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「ここは、指先に力をこめて、浮遊感を想像して……」
本を開きながら、数メートル先の岩に向けてもう片方の手を伸ばす。
素手だったら持ち上げることなどできない岩が、50センチほど宙に浮き、私のそばまで移動してきた。
「やった! 成功!」
本に書かれている通りのことができ、思わず笑みがこぼれた。
自分でついた「精霊使い」という嘘を隠し通すためにも、それ相応の魔法を身に着ける必要がある。
そう思ってから、まずはお父様とお母様に、魔法を教えてくれる人を紹介してもらおうとした。
しかし……
「精霊使い様に魔法を教えるだなんておこがましいです」
「私では力不足だと思いますので、辞退させていただきます。申し訳ございません」
といった断りの連絡が相次いだ。
ここに来ても「精霊使い」であると言ったことが足を引っ張るなんてね。
仕方ないから家の古い本を引っ張ってきて、こうして自分で勉強している。
導入の本はなんと1日で、初級の魔法が書かれた本は3日でマスターしたので、今は中級の魔法を練習しているが、やはり膨大な魔力量を持つ私は、人より飲み込みが早いようだった。
「クラリーズ、もう初級をマスターしたのか! この年齢でマスターしているなんて、他にはいないと思うよ」
このように、私の成長ぶりにはお父様もとても喜んでいた。
「次は、水を降らせる魔法ね」
周辺の水分が自分の手元に集まってくるイメージを持つことが必要……なるほど。
いったん本を置いて、鮮明にイメージするために目を閉じる。
水……水を集めて……
「お嬢様! ここにいたんですね、すみません緊急の用事が!」
「へっ!?」
突然声をかけられた私は、パッと目を開く。
その瞬間、魔法によって引き寄せられた水が一気に私の手元に集まり、顔と同じサイズの水の球ができた。
「ああぁ!!」
コントロールが失われた水は、ぐにゃりと形を崩したかと思うと、思い切り私の方へ押し寄せてくる。
「……」
一瞬の出来事の後、ずぶぬれになったことで、驚き呆然としていると、メイドがとても慌てて、そして申し訳なさそうに謝ってきた。
「す、すみませんお嬢様! 私が不注意に声をかけたばかりに……」
「……」
「お、お嬢様? 本当に申し訳ございません、クビでもなんでも……
「ふ、ふふふっ」
突然笑い始めた私を見て、メイドは不思議な表情をして戸惑っている。
「気にしないで大丈夫よ。初めて魔法を失敗したのだけれど、失敗したとしても、練習は楽しいなって再確認できたわ」
生まれてから8年間、外でこんなに濡れてしまったことなんてなかった。
……前世では川に落ちたこともあったけれど。
失敗しているのになんだか面白くて、おかしくて、楽しい気分。
そんなご機嫌な私を見て、メイドも一緒に笑ってくれた。
「濡れて楽しいのはいいですが、風邪を引いてしまったら、私が申し訳なさでいっぱいになってしまうので、はやく中へ入りましょう」
「わかったわ……そういえば、用事って何かしら?」
その瞬間、メイドはもとの用事を思い出したのか、急に焦った顔になる。
「そういえば急ぎの用事でした! お嬢様、すぐに行きますよ」
私の手をとり、ズンズンと歩き出す。
「な、何をそんなに?」
「侯爵邸へ、オリヴァン様がいらっしゃったのです!」
「は……えっ!?」
◇◇◇
「お嬢様、こちらのお部屋です」
「ありがとう」
急いで濡れた体を拭き、髪を整え、ドレスに着替えた私は、今まさにボスダンジョンの扉を開けようと……ではなかった、第二王子オリヴァン様の待つ部屋の扉を開けようとしていた。
婚約の話が出てから一か月。
正式に婚約するかどうかは、本人同士で会ってから決めようという話になっていた。
しかし、オリヴァンはなんだかんだ忙しいらしく、予定が合うのはあと2か月後だと聞いていたのに……
支度をしながら執事から聞いた話によれば、たまたまこの近くでの用事が無くなってしまったらしく、それであればと会おうと急遽話がまとまったそうだ。
もう少し早く教えてもらえれば、私も心の準備ができたのに。
まぁ過ぎたことはいい。
何にしろ、私がすべきことは、どうにか穏便に婚約を断ることだ。
大きく深呼吸をしてから、私は扉を開ける。
「失礼いたします」
部屋の中では、お父様とオリヴァンが挨拶をしているところだった。
きっとお父様も今慌ててやってきたところだったのだろう。
「こちらが私の娘、クラリーズ・ヴァレサです」
お父様の紹介に合わせて、私はカーテシーをする。
そして、おそるおそる顔をあげると、オリヴァンと目が合った。
その目はとても優し気で、前世で私が推していたオリヴァンの雰囲気はそのまま、子供になっている。
あの顔で令嬢や、ときには令息と仲良くなり、そこから情報や証拠品などを得て、悪事を働いた人や家を追い詰めていくのだ。
そんな彼が自分にだけは一途なところが、本当に大好きだった。
「では、私は一旦退出いたします。何かありましたら、部屋にいる執事にお声かけください」
お父様の声で現実に引き戻される。
私はあくまで悪役令嬢、その一途な恋心が向けられるのは私ではない。
偽の精霊使いだなんてばれないように、婚約者になることを回避できるように。
今はそれだけが大事だ。
「こんにちは、君の婚約者になったオリヴァン・ルフォールだ。君みたいなかわいい子が婚約者だなんて嬉しいよ。これからよろしくね」
にこりと笑って、私の手に口づける彼。
もう決定事項かのように告げられる「婚約者になった」という言い回し。
こ、断るなんて、無理かもしれない…!!
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