21
また、また、勘違いしてしまった。
……バカみたい、何度繰り返せば、自分がただの悪役令嬢であることを理解できるのだろう。
やっぱり彼は、私が起きていることに気が付いていたから、ネックレスを取るのをやめたし、甘い言葉とキスで私を沼らせようとしたんだ。
それに、きっとその言葉とキスさえも、コレットにする前の予行練習みたいなものだったとしたら……ダメだ、これ以上考えると気がおかしくなりそう。
「邪魔しちゃいけないわよね」
それに、私に向かって得意げに笑いかけたコレットの顔を、今はもう見たくない。
だから、できるだけ人がいない方へ向かって、バラ園の中をズンズン歩く。
あまりの勢いに、周囲のカップルがチラチラとこちらを見ているが、そんなことは全く気にならない。
そう、全く気にならないくらい、私は絶望していた。
歩き続ければ、どんどん人の気配は消えていき、季節外れでまだバラが咲いていないエリアへ来たみたいだ。
丁度よくベンチも設置されていたので、私はそこに腰をおろすことにした。
「......っ」
せめて人前では泣かないように、と堪えていた涙が一気に溢れ出す。
こんな所を他の誰かに見られてしまったら、侯爵令嬢としても、精霊使いとしても失格だ。
でも、私にはもうこの涙を止めることはできなかった。
ポーチからハンカチを出して目元を覆うも、すぐにぐしょぐしょになってしまう。
「......このままこの国にいてはいけない、何とかして逃げないと、」
逃げないと......私は破滅の道へ......
◇◇◇
人通りの多い街道。
私の目の前には、並んで歩く男女が2人。
「あら、オリヴァン様! その横にいるのは......まぁ誰だっていいわ。さて、本命の私をエスコートしてくれるわよね?」
自分の声。
でも、そこに私の意思は無い。
自分が愛されていると疑うことなく、私は彼に手を差し出す。
「ちょうど良かった。今から君に会いに行こうと思っていたところだったんだ」
と言ったはいいものの、彼は私の手を握ることなく、従者に耳打ちをした。
そして、耳打ちされた従者は走り去っていく。
「ところで、今の時間は精霊使いとしての公務中じゃないのかい?」
私に声をかけるオリヴァンの声は、ゾッとするほど冷たい。
いつも優しく、自分を一番に優先してくれたオリヴァンのこの態度には、私も思わず言葉につまる。
「数回公務をサボるくらい、どうってことないわ。加護が失くなって、平民に被害が出たって、私には関係ないもの......それより、オリヴァン様、この後暇だからエスコートしてちょうだい」
再び手を差し出すも、それも彼には無視された。
それどころか、後ろにいる女を庇うように背中に隠す。
コレットと言っただろうか?
最近オリヴァン様に少し構ってもらえているからって調子に乗って......いつだって一番は私なのに。
「オリヴァン様......!」
「お待たせいたしました」
こちらへ来るように、強めに声をかけようとしたところで、タイミング悪く従者が馬車と共に戻ってきた。
そしてその扉を開けると……
「あ、あなたは……!」
「やっぱり、こいつのことを知っているんだな」
「そ、そそそんなことは……」
どうやら私は、馬車から降りてきたその謎の男を知っているみたいだ。
オリヴァンは男の顔を覗き込み、とても怒っているような笑顔で話しかける。
「ここで証言して証拠品を出してくれれば、君の刑は減刑するかもしれないよ」
「待って、やめて!」
私の制止もむなしく、男は大きな声で話始めた。
「私は、精霊使いであるクラリーズ様の指示の下、黒魔術組織との取次をしておりました!」
そのあまりに大きな声に、そして精霊使いというワードに、街の人もなんだなんだ、と足を止める。
そして男の告発と同時に、従者が私に手紙を見せてきた。
見てみれば、私が黒魔術組織と連絡を取り、力を分けてもらっていたことが書き記されている。
「な、何よこれ!!」
私は手紙を燃やそうと魔法を使ったが、横にいたオリヴァンがさっと手紙を保護魔法で覆ってしまった。
打つ手がなくなった私は、へたりと地面へ座り込む。
「よかった、クラリーズが黒魔術を使っていることを探るために、今日まで僕は頑張ってきたんだ」
「な、な……」
「そもそも最初から、君を探るために婚約者になったんだ。だから、僕たちの間には愛なんてないし、君はもう僕の婚約者じゃない……それに僕には、心から愛する人ができたからね」
そう言って後ろを振り向き、二コリとコレットに笑いかけるオリヴァン。
……憎い。
憎い憎い憎い!!!
そう、すべてあの女がいるのが悪いんだ。
あの女さえいなくなってしまえば……!
「危ない!!」
私がコレットに放った黒魔術の魔法。
その魔法は、コレットを魔法からかばったオリヴァンに直撃した。
「オ、オリヴァン様……!!」
私はそんな2人の様子を、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
私が……オリヴァン様を……?
その時だった。
突然胸元のネックレスが光りだし、私の元から離れていく。
そしてそのままコレットの方へ動き出した。
「ま、待って……!」
私の呼びかけもむなしく、ネックレスは最初からそうであったかのように、コレットの胸元へおさまった。
そして……
そのまま光に包まれたかと思うと、そこには傷が癒えたオリヴァン、精霊に囲まれるコレットの姿があった。
「ん……コ、コレット?」
「オリヴァン様!! 良かった、本当に良かった……あなたを失ってしまうことを考えたら、私、私……!」
そのまま泣き出したコレットと周囲の様子を見て、オリヴァンは瞬時に状況を判断する。
「精霊使いは、コレットだったんだ!」
そのまま盛り上がる野次馬の民衆たち。
そして……
「まさか精霊使いというのも嘘だったなんて。君には失望したよ」
連れていけ、というオリヴァンの冷たい声とともに、私は衛兵たちに囲まれて……
◇◇◇
「クラリーズ」
夢の中でも聞いた声。
でも、夢の中ほど冷たくはない。
心配と疲労の色が混じっているような……そんな声が。
「オリヴァン様?」
どうやら私は寝落ちしてしまっていたようだ。
手には寝落ちする前に使っていたハンカチが握られていた。
顔をあげると肩で息をするオリヴァンと目が合う。
「本当にすまない、君を待っていると言っておきながら、いなくなってしまって……」
「いえ、気にしていませんよ」
「本当に?」
そう言いながら、彼は私の目元を指でなぞる。
あ、これは泣いたせいで目が腫れてしまっているようだ。
これではごまかしがきかない。
「……」
「もしかして、コレット嬢と僕が一緒にいるところ、見た?」
「……」
無言は肯定であると言われるように、オリヴァンは私の態度を見て察したみたいだった。
「はぁ、もっと早くに言えば良かった……実は彼女も要注意人物で、警戒対象なんだ。だから、彼女とは積極的に接触して、しっぽをつかむ必要があるんだ」
「そうなんですね、大丈夫です、ちゃんと分かっています」
あなたのその言葉が嘘だということも。
私の方が要注意人物の警戒対象であるということも。
それだけは自信を持って言える。
この私の態度にオリヴァンは安心したように、膝から崩れ落ちた。
「分かってくれてありがとう」
そのまま数秒間無言の間が続いた後、彼は立ち上がった。
「さて、改めてバラでも見ながらエドガーとミリエット嬢を探しに行こうか」
「えぇ」
そこからはいつもと変わらない態度を心がけて、ダブルデートを終えた。
心の中では、
留学時期を早めよう
と決意を新たにして。
面白いと感じて頂けたら、いいね・ブックマーク・評価等よろしくお願いします!




