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最近は至って普通の日々を過ごしている。
学園の授業を受けて、精霊使いとしての公務をこなして、ミリエットと遊びつつその恋を見守って……そして、オリヴァンとは程よい距離を取る。
うん、どれもちゃんとできているはずだ。
それに、そんな日々と平行して、ちゃんと逃亡計画も遂行中である。
本来、春休みが明けてから留学に行こうと考えていたが、少し時期を早めることにした。
今月末のテストが終わればすぐに春休み。
私はこの休みが始まった瞬間に留学に行くことにしている。
「もう手配はほぼ済んでいるし……大丈夫よね」
行方不明になるための手はずもばっちり。
私がいなくなってから、コレットが精霊使いになるまでの間、皆が困ることのないように、公務で使っている魔法の効果は、1年は持つようにかけ直してある。
あとはオリヴァンに証拠を握られたり、コレットに近づいて、うっかり彼女の精霊使いとしての能力を覚醒させたりしなければ大丈夫。
「うーん、思い残すことがあるとするなら……」
ミリエットとエドガーがちゃんとわだかまりを解くのはもう少し先になりそうだから、この目で見れそうにないこと。
あとは、
オリヴァンともう少し一緒にいたかったかも
なんてね。
彼が何をするかわからなくて怖いから、近づきすぎないようにしている、そして逃げようとしているのに、その一方で、彼に恋している自分もいる。
でもきっと、隣国で新しい生活を始めれば、この気持ちだってきっと薄れていくはず!
前向きに考え直していると、目的地に着いた。
「失礼します、先日欠席した分の課題を提出しに参りました」
「あぁ、クラリーズさんね。欠席も公務があったからでしょう? あなたは成績もいいし、忙しいのだから、言ってくれれば免除したのに……」
「先生……でも私、特別扱いされるのは嫌なので」
精霊使いだからといって、その立場に甘えていたら、原作乙女ゲームのクラリーズのようになってしまう気がして嫌だった。
まぁそもそも、精霊使いでもないのだけれどね。
「あなたはとても努力家ね。あ、そういえば」
先生は声のトーンを落とし、私を手招く。
小声でも話ができる距離まで近づくと、先生は再び話し出した。
「留学の手続き、済ませておいたわよ」
「ありがとうございます!」
「ほら、あまり周囲に知られずに気楽に行きたいって言っていたから、声を落とした方がよいかと思って」
「お気遣い感謝します」
自分で保管する書類を先生から受け取り、私は準備室を出た。
「うーん、さて、次は……」
確か魔法演習の授業だったはずだ。
そういえば……
「試験とか言っていたっけ」
魔法演習は実技試験なので、試験期間が筆記試験とは違うから気を付けて、と言っていたような気もする。
まぁいいや、魔法はそれこそ、前世の記憶を思い出してから努力してきたことの一つだから、試験をパスするくらいどうってことない。
時間もあるし、どこかで一息着いてから向かおう。
そう思った矢先、強い魔力の気配を感じた。
ここは専門科棟で、あまり人通りの多い場所ではない。
こんな場所で……なにかやましい事でもしているのだろうか?
気配を辿ってみると、専門科棟裏に人除けの魔法がかかっていることに気が付いた。
「うーん、行くべきか行かないべきか」
何か危ないことや違法なことをしているのなら、止めた方がいいだろう。
でも、首を突っ込んだら面倒な事になる可能性もある。
でもでも、人除けの魔法を突破できるのは、この魔法をかけた人より高度な魔法を使える人だけ。
見たところ、かなり強い魔法がかかっているようだから、私以外突破できない可能性だってある。
悩んだ末、少しの正義感と好奇心から覗いてみることにした。
魔法の一部をそっと破ってから、足音を立てないように、奥の方へ進んでいく。
しばらくすると、何やら言い争う声が聞こえてきた。
こんな場所で喧嘩だなんて、なにかまずいことが起きているに違いない!
茂みの陰に身を隠し近づいていくと、声はより鮮明になってくる。
「オリヴァン様! 時間を取ってくれてありがとうございます」
突然の婚約者の名前に、驚いて肩が震えた。
「君のためならどうってことないよ」
「私が一番って言ってくださっていましたものね」
「もちろんだよ、こうして授業の隙間を縫って会いに来たくなるくらいだから」
「ふふっ」
オリヴァンと、学園の上級生の令嬢が2人で逢瀬を重ねているようだ。
でも、オリヴァンの本命はコレットのはず。
ということは……
「ところでユリア、なんだか顔色が浮かないけれど、どうかしたのかい?」
「え、そんなことないですよ」
「嘘つき、今日は君の可愛い笑顔があまり見れていないよ」
「そんなことまで、わかってくださるのですね」
「あぁ、君のことはよく見ているから……何か良くないことがあったなら、僕にも教えてほしいな」
これは、間違いなく何かを聞き出そうとしている。
私もあんな風に迫られたら、うっかり口を滑らせてしまいそうだ。
「じ、実は……その、学園の皆さんには言わないでいただきたいのですが」
「うん」
リスクがありすぎるので、私はただ2人の声を聞いているだけで、直接姿を見ているわけではない。
でも、オリヴァンがユリアという令嬢の顔を心配そうにのぞきこんでいるだろうことは、容易に想像できた。
「実家の貿易で大きな損が出たそうで……」
「それは大変だね。何か品が運ばれてこなかった、とか?」
「そうなんです……うちの主力貿易品が来なくて……」
そこまで話したところで、なぜか彼女ははっと息をのむ。
「どうしたの?」
「いや、そのこれ以上お話するのは、オリヴァン様にも申し訳ないかなと、ただの私事なので……」
「そんなことない、君の家のことは僕の話でもある。どんな話だろうと、僕がどうにかしてみせるから」
「……!!」
その言葉に彼女は痛く感動したようだった。
でも何度も騙された私は、もう騙されない。
要するに、
『君の家のしでかしたことは、僕ら王族が処すべきことである』ってことを言いたいだけで……
「こんなこと、第二王子であるあなたに言っていいものか……あの、私の家では隣国からケシの花を輸入しているのですが、その供給が突然打ち切られてしまったのです」
彼女の言葉に、オリヴァンは何も反応を返さない。
もともと静かな専科棟裏は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。
そんな中、ピッという電子音が鳴り響いた。
「オ、オリヴァン、様?」
ユリアがやっとのことで絞り出すように声を出した後、名前を呼ばれた彼は口を開いた。
「録音できたよ。貴重な証拠をありがとう、ラングラン嬢」
何も関係のない私でさえゾッとする、冷たい声。
そろそろ春が近づいてきたというのに、背筋が凍るようだ。
「な、や、やっぱり私のことを騙して……!」
「騙して? 最初に悪いことをして、僕らを騙したのは、君たちの方でしょう?」
「あ、ああああああ!!」
令嬢の泣き崩れる声。
一方の私はその場から逃げ出した。
『最初に精霊使いだと嘘をついて、僕を騙したのは、君だ』
私もそんなことを言われたような気がして。
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