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「それにしても……留学か。そんな身一つで」


「……まぁ、怪しむのはわかりますが、ちゃんとした手続きで来ているので!」


翌朝。

私たちは宿を出て、遂に国境を越えた。

聞いてみれば、案内役を買って出てくれた彼は隣国の人であるらしく、今は帰る途中だったそうだ。


「確かに、国境での手続きの書類に不備はなかったしな」


そう言って彼は窓の外を見つめていた。

私の希望で、目立つ個人所有の馬車ではなく、乗り合い馬車に一緒に乗ってくれている。

更に、特に彼にとっては、何も見返りなんてなさそうなのに、こうして私のことを助けてくれている。


それに言動は少し粗雑な感じはするけれど、醸し出す雰囲気や個人の馬車を持っていると言っていた点、昨晩みたいに婚約者という言葉がすぐに出てくる感じからすると、きっといいところの人なのだろう。


そんな人がなぜここまで……?


「何か言いたげな目だな」


気が付いたら、彼は私の方を見ていた。


「あ、そのえっと……なんでこんなに助けてくれるのかなと考えていました」


「あー」


彼は頭をかいて視線を上に逸らす。


「まぁ、お前が気にすることじゃない。俺も得だからこうやって道案内しているだけだ」


「そんなふわっとした言葉では、何もわからないのですが……」


「詳しく話すとかっこ悪い話になるからヤダ」


にっこり笑って、これ以上話してくれる雰囲気ではなくなったので、仕方なく私は口を閉じる。


しばらくすると最後の乗り換えの停留所に到着し、私たちは一緒に馬車から降りた。


「次の馬車に乗れば、お前の行く寮につくはずだ」


「ありがとうございます。隣国はやっぱり文化や仕様が違うことも多いので、きっと1人だったら大変でした」


「それならよかった」


「そういえば、あなたはこの後どこへ行くんですか?」


留学先の学園と寮がある街はそれなりに広いものの、そこの領主とかでなければ特に用はないはずだ。


「あぁ、ちょうどあの街は帰り道なんだ。だからお前が寮にちゃんと入るのを見届けたら、俺は帰……


言い切らないうちに、彼のコートのポケットが光る。

彼が取り出すのを見た感じ、魔法で動く通信機器といったところだろうか。


「ちょっと待ってろ、すぐ戻るから」


急いで声が聞こえないくらい遠くへ行って何かを話していたが、宣言通りすぐに戻ってきた。

そして、私を上から下までじっくりと見て、深くため息をついている。


「今どうしてため息なんてついたんですか?」


「あぁ悪い、別にお前の容姿にため息をついたわけじゃない。ただ……そう、俺も次の街に用事ができたから、ため息をついただけだ」


てわけで、しばらく俺もあの街に滞在することになるからよろしくな

なんて言われてしまう。


私としては、街に着いたらすぐ、オリヴァンがやってくる前に行方不明工作をするつもりだったから、かなり申し訳ない気持ちになった。


ここまで私を気にかけてくれているのに、


だからだろうか?

この時の私は、「私を見て」ため息をついた、という彼の不思議な言動に対する違和感なんて、忘れてしまっていた。


◇◇◇


「じゃあ、俺はここに用はないから帰る。ただこの近くにはいる予定だから、何かあったら来い。そうだな、明日の昼過ぎとか、一旦落ち着いたタイミングで街も見て回ろう。意外と危ない路地も多いからな。あとは……まだ何かあったか?」


まるでお母様のように心配している彼に、私は思わず吹き出してしまう。


「子供じゃないですし、大丈夫ですよ」


「それならいいが……いいか、あまり1人で出歩くんじゃねえぞ」


「はいはい」


表面上では軽く受け流しているが、心の中ではもう100回くらい彼には謝罪している。

だって、今夜には勝手に出かけて、行方不明になる予定だから。

私を襲う役の人ともこっそり連絡をつけ、事件を起こすのによさげな場所も見つけてある。


だから、彼に会うことはもう二度とないだろう。

でもそんなことは顔には出さず、私は手を振って彼と別れた。


「ふぅ」


少ない荷物をとりあえず部屋に運び、ベッドの端に腰掛ける。

留学先の学園には、せっかく部屋を用意してもらったが、荷ほどきはしないですぐにここは発つ。


失踪した後はどうしようかな。

1人でやっていけるかは不安だけれど、万が一の時には身に着けた魔法でどうにか生計を立てよう。

捜索が入っても見つからないように、できるだけ田舎へ行って……

うん、そこで野菜を育てて、自給自足の生活というのも悪くないかも。


色々と今後のことを考えていると、あっという間に日は沈み、夜がやってきた。

そろそろ、私が雇った人たちも準備ができただろう。


最低限の荷物、そして胸元のネックレスをしっかり確認して、こっそり裏口から寮を抜け、街中へと飛び出した。


万が一のことを考えて、私の身分を保証してくれるネックレスは、ちゃんとこの計画が成功するまで持っておくことにした。

もし留学に行くタイミングでネックレスを置いていったら、それに近づいたヒロインのコレットが精霊使いとして覚醒するかもしれない。

その後、私が何らかの理由で計画に失敗してしまったら……


そこからの人生は真っ暗だ。


一旦そこで考えることをやめ、周りの景色を見渡してみる。


週末前夜だからか、街中の飲食店……特に酒場はとても盛り上がっている様子で、ここで行方不明事件が起きたら、いい感じに話題になりそうだ。


本当は馬車で移動するつもりだったけれど、オリヴァンを撒くために、所有している馬車は使ってこなかった。

だから、現場までは歩いて向かうつもりだ。


もう来ないであろう街の雰囲気を楽しんでいると、あっという間に約束の場所につく。

しかし少し早くついてしまったのか、まだ路地裏に人の気配はなかった。


「ようやくね……」


無意識にネックレスを握りしめ、深呼吸をしたその時


真上から何かが降ってきた。

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