表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/62

31

一瞬、もうオリヴァンがやってきたのかと思い、パニックになる。

しかしちゃんと考えてみれば、口調は同じでも、声は違う。

それに、こんなに早く追いつくわけがない。


1人心の中でホッとしていると、先程まで私に話しかけてきていた、コートと帽子を被った彼は、舌打ちをして走り去っていった。


「あ、待って!」


あんな風に逃げていくということは、後ろめたいことを隠しているに違いない。

そう思って追いかけようとしたが、隣の男の人に引き留められた。


「追いかけない方がいい。あいつはきっと人身売買を生業にしている」


「それならやっぱり捕まえて、しかるべき場所へ突き出さなきゃ!」


「……はぁ、このあたりは治安が悪いんだ。ああいうことをしているのは、何もあいつだけじゃない。それなら、一網打尽にするためにも、今動くよりはもっと時間をかけて証拠を集めてからの方が、効率的だと思わないか?」


「……確かに」


突然横から現れて、私を守ってくれたこの男の人は、先ほどの人とは違い、信頼できそうな雰囲気を醸し出している。

……これも、私の第六感にすぎないけれど。


「俺はこのあたりじゃ顔が利くんだ。ほら、ついてこい」


「……え?」


「宿なしなんだろ、行くぞ」


そのままズンズンと歩き出してしまったので、私は急いで彼のあとを追いかける。

すると、私が先ほど一度断られてしまった宿に彼は入っていった。

……気まずいな、と思いつつ、彼の背中に隠れてそっと私も中へと踏み入れる。


「いらっしゃい、今日はもう……あっ、あなたですか。いつもの部屋、空いてますよ」


「ありがとう、ちなみにもう一室空いていないかな?」


彼は私を指さして聞いてみてくれたものの、私をみた店主は困った顔をした。


「申し訳ございません、今日は本当に混んでいるんですよ……まぁでも、あなたの部屋にはベッドが二個あるので、同じ部屋でいいならその他の準備はできますけれど、どうでしょうか?」


それを聞いた彼はしばらく黙り込んだ。

もしかすると、ベッドを二つ使う予定だったのかもしれない。


「ごめんなさい、私のことは放っておいていいですよ! あなたにも、連れの方にも申し訳ないです」


「……? 俺は別に一人だが……」


「えっ! そ、そうなんですか……ということは、一人でベッドを二つ使うほど寝相が悪いとか……?


「違うわ!」


そう言って、彼は少しムッとしたように、私にデコピンをした。

私が額を抑えながら、他の理由を考えていると、彼は口を開く。


「はぁ、お前はそれでいいのか?」


「それで、ってどういうことですか?」


「俺と同じ部屋で寝ることになっても大丈夫か、という意味だ」


「……? まったく問題ないですよ。多少の寝言やいびきくらい気になりませんし」


彼は私の返答に、なんとも言えない顔をしていたが、大きくため息をついた後、店主の方へ向き直った。


「じゃあ、こいつも一緒に泊まりで頼む」


「了解いたしました」


「ありがとうございます!」


私がお礼を言うと、彼は行くぞと言って、部屋へと向かった。


◇◇◇


荷物を整理し、食堂で夕ご飯を食べてから、寝る支度をして、再び部屋に戻る。

シャワーを軽く浴びている間に、少し寝かけそうになったけれど、どうにかベッドまでたどり着いた。


もう片方の部屋の隅では、今日一番の恩人が日記のようなものを書いている。

そういえば……食事の時もたわいのない話をしただけで、まだ名前すら聞いていなかったな。


「あの」


私が声をかけると、彼はペンを置いて、こちらを振り返った。


「なんだ? ベッドが硬かったか?」


「全然そんなことはないです! ……ただ、まだお名前すら聞いていなかったなと思いまして」


私の言葉に彼はにやりと笑う。


「教える必要があるか? お前だって、何かのお忍びで来たんだろうし、俺に名前なんて教えない方がいいだろ」


「確かに……って、え? どうして私がお忍びだって気が付いたんですか?」


ここに来るまで、乗り合いバスの中でも、宿を一軒一軒訪ねているときも、誰も私が貴族だなんて、気が付いていなさそうだったのに……


「いや、さすがに世間知らずすぎるからな。悪党をすぐに捕まえようとする正義感のありすぎる感じも、見知らぬ男にひょいひょいついていこうとするところもな。もちろん、俺も見知らぬ男ってわけだが」


「世間知らずなんかじゃないです! だって、それは……」


偽物だけれど、精霊使いとしての鍛錬を積んできているから、どんなことがあっても大丈夫だという自信の上での行動だ、と言いたかったけれど、うまく説明ができなかった。


「こんなに世間知らずで放っておけない感じ……きっと、お前の親とか婚約者とかが、バカみたいに過保護にしてきたんだろうな」


婚約者、と言われてオリヴァンの顔が浮かぶ。

いや、彼は婚約者じゃない。

偽物の精霊使いである私は、彼の本命じゃないから。


「何はともあれ、今日はもう寝な。隣国に行きたいなら道案内くらいはしてやる」


「……何から何までありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい」






「さて、どこの令嬢か知らないけど、恩を売ったようなもんだし……これであいつへの借りも、少しは返せたかな」

面白いと感じて頂けたら、いいね・ブックマーク・評価等よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ