安心したように笑顔になって近くまでやってくる。
「あっ、照明借りることができたんですね! ありがとうございます」
「えぇ、3年生のクラスから借りたから、少し遅くなっちゃったわ」
「なるほど、実は帰りが遅いなと思って、探していたんです」
わざわざ探しに来てくれるなんて、やっぱり優しい人だな、と考えていると、目の前の彼は声色を変えて、再び私に話しかけてきた。
「あの、少しお話良いですか?」
先程までの柔らかい声ではなく、どこか緊張しているような固い声。
きっととても大事な話なのだろう。
何だろうか?
もしかして……メインの照明を壊してしまった、とか?
それならば、修理魔法でどうにかできるかな……いや、精密機器を直すのは骨が折れそう……
私がその「お話」の内容について、考えを巡らせていると、エミールは私の手を引いて、階段の踊り場から、専科校舎への連絡通路に連れていく。
振り返る彼。
真剣な眼差し。
これは思っていたよりも、重大なことかも……?
「あの! あなたのことが、好きです!! 付き合ってください!」
「……え、ええ!?」
わ、私のことが、好き?
「そ、それは……恋愛的な意味の……」
私のとぎれとぎれの言葉に、彼は力強く頷いて返した。
彼の言葉をもう一度頭の中で繰り返し、なんとか意味を理解した途端、私はパニックに陥る。
確かに今までも、
「オリヴァン王子はあなたのことを蔑ろにしていませんか? 俺ならあなたのことを……幸せにしますよ」
なんて、言われたことはある。
勿論その時は、オリヴァンの婚約者という立場からお断りした。
しかし最近は、そういった類の発言をする人はいなくなったので、その手の話題についてはノーマークだった。
だから……今回の話にとても驚く私がいる。
エミールは確かにいい人だ。
でも……さすがに私は、仮にもオリヴァンの婚約者の立場にあるのだから、ここは断るしか選択肢はない。
それに、一度計画は失敗したとはいえ、いつかは国外へ逃げる予定である。
更にいえば、私は嘘つきで偽物の精霊使いだ。
こんなに純粋な告白を、受ける権利はない。
長い時間をかけて、考えをまとめた私は、返事をするためにようやく口を開いた。
「気持ちはとても嬉しい……でも、ごめんなさい。私は、あなたの告白を受ける立場にないわ」
まっすぐに彼の目を見て伝える勇気はなくて、少し視線を横に逸らす。
すると、彼は今まで息を止めていたかのように、一気に息を吐き出した。
「ちゃんとお返事をくれて、ありがとうございます。困らせてしまいましたよね……ははっ。僕も、あなたとお付き合いできるなんて、最初から考えていませんでした。ただ、この気持ちに一旦区切りをつけたくて……」
「そうだったのね……」
どう答えるべきか分からなくて、私はとりあえず相槌を打つ。
それに対して、エミールはまた、少しぎこちない笑顔で話しかけてくれた。
「こんなことを言うのも、また迷惑かもしれませんが……友達になってもらうのは、ダメですか?」
笑顔なのに、どこか泣きそうな顔の彼を見ると、私もなんだか心が痛くなり、すぐに答えた。
「もちろん! 私もうれしいわ」
「ありがとうございます……」
5秒ほど何とも言えない時間が流れたあと、彼は私の持っている照明を受け取ってくれた。
「じゃあ、僕は照明を渡してきますね」
「あ、ありがとう」
そのまま立ち去る彼を見ながら、私は廊下の壁に寄りかかった。
今、教室に帰る気分にはなれない。
それはもちろん、エミールからの告白を断ってしまったことによる罪悪感。
そして……
私は、本当に「立場」だけを理由に彼の告白を断ったのだろうか?
「立場」ではなく、「気持ち」も理由の1つだったのでは?
だって、オリヴァンの心が私にないことを知ってもなお、彼がいつか私の秘密を暴く敵だとしてもなお……私は彼のことが……
「やあ、クラリーズ」
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