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小さい声だけれど、いきなり声をかけられて、私は飛び上がる。
口からは空気が出たけれど、声は出なかったので、屋上にいるであろう人たちは特に気が付かなかったみたいだ。
「……」
驚かせてきた人物を無言でにらむと、彼は眉をハの字に下げて、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、どんな反応をするのか気になって……」
オリヴァンと、その後ろにはエドガーもいた。
きっと、私が屋上に向かうのを見て、疑問に思ってついてきたのだろう。
私だって、何故こんな時間にミリエットが屋上にいるのか、よくわからない。
「ついてきていたんですね……まぁいいです。多分ミリエットがそこにいて、私に何も言わずにいなくなってしまったから、探していて……」
「なるほどね」
ミリエットの名前を出すと、エドガーの表情が少し動いた。
彼は基本的に無表情で、言葉数も少ない。
けれど以前からミリエットが絡むと、それが少し崩れる。
やっぱり彼なりにミリエットには特別な感情を抱いているのではないだろうか
そんなことを考えていると、オリヴァンが横からヒョイと屋上を覗く。
「なるほど……ミリエット嬢と、もう一人令嬢がいるね。確か、エドガーファンクラブの会長かな?」
エドガー様が人気なのは知っていたけれど、まさかファンクラブなるものがあるなんて。
「って、ミリエットは大丈夫なの?」
「んー、あんまり大丈夫には見えないかも」
オリヴァンを押しのけて、私もドアから顔を出すと、確かに令嬢が2人、向かい合って話している……というより、言い争いをしているみたいだ。
どちらもかなりヒートアップしている様子だけれど、何を話しているのかははっきりと聞こえてこない。
「ちょっと僕が行ってきてもいいかな? 実は、あの令嬢には聞いておきたいことがあるから、ここで仲良くなっておきたいんだよね」
笑顔の方が可愛いよって言ってくるね、とまず婚約者の前では言わないセリフを残して、彼は屋上へと飛び出していった。
残されたのは、私とエドガー様の2人。
この2人だけになるのは、ダブルデート計画での待ち合わせ時間以来で、とても気まずい。
ちらりと彼の顔を見れば、なんだかいつもより眉間にしわが寄っているように見えた気がした。
「……」
「……何か悲しいことでもあったんですか?」
私の言葉に、彼は顔をあげる。
そして、珍しく大きな溜息をついた。
「今に始まった話じゃないです……俺はずっと悲しい」
「……?」
私が不思議そうに首をかしげ、続きを促すと、彼は話すか話さないか迷うかのように、視線をさまよわせる。
「それは、ミリエットに関係する話ですか?」
「……どうして、わかったんですか?」
「だって、あなたが表情を変えるときは、いつだって彼女が関係しているもの」
彼は自分でもそのことに気が付いていなかったのか、私の回答を聞いて、思わず口を手で覆っていた。
「そうだったんですね……俺はずっと、彼女には笑顔でいてほしいんです。でも、こんな俺がそばにいたら、緊張してしまうだろうから」
「……」
「だから、うっかり屋で、でもその分を取り返そうと努力家で、そして、小動物みたいに可愛い彼女の隣にいるべきは、自分ではないんです」
そんなことを言う彼は、とてもさみしそうに見えた。
「小さい頃、彼女とお茶会へ行ったことがあるのですが、俺は彼女のカバーをしきれなかった。そのせいで、帰りの馬車で彼女を泣かせてしまった。俺は、彼女にそんな表情をさせたくなかった。笑っててほしかったんです」
独り言かのような話し方で、ぽつりぽつりと話す。
あぁ、ミリエットもお茶会の話をしていたっけ。
自分がふがいないから、エドガー様に誘われなくなってしまったと。
彼女も彼女で、自分のせいだと思い込んでいた。
「本当は、学園でも関わらないつもりだったのに、一緒に過ごす度に、もっと彼女と一緒にいたい、もっと話していたいと思ってしまう俺がいて……今だって、彼女が困っているなら、俺が助けに行きたい」
そこで一旦言葉を切ると、私に背を向ける。
「でも、また怖がらせてしまうかもしれない、彼女を泣かせるだけで何もできないかもしれない、むしろ緊張させてしまうかもしれない……傷つけてしまったら、と考えると、俺は何もできない。俺が関わらない方が、きっと彼女は幸せなんだ」
その言葉に私は、強い怒りが湧いてきた。
彼女のことを何も知らないで、そんな風に決めつけて。
関わることが怖くて遠ざけていたなんて、なんて臆病なのだろう!
そんな事を言おうと、思い切り息を吸い込んだはいいものの、扉の外から話し声が聞こえてきた。
「ま、まさかオリヴァン様が私のことを、そんな風に思ってくれているだなんて……考えもしなかったです……」
「そう? それなら、どんどん言葉にして伝えていくね。あっ、そうだ。エドガーのファンクラブは勿論、抜けてくれるよね?」
「は、はい! 今日からオリヴァン様のファンに……いや、彼女になります!」
「ははっ、嬉しいな、ありがとう」
どうやらオリヴァンが無事に喧嘩を仲介してきてくれたみたいだった。
ここで、エドガーと私が見つかるのはさすがにまずい。
私はエドガーの背中を押して、死角となる掃除用具入れの裏へと隠れた。
「今日は一緒に帰りましょう!」
「いいね、それなら僕は荷物を取って下で待っているよ」
そんな会話をしながら、2人は階下へと歩いていく。
ちゃんと声が聞こえなくなったのを確認してから、私はエドガーに声をかけた。
「はぁ、危機一髪でしたね」
「……」
「エドガー様?」
何も返事をしない彼を不思議に思い顔をあげれば、無言で涙を流している姿が目に入る。
「……!?」
10秒ほどそのまま見つめていると、彼はようやく口を開いた。
「ミリエットの様子を見てきてくれますか? ……俺が行っても、何もできない、それどころか傷つけてしまうかもしれないので」
それを聞いて、私は一度忘れかけていた怒りが再びこみあげてくるのが分かった。
この、臆病者の意気地なし!!
「あなたは、私より前からミリエットを知っているのに、彼女のことは何も知らないんですね! どんなうっかりをしでかしても、どんな失敗をしても、彼女はその分を取り戻すための努力を惜しまないし、笑顔で前を向くわ!! それが何よ、傷つけてしまうかもしれない、だなんて。ちゃんと素直な気持ちを話し合ってもいないくせに、私の友人が……ミリエットが、怖がりだなんて決めつけないでくれる?」
「……!」
普段声を荒げることはほとんどない。
だからか、私の言葉と怒りは、エドガーの心に深く突き刺さったようだった。
「ミリエットのところへ行ってきてください」
ミリエットと令嬢が何で揉めていたのかは、予想がつく。
きっと、エドガー様に関することで言い争っていたのだろう……そう、私が初めてミリエットと出会った時のように。
それならば、
「私が行くより、あなたの素直な気持ちを伝えた方が、ミリエットは笑ってくれると思いますよ」
彼の返答は待たず、私は後ろを向いて階段へ向かい、手をヒラヒラと振って教室へと帰った。
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